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古本屋日誌
この数日暑くなって汗だくで仕事に励んでいる。
ズボンも薄手の風通しの良いものに変えたし、クーラーをかけたくなるくらいだ。
天王寺公園の大阪市立美術館ではしばらく改装中で休館していたが、このほど竣工して記念の特別展『日本国宝』が開催中だ。(奈良と京都の国立博物館でも同様の博覧会をやっている)
嫁が昨日出向いて図録(3000円)もこうてきた。
出品目録の小冊子を見ていたら、2ヶ月くらいの会期中、展示替えが6回もあって、一週しか展示されないものもある。
例えば、例の志賀島から出土した金印がそうなんだが、ちょっと残念だな。(金印の形で、ミャクミャクのハンコが押せるグッズもあるのだが、売り切れていたそうだ)
たぶんレンタル料や配送にかかる費用が相当な額にのぼるので、長期にわたって展示し続けるのは不可能なんだろう。
しかし入館料が2400円と高いし、不満に思う人もいるのではなかろうか。
美術館は、資金を調達するために所蔵品をオークションにかけて高く評価させ売却するものだ。
京橋の藤田美術館はその手法でシナ絵画を売って、新しい美術館の建設費用を調達していた。大阪市立美術館はどうなんだろうか。
今日は朝から夏の日差しが照りつける中、出荷してから、再び姫路に出向いた。
姫路文学館に行こうと思うのだ。
大阪駅に10時45分に着いたのだが、新快速は30分遅れとなっていて、10時15発のが4番乗り場にやってきた。
発車以降は順調に推移したが、加古川、姫路停車直前に信号待ちで待たされて、結局着いたのは12時15分くらい。
すぐに18番乗り場から神姫バスに乗る、平日ということで高校生がたくさん並んでいる。
4つ目の停留所で降りて、北向きに300メートル進んだ山際に安藤忠雄プロデュースの文学館はあって、入り口から長い石畳の、左手に砂利を敷き詰めた人工の川を見ながらスロープを上り、途中左手に折れる道があって、そこを進むと南館に出る。
構わず上り続けるとまもなく車谷長吉展の会場である北館に到着する。
今日は展覧会はさておきショップで、いろんな車谷の本を見にきたのだ。
まずやはり目につくのが直筆の色紙だ。彼の吟じた俳句がサイン、落款とともに記されていて25000円、10枚くらい並んでいる。
俳句関係では『車谷長吉句集』(沖積舎)が平積みになっている、改訂版だ。
ただ俳句は使われる言葉の大半が日常では見受けられないジャーゴンみたいなものです、そんな暗号みたいなものを振りかざして、いいとか悪いとか評されても、しらけるばかり、一種の神学みたいな感じがする。
文庫本では朝日文庫の『人生の救い』が置いてある。この本は車谷が答えた人生相談が載っているもので、人気があって今でも手に入る。
日曜日に来た時朝方は数冊積んであったが、昼ごはんを済ませて戻った時には全て売れていた。今日はまた数冊積んである。
他には去年中公文庫から出た『漂流物 武蔵丸』が数冊。
これはもと新潮文庫から出ていたのだが、今は品切れでなぜかこのところ探している人が多い本だ。
それ以外には文庫本は置いてない。品切れになっているのだ。
単行本は『業柱抱き』の初版、帯が一冊、ただかなり小口に焼けがある。なんでも高橋順子さんが展覧会に合わせて単行本を何点か出品されたそうで、その一冊だろうと思う。
『白痴群』『人生の四苦八苦』『癲狂院日乗』『阿呆者』などがある。嫁の高橋順子が著した思い出話の本もある。
珍しいところでは『隠国』と題された歴史小説、箱入り、サイン、シリアルナンバー入りで9900円、3冊積んである。
もちろん『車谷長吉全集』も最新刊の第4巻を含めて全部並んでいる。
小一時間いたが、今日は訪れる人も少ない。車谷の著作は翻訳されて海外でも出版されているが、姫路城観光のついでに訪ねようという外国人はまだ少ないようだ。
一通りチェックして、スロープを下って南館に行き、喫茶店で名物のナポリタン(飲み物、サラダ付きで1300円)をいただいた。
昨日観た、姫路文学館の車谷長吉展には彼の書斎にあった本の一部が展示してあった。
野坂昭如の文庫本が30冊くらい、内田百閒のも同じくらいあった他、幸田文もかなり多い。その他には永井龍男、木山捷平、そしていしいひさいちの本も数冊置いてあったな。
私小説作家である西村賢太、嘉村礒多、葛西善蔵、田村花袋、藤澤清造らの本は見当たらなかった。西村の本はこのところ高騰していて、品切れになっている文庫本もなかなか見当たらない状態だ。
サイン本などは特にそうだし、見たことはないが色紙なんかがあったら、すごく高い値段で取引されそうだ。
