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古本屋日誌
今日は出荷をしてから、神戸のお客さんのところに出向いた。
うちは全て郵便局からお客さんに届けてもらっている。
安い本はゆうメール、1100円以上のものはクリックポスト、厚みのあるものはレターパックプラスかゆうパックとなっている。
郵便局から、本の寸法や厚みを簡単に測れる物差しをもらっていて、特に厚みは3センチを越えるとクリックポストやゆうメールが使えないので、慎重に測定して振り分けている。
少しでも安い方がいいという考えもあるようだが、例えば3.1センチとか3.2センチくらいなら、固いこと言わずに安い方で通してよ、ということなんだが、そんなことばかりしていると、配達してもらう時にポストに投函出来なくて、持ち帰ることになり、局員の仕事量が増加して、迷惑をかけることになる。
送料は絶対必要なものなんだから、全部お客さんに負担してもらえばいいだけのことで、われわれ業者が悩むような問題ではないと思う。
さて、神戸のお客さんの話「六甲道から元町あたりまでに25店くらい古本屋があるやろ。京都や大阪にもそんなところはないよな」
「そうですよね、だいたいどんな街でも残るのはブックオフだけやおもてます。お客さんは何でもこうてくれるブックオフが好きだし、店も広くて、駅近だから集客力ありますよね」
「そうなんやけど、神戸は結局は金をまだ持ってるし、田舎風の地縁血縁が根深こうあるさかい、むかしの古本屋スタイルでも許されてるんやおもうわ」
「神戸の古本屋でエロ本を置いてるとこてあんまりありませんよね。三ノ宮のブックオフも置いてない。大阪や京都のブックオフは置いてますけどね」
「きょうび、エロ本とかエロいDVDなんか見ーへん思うよ。ネットでいけるからな、そのへんは進んでるのよ」
『週刊文春』に長らく、生物学者の福岡伸一が連載している。
4月3日号では、マサチューセッツ工科大学を取り上げていて興味深い。この大学は理系では全米No.1の大学なのだが、定員は1100人くらいで、倍率は25倍もある。
福岡は知人の息子がこのMITのコンピューターサイエンス学科に合格したことや、証券会社ジェーンストリートの、有能な新卒に出す年収が45万ドルであること、MIT入学者の47%がアジア系アメリカ人で、白人の37%をはるかに超えていることなどを指摘している。
なるほど、人口が我が国の3倍以上あるアメリカで、トップ大学の定員が1100、これぐらいの方が中途半端なバカを入れないからいいのだろう。
東大にせよ京大にせよ理系文系合わせて3000人も入学させるのは問題だと思う。
定員を10分の1くらいにしたら、生徒も無駄な努力をしなくなるだろうし、大学も研究に時間をもっと割けるだろうけどね。
昨日もええ天気で、心斎橋のお客さんのところに朝から出かけてから、4時に近鉄八尾で友人と待ち合わせて今東光資料館に出向いた。
今東光は『お吟さま』で直木賞をとる一方、山本駅近くの天台院の住職として長く八尾に住んでいた。その間、全6巻にも及ぶ『小説 河内風土記』を書いていた。
また昭和11年には雑誌『日本評論』に延暦寺の稚児灌頂を題材にした『稚児』を掲載して、僧侶による男色の世界を具に描いた。
さて八尾駅から歩いている5分くらいの官庁街、市役所などがあるエリアに図書館もあって、その三階が資料館だ。
四時過ぎについたが、観覧者は、われわれだけでゆっくり資料を見ることができた。
中でも『お吟さま』の生原稿は白眉で、流麗な文字に朱で訂正が書き込まれている。もちろん各種出版物もたくさん展示してあったのだが、それらの中では昭和史22年に東郷青児の装丁、谷崎潤一郎の序文で出した『稚児』がひときわ目を引く。
それ以外には今と交友があった文人墨客の写真や、今東光へのそれぞれのメッセージも展示してあって興味深い。
