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古本屋日誌

2025-06-22 00:04:00

日能研関西は中学受験の進学塾なんだが、2000年の1月に算数課の課長だった酒井が過労死する事件があった。

 

会社側と遺族が神戸地裁で争いとなり、最終的には日能研が謝罪する形で和解し解決金が支払われた。

 

 

今25年くらいの月日が経ってようやく冷静に振り返れる段階になったと考えている。

 

その当時、日能研で算数を教えていたFの話

 

 

「あの事件の時ね、社長が3000万なり、4000万なり積んで『すいませんでした』ゆうたら、もっとスムーズに解決してたん違うかな。

 

 

だから社長はバカなんだよな。上に立つものとして失格だな。

 

 

大体酒井さんが亡くなって、その翌年、職員の前で「いつまでもあのことを引きずりすぎる」とか発言してるんだから、そんなもん、みんなの怒りを買うに決まってるわけよ。そんなこともわからん人間が代表なんだからね」という。これはその通りだと思う。

 

社長だった小松原氏は2000年の春まだき、亡くなった酒井の故郷の静岡県掛川市まで、49日の法要に来ていた。

 

 

俺もその時いたのだが、社長に「これは過労死だから、労働時間の資料など、会社側持ってるのをぜんぶ出してくださいね」と話すと小松原氏は「それは出すけど、過労死というのは考えてない」と言っていた。

 

 

この認識は間違いだと思うけど、その当時の日能研の労働環境がどうだったのかというのも気になる。