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古本屋日誌
車谷長吉の作品の中では短編集『忌中』は好きな作品だ。
文春文庫のカバーは、桟に囲まれたガラス戸に「忌中」と車谷風の四角い字で書いた白い紙が貼り付けてあるもので、小説のラストシーンだ。
介護疲れやあれこれの悩みから、障害のある妻を殺害して、家に隠してしばらくしてから自分も首をくくって死ぬ話だ。
嫁への愛情が感じられるし、またその後自殺するまで、サラ金などから引っ張れるだけ引っ張ってあれこれやってみるのもいい。
かつてのアイドル歌手が、ブランクの後復活して舞台に立っている姿を見て心打たれたりもする。
また、マッサージ店に通い詰めて、人間関係でしくじって都落ちしてきた女に高額なコートをプレゼントしてやる。
全て嫁にやりたくてもやってやれなかったことなんだろう、そういう純愛小説なのだ。
大阪一の古本屋である天牛書店の本店は吹田市にあって、地下鉄の緑地公園から徒歩10分くらいで着く。
俺は駅前にある「hellow bycycle」で電動自転車をかってよく行っている。
古本屋でいつも不思議に思うのは売れない本をどうするのか、ということだ。
ブックオフの、ある店舗では次第に値段を下げて売り切るとか、ヤフオクに出品するとか、潰して処分、つまりほかすなどを行って棚をリフレッシュしている。
天牛書店ではどうなんだろう。
2階には岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫、中公文庫、河出文庫などが整理して置いてあるが、長らく売れない本を値下げしているのかはよくわからない。そういう本にはそもそも俺は興味がないからだ。
ただAmazonで、なぜか一時だけ高騰して、そのあと安くなってしまう本がある。
例えば中公文庫の『私残記』がそれで、どこにでもよく見かけた本なんだが、一時的に10倍くらいの値段、3300円とかになってびっくりした。
この本は天牛書店でも自前の通販サイトで高値で掲載してあったのだが、その後また以前の値段に戻り300円くらいで開く流通している。
天牛書店の棚にもその程度の値段で置いてあった。これなどは値下げしたのかもしれないが、もちろんよくわからない。
また、本店から天神橋店に動かない本を移動させていることは確かだ。
例えば中公文庫のトフラー、『第三の波』は当初本店に500円で出していたが、なかなか動かないので、天神橋店に来ている。さらにここでも売れなかったらまた本店に戻すこともあるのかもしれない。
中にはかなり長い間棚に刺さっている本もあって、講談社文庫の高信太郎『超日本むつかし話』は、くだらない駄洒落をこれでもかこれでもかと繰り出すマンガなんだが、相当長い間、値段も含めて、そのままだ。他にも教養文庫の賀川豊彦の本なんかも永らく置いてある。
今から15年前の、2011年の夏に体調がすぐれず、結局結核に罹患していることがやっとわかって、寝屋川の大阪病院に40日ほど入院した。(その前の年からいろんな病院や医院に出向いていたのに、ヤブ医者ばかりで診断がつかなかったのだ)
ここは片町線の星田の近く、寝屋川公園のねきにある。最上階が結核の隔離病棟でそれより下の階はそれ以外の肺の疾患病棟のようだった。
その頃、日能研関西という中学受験の進学塾で教えていたのだが、当然しばらくその仕事は休職ということになる。(のちに労働組合で交渉して休職中は給料の7割を支給することになった)
ありがたいことに、友人があれこれ見舞いに来てくれたのだが、その1人に以前やはり日能研関西で算数を教えていたが、2000年の春に辞めて、家庭教師の会社をおこしている友人Fもいた。
彼は辞めた当時、まだ20代の血の気の多い頃で、来期の堺東校での担当時間が4年生の70分だけになっていたことに腹を立てていた。
これはもっともなことで、彼が住んでいる西宮市から堺までかなり時間がかかるのに、担当する時間が1時間と少しでは割りに合わない。
堺東以外でも、上本町でも算数の授業を担当していて、学力の低い下のクラスの生徒にもよくわかるように手書きのプリントなども用意して、生徒には高い人気があった。
しかし日能研関西の方にはそれを見抜くまともな管理職は誰一人いない体たらくで、笑うしかない。
またその少し前に算数科の課長であった酒井が50日以上休みが取れず過労死したことにも深い憤りを覚えて「もうこんな会社辞めるわ」と腹を括った。