ただ郷土史家の牧村史陽は今東光に大阪弁の指導をした人物だが、「もうあんさんには教えることないわ」と言わしめたほど、今の河内弁は達者だったのだが、その牧村の写真がないのは気になった。
牧村は講談社から浩瀚な『大阪ことば事典』を出し、またその前には雑誌『大阪弁』を杉本梁江堂から刊行していた人物で、言葉遣いにはことのほか厳しい人だったのに、今東光は認められていたわけだから、いかに熟達していたかわかろうというものだ。
役割語で有名な金水敏が『大阪ことばの謎』を出した。
大阪弁関連の本はくだらないものが多い。
しかし金水は別だろうと思い早速読んでみた。
ドラマや映画のようなコテコテの大阪弁に関して金水は、それが大阪では使われていないことを踏まえて「バーチャル大阪弁」と名付けて論じている。
下品な人物、面白いキャラ、おしゃべりなやつなんかに大阪弁を話させるスレオタイプだ。
でもこれは現象の一面で、例えば『巨人の星』の花形満なんかどうなんだろう。
花形モータースの御曹司で、中学生でスポーツカーを乗り回す、2枚目で、タイガースに入団する。この頃までは、東京の連中が大阪に向ける視線は羨望の眼差しだったと思うけどね。
井上章一が指摘する通り、戦後大阪の大企業が揃って本社を東京に移転し、重役連中が東京本社に詰めるようになった。
そこで話される大阪弁は部下から見たら、憧れでもあるし、近寄りがたい恐ろしい言葉遣いにも思えたのだ。
また成瀬巳喜男の『めし』には大阪の天神の森の住宅街と東京の街並みが出てくるが、どう見ても東京は焼け跡からの復興途上で、荒れ果てた田舎街のイメージがする。
宗右衛門町の巨大キャバレー「メトロ」のシーンも出てくるのだが、上原謙は「今日はすごいとこ行ったよ」と嫁の原節子に、ホステスが1000人もいて圧倒されたことを語る。
というわけで、俺としては東京の人たちの大阪への対抗心、嫉妬心、やっかみなんかを取り上げてもらいたいところだ。
これも井上章一が指摘していることだが、古墳時代とか安土桃山時代などという時代呼称はどう見ても、東京の連中の見苦しい嫉妬心の表れだ。
古墳は墳墓であり、政治の中心などではない。本来は河内時代と称すべきだし、安土桃山時代は大坂をなんとかして外したいというイデオロギーの表れだと思う。
今日もええ天気で、朝から天王寺さんに出向いた。
愛知から来ている南部堂というお店は講談社学術文庫なんかも持ってきているのだが、なんといっても昔の個人の家庭のアルバムや小学校の文集(子どもが書いてガリ版で印刷したとじたもの)なんかを500円均一で出していることだ。
行事ごとに家族やら親戚やらと撮影して、ぶ厚いアルバムにせっせと貼り付けているわけだが、赤の他人の嬉しそうな表情も悪くはないし、背景に名所旧跡が写ってるいるのもよい。
それ以外にも昭和34年の南地のあしべ踊の番組や松竹新喜劇のパンフなどもあって、とりわけあしべ踊のやつは巻末に大和屋をはじめとする芸妓さんの写真と源氏名が掲載してある。
今から70年くらい前の美人がどんな姿だったのかわかる資料だ。
11時半に天王寺さんを出て、谷町線、阪神電車の普通を乗り継いで13時くらいに甲子園。
2時からのスワローズ戦を観る。
2000年まで中学受験の進学塾で算数を教えていて、今は自分で大学受験の教室を経営している友人から、つい数日前に電話があって誘われていたのだ。
タイガースは森下がレフトスタンドにきれいなホームランを放ったほか、前川や中野もいいあたりを打ったのだが、偶然、たまたまキャッチされて得点とはならなかったのが残念だった。
野球は何かの拍子でそうなって負けてしまうことがあって困ったものだ。
また先発の井原もいいピッチングだっだのだが、ちょっと引っ張りすぎで、ファーボールをだしても交代させなかったのはいただけない。