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古本屋日誌

2020-01-18 06:57:00

坪内祐三は「本の雑誌」に長らく日記を連載していたが、そこで中公文庫の「トウキョーレコード」を取り上げたことがあった。

この本は1941年に東京に滞在していたオーストラリアのジャーナリストが書いたものだがその中に日本海軍が昭和16年の段階で既に潜水艦を使う特攻を想定していた記述があると坪内は書いていた。

これはかなりセンセーショナルな話だと思うのだが世間ではほとんど話題にならなかったな。坪内は「こんなすごい本を誰も書評で取り上げないとは日本の論壇はどうなっているんだ」と最大級の表現で持ち上げていたけどね。

本の雑誌社から出ている「昼夜日記」は上の段に昼間の読書や古本屋巡りの話、下段に居酒屋やバーをへめぐる話が書いてある面白い本だが、56の誕生日の話があって「体調きわめて悪し。血をけっこう吐く」とあるのに、翌日には「夜手巻き寿司を食べながら梅酒を飲む」と書いてある。

まああれですね、数年前から調子悪かったんだなあ。ちゃんと検査するとか入院するとかしたらよかったものなのに、繰り言にはなるがもったいないなあ。

この本にはスポーツライターの玉木正之への激烈な批判もあって2011年7月の例の技量審査場所での白鵬と魁皇の取り組みを玉木が「誰が見ても白鵬が魁皇に手加減したと思える一番」と書いたことを坪内は「二人共に力の入ったまさに大相撲だった。」として「そんなこともわからないオマエこそまさに八百長野郎だ。」と書く。

まあよくわからない話だが、喧嘩っ早い坪内らしいエピソードだよなあ。

玉木正之は2008年のタイガースについて「今シーズンのように余裕があって安心して見ていられるシーズンはいいのだが、タイガースファンには不安がる人も多くいてもっと勝たないといけないなどという」と書いていた。

ご承知のとおり、全然安心できるシーズンではなく、優勝もできなかったよなあ。玉木はどちらかいうと野球が専門だと思うのだが、全くものを見る目がないよなあ。


2020-01-17 00:21:00

坪内祐三は早稲田高校の出なんだが、ご承知の通り父親はダイヤモンド社の社長だ。金銭的には裕福だったから、高校時代から父親の行きつけのバーにも出入りしていてカードで払っていたがある時月の支払いが20数万になり父親から電話がかかってきて「おいお前、身体は大丈夫か❓」と心配されたというのは有名な話だ。

本の雑誌社から出ている「酒中日記」には坪内が実際どれくらい酒を飲んでいたかがはしごした店の名前や、あての数々と一緒に記してある。
大相撲観戦に行って枡席で缶ビールのあと冷酒の四合ビンを二本空けたとある。
坪内は感極まって「朝青龍‼️今までありがとう‼️」と大声を上げた。


ある飲み屋で生ハムとカマンベールチーズのサンドイッチをつまみにハイボールを5杯飲んでから次の店でウィスキーの水割りを7杯飲んでさらに次の店に行って飲み続けるという話がずーっと続くので大したものではある。
まああれですね、もう50も近いのに完全に飲み方は学生と同じですな〜〜
喧嘩っ早いのも学生と同じで、紅白歌合戦を見ていたら司会の中居が鶴瓶に「鶴瓶さん、今日はペロンはダメですよ」と品のないことを口にしたのに腹を立てて即座に見るのをやめたのみならずNHKに抗議電話をかけたというのだ。

またバーで矢作俊彦と飲んでいて話の行きがかりで坪内が天皇陛下万歳を矢作の前で連呼したら4回目で矢作俊彦がブチ切れて路上で喧嘩となったとも書く。
確かにアル中みたいな感じなんだが、坪内にはそれなりの体力もあったし、味覚も人並み以上だったからはしごで酒量が上がっていっても、酒がまずくならなかったんだろう。
これは下戸の私からしたら本当に羨ましい、けなるいことなんだよなあ。いつまでも酒を美味しく楽しく飲める、これに優る喜びは少ないのではないか〜〜

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2020-01-16 01:33:00
14日の晩、難波のブックオフに出向いて坪内祐三の本を探した。
無性に読みたくなったからだ。

文春文庫の「文庫本福袋」でもいいし、ちくま文庫もあるし、PHP新書の「大相撲新世紀」もいい。単行本の「靖国」とか「古本的」や本の雑誌社の「酒日誌」でもいい。
ところが残念ながら1冊も見つけられない。小谷野敦は新潮新書の「世界史」やちくま新書の「もてない男」はすぐ目につくところに何冊もあるから、坪内の本は読みたい人がさっさと買っていったのだろう。