ところが国語担当なのだが、古株のIが「私の方から口添えしますから」と言い出して、しばらくして、Fのところに社長から電話があって「今回のことは申し訳なかった、謝りたいから本部まで来てもらえないか」とのことだった。
普通ならそうなのか、それじゃあ行ってみましょうかね、となるところだが「謝るゆうてる人間が、こっちを呼びつけるとは何事だ‼️」と怒り出して、内容証明郵便まで使って退職したのだから、素晴らしいね。
そのFが大阪病院にやってきて「スーさん(俺のことだ)、もうこれは次の仕事考えた方がええよ。あんなとこおってもしゃーないやろ。
それで入院中、暇やろからパソコンの練習したらと思う。持ってくるから」という。
俺はそうかもしれないとは思うのだが、パソコンを扱うような業種にはそもそも向いていないと思っていたから「いや、そんなもん要らんわ、だいたいわしは不器用だし、機械系には向いてない」
「そんなことない、そんなことない、やったら出来る出来る」
「でけへんゆうてるやん、長い付き合いなんやからそんくらいわかるやろ」「ふーんそしたら、これからどないすんの❓」「わしは古本屋やっていくんや」
「そんなんいけるのかな、とりあえずパソコン持っていくわ」とひつこい。
「いや、せやから俺は古本屋で十分メシが食える力があるんや」
そういうと、Fは「そうなのか、羨ましいなあ」と訳のわからんことを言うのだよ。羨ましくはなかろう、ほとんど本は読まないんだから。
昨日は西宮のお客さんのところに出向いて、あれこれお話。長らくのお付き合いで、高校生の息子さんを交えて焼き鳥屋で飲んだ。
息子さんがいうには「英語の〇〇先生の授業は気に入ってるんですけど、唾が飛んでくるんです、ぼくはまんの悪いことに1番前の席なんで嫌なんです」
「それやったら、あんたが気ぃ弱おーてよーゆわへんのやったら、その先生に気安うしてる子にゆうてもうたらええやろ」
「そうですね」
「それもあかんねやったら、他の先生に伝えてゆうてもうたら、波風立たへんやん、それでもなんで、その、ややこしい先生がええねや❓」
「始めに雑談みたいなことするんですけど、それがうまい具合に授業の内容に絡んでくるんです」
確かに生徒の注意を引くためにうまいこと雑談から誘導する人はよくいるよね。
でもその程度の話が面白いとか言ってるようでは、ダメだと思う。
教科の勉強に手一杯な感じだし、世の中にはもっと興味深い話がいっぱいあるからだ。
「天皇とか、どない思う❓あれて、身分制度だよね、尊い人間がいてるゆう話なんやから民主主義の平等原則な反するよね。さっさと廃止すべきだとおもわん❓それに天皇本人も自由に買い物とかも行かれへんし、人権を抑圧されているよね」
「うーん、でも、海外からVIPが来られた時に、接待なんかでああいう人たちは必要なんじゃないですかね」てなことを言ってくる。
これはよくない返事だな。俺は天皇は身分制度であり、民主主義に反する存在だと述べているのに、論点をすり替えて返事している。
こんなことではちゃんとした大学では評価はされないだろう。
今日は出荷してから、神戸のお客さんのところに出向いた。昭和30年に文藝春秋新社から出た『谷内六郎画集』を見せてもらった。
谷内六郎は長らく『週刊新潮』の表紙を描いてきた人で、歳時記のように季節折々の風物を取り上げて絵にしてあるのだが、その視点は非常に細かくて、日常の見過ごしてしまうようなモノやある瞬間にフォーカスした独特のものだ。
新潮文庫から出ていた全6巻の『谷内六郎展覧会』は人気が衰えない作品集だ。
この昭和30年の画集は谷内が自分の絵の解説を一つ一つ書いているのが面白い。
その後5時半に甲子園。友人が取ってくれたチケットでジャイアンツ戦を観た。大山がホームランを放って逆転して、愉快な試合ではあったが、結局追いつかれて、8回裏のノーアウト満塁のチャンスで打てず。
延長11回まで試合は延びて、終わったのは10時過ぎで、長すぎる。
メジャーがやっているようなピッチャーの投球にかける時間の制限も必要だし、牽制球も回数を制限するべきだ。
それから球場の近くのバー「GLOVE」に出向いた。
ここは福本豊が経営する店で、マスターと厨房担当の2人で回している。テキパキしたマスターの仕事ぶりが素晴らしくて試合の後はいつも来ている。
しかし今日は帰りの電車の時間が迫ってきていてすぐ帰らなければならない。
延長になったらノーアウト2塁から始めるとか、7.8.9番のような役に立たないバッターは打席に立てないことにするとか、さっさと試合を終わらせるようにしてもらいたい。