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古本屋日誌
つい先日の「週刊ポスト」の「この人に訊け」という企画で坪内祐三が最近の校閲は全然なってないという話を書いている。
「十数年前、相撲人気がなかった頃〜〜」と書いたら校閲が「八百長問題は2011年だから、8年前?」と書いてよこしてきた。
坪内はそんなことはわかっているし、その上でもっと前から相撲人気はおとろえてきたし、そのことは縷々指摘してきたし、本にも書いてきたのにそんなことをチェックもしないであれこれを言ってきたと不満をもらす。
そして最近の校閲とは正反対に極めて正確な本として文春新書の「内閣調査室秘録」を挙げる。
この本は内閣調査室が日本の秩序を維持するためにあれこれ工作していた面白い資料で、たとえば藤原弘達は左に行くかもしれないそういう学者だから、今のうちに取り込んでおけと関係をつけて接待攻勢をかけたという話が書いてある。
説得はもちろんキャバレーとかバーとかなんだが、詳細に日付と店の名前も書いてある。
まああれですね、権力者から金をもらって何かするのは買収だとかまいないだとかいう人もいるようだが、当事者からしたら、別に誰であろうと金を気前よく出してくれるのであればありがたいだけですからね。
結局金がどうたらこうたらゆうのは庶民の劣情に訴えかけているだけで、くだらないことです。
現に藤原弘達はその後もややこしい発言を続けて、「創価学会を斬る」という暴露本まで出して名を馳せた。
なんでも出版を妨害しようと竹入義勝に頼まれた田中角栄が説得したが埒があかず、その後も出版妨害を続け果ては「交通事故に気をつけろ」てな脅しまであったがもちろん出版されてベストセラーになった。
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坪内は新潮文庫から「靖国」「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」「考える人」の3冊、講談社文庫から「ストリート ワイズ」の1冊、文春文庫から「1972」「文庫本福袋」の2冊、ちくま文庫から「文庫本を狙え」の1冊を出しているが、現在流通しているのはちくま文庫の1冊だけだ。
超長期連載の「文庫本を狙え」は最初の18回分が文藝春秋の「シブい本」にその後が晶文社から単行本が出て、その後はまた文藝春秋から続きが出た。その後は長〜く単行本化できなかったが本の雑誌から巨大な本が2016年に出た。
連載の書評がもれなく単行本化されるというのは極めて稀なことで、「サンデー毎日」とか「週刊朝日」に載っている青木るえかの面白い書評が全く本にならないのと好対照だ。
坪内本人はもっと評価されてしかるべきと思っていたようだが、本の雑誌社から出ている例の「〜〜日記」シリーズの中で「ずっと『東京人』からは干されている、長らく編集をしていたのに、なんの相談もない」とかはっきり書いてしまうような喧嘩っ早い性格なのに、いろんな出版社の編集者から愛されていたのだと思う。
ちくま文庫から2年前神藏美子の「たまもの」が出た。神藏は坪内の前妻で、この本は二人のあれこれを綴った写真集なんだが、表紙が泣き崩れる彼女の写真とあって悲しみがよみがえってくる。
神蔵は坪内と離婚して白夜書房の末井昭と結婚したことは知っていたが、この本を読んでみたら2000年の秋に坪内はある女と挙式を一週間後に控えていたというのだ。
ところが坪内は神蔵と路上で再会して意気投合して「30時間くらい」話し続けたと面妖なことが書いてある。
神蔵は直後に友人に「坪内さんといっしょになりたい」と本心をもらして相談したが、友人からは「あんたは人妻でしょ、それに坪内さんだって、1週間後に結婚式なんだから今頃はどこかでセックスにはげんでいるわよ」といさめられるが、坪内は結婚を取りやめ、結局2人は結婚することになる。