それが証拠にうちの本屋からは新潮文庫の「靖国」1刷、ピアの「大阪おもい」「まぼろしの大阪」、文春文庫の「文庫本福袋」単行本の「古本的」「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」と矢継ぎ早に注文が入った、やはりみんな無性に読みたくなってるんだろう。
15日は朝から西天満の上原弁護士事務所に出向いて雇用延長裁判の打ち合わせに出た。
そのあと天三の「天牛書店」に行って坪内の「本日記」を見つけて買う。
「本日記」には2001年の11月29日の話が書いてあって、この日は新宿で坪内がからまれて重傷を負った事件から1周年だそうで、「松田さんとともに、去年同様6時に山の上ホテルで待ち合わせして同じコースをたどる事故後1周年記念を行うつもり」とある。

つまりは筑摩書房の松田哲夫は坪内と事故の時に一緒にいたわけだ。止めようとしたのか、逃げようとしたのか、それとも見て見ぬ振りなのか、それにしても坪内って面白いね~~
普通なら悪夢のような体験だろうものなのにね~~~~
足を伸ばして本店に出向いてみたがぐるっと広い店内には在庫はなかった。

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2020-01-15 09:29:00

突然坪内祐三の訃報に接して衝撃を受けた。
急性心不全とのことで驚くほかはない。今週の「週刊文春」には例の通り文庫本の書評があったし、「本の雑誌」の年間文庫のベストも書いていて特段の変わりもなかったからショックだ。
坪内には大阪に関する著作が2冊あってともにピアから出ている「大阪おもい」「まぼろしの大阪」なんだが、坪内が興味津々だったものを挙げてみよう。
❶織田作之助、細かい市井の描写から織田は伝統的な大阪の街並みが好きだったはずだと坪内は言う。
❷ダイビルの屋上にあった広大な緑地。東京にはないジャングルのような緑地とのことで坪内はかなり気にしていた。まああれですね、今は建て替えられてないけどね。
❸宗右衛門町の巨大キャバレー「メトロ」坪内は映画の「めし」でもその内部を確認していた。
❹大川を行き来する観光船から見た中之島や両岸の緑に富む風景。東京にも船の観光はあるが坪内は「緑も少ないし、単調な風景だ」という。
❺アルサロに勤めながら「道頓堀左岸」などの人情小説をものしていた磯田敏夫。これはもちろん織田作の懐古趣味に通じるものだ。
❻中津の出版社「編集工房ノア」の出しているPR誌「海鳴り」、概ね年一回の発行だがそのレベルは高いね〜
❼阪神間モダニズム、非常にオシャレな雑誌やポスターがあって、洗練されていて坪内は気に入っていたが、谷沢永一は「大阪は雑誌だけは洒落てるんですわ、他はちょっとやり過ぎなくらい泥くさいのが大阪の人の好みなんですわ」と言っていた。
❽箱寿司、心斎橋筋に面して道行く人を眺めながら鮓が食べられた「本福ずし」。坪内は銀座では到底無理、素晴らしいという。


とまあ思いつくままに挙げてみたが、つまりは情緒的な伝統を継承しているものと東京では手に入らないものなんだよなあ。
うちの本屋は坪内から2回注文を頂戴したことがある。2回ともPHP新書の「大相撲新世紀」でもちろんこれは坪内祐三ご本人の著作で、帯付きの1刷でなかなか手に入れにくいものだったのだが、高い値段でお買い上げいただいた。
このホームページで何度か坪内の著作を取り上げたお礼だと思いたい。

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2020-01-14 10:34:00

今週の土曜は関西圏の中学入試で、また大学入試のセンター試験でもある。高校入試は2月から3月にかけてだからいつも中学と大学が重なる。

かなりさむい時期のはずなんだが今年はありがたいくらいの暖冬で、これなら地球温暖化でもええよなあと思えてくる。

30年以上前に教えに行っていた中学受験の進学塾は阪急宝塚線の上原あたりにあったが、晩の9時に授業はおわるはずなんだが、先生方はいつまでも教えつづけて10時くらいまで平気でやっていた。

正社員の校長は9時半上がりなんだが非常勤の先生がいつまでもやっているので帰ることもできないわけだが、特に文句をいうこともなかった。今そういう決められた時間を逸脱した授業をしたらまず親からクレームが入るだろう。「電車を一本乗り過ごしたら20分くらい帰るのが遅れる‼️きちんと時間通り終わらせてくれ‼️」てな感じだろうなあ。