それに比べると車谷の方は、だ 今のところはさほど高くないし、何より挿絵まで添えてある色紙が25000円で手に入るわけだから。
今日は9時40分に萱島駅に出向き、京橋、大阪と乗り継いで新快速で姫路駅に11時20分に到着、神姫バスで姫路城北側にある文学館に行った。
6月22日まで開催の、没後10年車谷長吉展を見るためだ。車谷は私小説の達人で、『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を受けた。
俺は『忌中』という恋愛小説集が好きで、文庫本のほか、初版の単行本も持っている。
今年の4月に没後10年にあたり新書館から『車谷長吉全集 第4巻』も刊行され、再び車谷にスポットが当たりつつある。数日前の朝日新聞にも全集の広告が掲載してあった。
実は全集はこの4巻で終わりなんだが、版元では第2巻が品切れになっていて、手を尽くしてもなかなか入手できなくなっている。姫路文学館には置いてあるのではないかとの期待もあるのだ。
さて展示の方は北館の2階、3階を使っての大規模なもので、中学生時代の通知簿(中3の時のは体育以外はオール5)、東京に住んでいた片思いの女に宛てた80通にも及ぶ絵手紙(実際は100通くらいあったという、もらった女の方もよくとっておいたものだよね)、日常の出来事を細かくメモした20冊にも及ぶ手帳、小説の筋を細かく書き留めた創作ノート、編集者に宛てたたくさんの手紙などが並べてあった。
生原稿が置いてあるのはもちろんだが、プライベートや作家誕生の秘密、心のひだにわけいるような品品が惜しげもなく展開してあって圧倒された。
メモ類の中には、尾羽打ち枯らして、東京から自宅に戻っていたおりのものもあって、姫路駅近くの居酒屋によく出入りしていた。
そこで注文した料理もいちいち細かく記されているほか、酒量も書いてあるのだ。
酒四合とか三合とか書いてあるので、かなり行ける口だったことがわかるよなあ。俺なんか一合も呑めないのに。
新潮社から『塩壺の匙』初版の印税振込を知らせる手紙も展示してあったが、右側を丁寧に鋏か何かで切り取って開封してあるし、中身の通知書も折り目一つなくきれいな状態だ。彼の細やかで繊細な一面を窺い知ることができる。中学生時代の通知簿もきれいな、折り目もないコンディションで展示してある。
そんな大昔のものを後生大事に取っておくというのは、理解できないけれど、田舎の旧家はだだっ広い造りなので、納屋なんかに放り込んでおくだけなのかもしれない。
2階展示スペースからは、国宝姫路城の西の丸を望むこともできるほか、一階には姫路の歴史、ゆかりの文人の展示がある。
またスロープを歩いて、南館にはナポリタンが売りの喫茶店、柳田國男、司馬遼太郎らの著作、生原稿の展示エリアがある。
肝心のショップだが、展覧会の図録(1000円)はもちろん、予想通り『車谷長吉全集』全巻が販売中であったし、第一創作集『塩壺の匙』初版帯もあった。
注目すべきは、車谷直筆の色紙がたくさん並んでいたことで、俳句風の警句が、例の四角い几帳面な字体で書いてある。1枚25000円。
他には2008年に刊行されたシリアルナンバー、サイン入りの『隠国』という歴史小説が積んであって9000円くらいだった。
中央公論社から出た『完全版 沖縄戦』を読んでいる。
前にも書いた通り、帝国陸海軍の読みでは、本島の飛行場を占領されてしまうと、そこから戦闘機を飛び立たせて、機動部隊(空母を含む艦隊)の防衛が可能になり、特攻の効果が薄れてしまう。そこで何度となく、防御陣地、つまり地下壕から出て夜間に総攻撃をかけて飛行場を奪い返そうと考えた。
しかし参謀の中には、それはなんの意味もないばかりか、貴重な時間、弾薬や人員を無駄に無くしてしまうだけの愚行だとの意見を持つものもいて、作戦の実行は躊躇われた。
例の戦艦大和を沖縄に突っ込ませようとした捷1号作戦では、陸海軍が特攻攻撃を大規模に行い、相当な損害を機動部隊に与えたことは確実だから、米軍に地上部隊が大規模攻撃をかけても、艦載機からの攻撃は行い得ないのではないか、などという情勢分析もなされた。
現実はその翌日にも艦載機からの攻撃や艦砲射撃を受けたので、作戦は中止されている。
なかなか興味深い話だが、この本は誤植が多い。
「米軍の猛者を受けた」(猛攻だろう)
「部隊は多くの損害を生じながらも検討して陣地を保持した」(健闘だろう)
「米軍の攻撃は次第に低調となり、沖縄周辺の艦船も著しく減少し、飛行機の来襲も少なくなかった」(少なかった、だろう)
校正がめんどくさかったのだろうか。