末井とのことはこの後で、神蔵が男を女装させて写真を撮る面白さに目覚めて、そのつながりで末井と親しくなったという。別れてからも3人でしばしば会い、坪内と末井をミニスカのOL風に女装させて並んだ写真を撮ったりしていて面白い。
今日は「サンデー毎日」の発売日で坪内はここに「テレビもあるでよ」という連載を持っていたが、今号は坪内の文章ではなく彼を「最後の無頼派」だとする追悼文が掲載してある。
無頼派というからにはその酒量なり、無茶振りなりが詳細に述べてあるかと思いきやそんな話は全くないので拍子抜けしてしまう。なんでも来週号に坪内の最後の原稿を載せるのだそうだ。
また「SPA」も今日が発売日で、この雑誌には長らく、ギネス記録になるほど長期にわたり福田和也との対談が毎号載っていたのだが、今回は匿名の記者座談会で「2日前まではメールでもなんら変わらなくやりとりしていた」とか「まだ書きたいことがいっぱいあると話していた」とか「やはり酒は飲みすぎではないか」とかある。
まああれですね2日前までは元気ということなのか、それとも単に二日間は連絡すべき用事がなかったということなのかわからんなあ。繰り言になるから言っても仕方はないけどね。
坪内祐三は長らく「週刊文春」に「文庫本を狙え」というさすが文庫本のメキキだなあ〜〜といえるコラムを連載している。すでに1000回を超えていて本人も全3巻の単行本にするのが夢だとも書いている。
その最新の単行本が本の雑誌社から出た「文庫本宝船」で、その冒頭に例の2・26事件を扱ったちくま文庫の池田俊彦「生きている二・二六」を取り上げている。
この本は岡田啓介首相宅の襲撃に参加した池田俊彦の回想で、その中に例の「本庄日記」の話も書いてあって昭和天皇が「農民の窮状に同情するは固より、必要事なるも、而も農民亦自ら楽天地あり」と発言していたことを明記している。
坪内はこう書く。「こういう昭和天皇の世間知らずを知ったのちも、池田氏は『気持の軽くなるのを覚えた』とあくまでそれをうらもうとはしない」
まああれですね、昭和天皇が娘の身売りにまで追い込まれている農民の苦しみを理解せず、「百姓には楽しいことがいっぱいあるじゃあない〜〜」などと言ったのを聞いて、池田氏はこんな能天気なやつなら俺も取り立てて悪いことをしたわけではないなと思ったんではないのかね。
今日は「週刊ポスト」の発売日で坪内祐三はいつも最後のページにオールカラーの美術鑑賞のコラムを連載していたが、今日手にしてみたら「最終回」と銘打ってコラムが載っている。目次には「追悼最終回」の表示、コラムの下段には「坪内祐三氏は1月13日に逝去されました、ご冥福をお祈りします」のキャプションがある。
「サンデー毎日」は最新号が1月14日の発売だが坪内はここで「テレビもあるでよ」というコラムを連載しているのだがあ、これも特に問題なく大相撲の話が載っている。
「文藝春秋」に毎月「人声天語」なるコラムを坪内は寄稿しているが、最新号のはこのところ若くして死ぬ人が出てきている話だった。
プロ野球の金田正一やタイガースにいたバッキー、文士の安岡章太郎と比べて大相撲の千代の富士、そして橋本治などの短命ぶりが話題になっている。「ミイラ取りが」みたいな話で切ない。
坪内には扶桑社から出した「アメリカ」という本があってその中で占領中に検閲を行なったアメリカを江藤がひつこくあれこれ調べたて、それを受け入れてしまった日本を批判していたことを書いている。
江藤にとってはアメリカはふざけた輩ではあるのだが、その傘の下で生活が成り立ってしまっているという負い目があった。
坪内は江藤より上の世代の例えば福田恆存は全然アメリカに負い目も何も持っていなかったという。
留学して食事の感想でも、アメリカの食べ物には深みも何もない、味がないと突き放した感想を述べている。福田恆存にとってはアメリカなどというものは西洋の落ちこぼれでしかなく、そんなもの歯牙にもかけないほどの生活の厚みも当時の日本にはあったということなのだ。