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古本屋日誌
5つになる黒猫のオスなんですが、去年の7月から下半身にハゲが出来て9月頃にはお腹から下半身の下部のかなり広いエリアにわたって黒い毛がなくなり、その下に生えている白いにこげだけになってしまいました。
医者の話ではストレス性だということで、できるだけねこ様のご要望にお応えして外に自由に出してはいるのですが、ねこははげが気になるのか、ザラザラの舌で舐め回すものだから被害が拡大してしまいます。
そこで嫁が全身をくまなく覆う白地に青いストライプの入った服をこうて来てこれを着せることにしました。
ところが違和感があるのか脱ぎたがりますし、服を着せると歩き方もぎこちなく、まるで壊れかけのロボットみたいです。
それでかわいそうになって脱がしてやると今度は一心不乱に全身を舐めまわし始めるので、何をしているやらわからなくなってしまいますな。
雄猫は通常嫁の布団の足もとで毎晩寝ていて私の布団には来ません。
ただ朝外に出たくなると私の枕元までやって来て「にゃーにゃー」鳴いて訴えるんですが、布団を持ち上げて「さ〜〜少しでいいから入ろう、入ろう」と持ちかけるとほんの数十秒程度、潜り込んできて、すぐに外に出てまた鳴き始めます。
「お前が入ってください、入ってくださいと頼むのでしかたなく入ってやったんや‼️しゃーから直ぐに玄関を開けなあかんよ〜〜」てな感じでしょう。
仕方なく起きて玄関を開放させていただいております。
アルコールを分解する酵素には速効性のものと遅効性のものの2種類があってアセトアルデヒドを無害化するそうで、これをともに持っている人間は非常に酒が強い。しかしともに無い人もかなりいて、こういう人はそれこそ甘酒や粕汁の香りだけでも赤くなってしまうから、酒など飲んだら大変だ。
全く酒を受け付けない人が宴席に連なることもあって、ノンアルコールビールとか烏龍茶でごまかしているのだが、支払いはきっちり割り勘になっていたりして、よくそれで怒らないものだと感心する。
もちろん酒が入って気が大きくなってからんできたり、恥をかかせようとしゃかりきになったりする人もいることはいうまでもない。飲酒運転が論外であることはいうまでもない。
しかし問題なのは健康被害だろう。中島らもは神戸の居酒屋の階段から転落して死んでしまったし、坪内祐三も数時間の間にウィスキーを一本空けるなど、身体にいいわけがない。
坪内祐三の「酒中日記」を読んでいるとやれ携帯をどこかに忘れた、GPSが付いているので所在は新宿三丁目だとわかるがコールしても誰も出ない、しばらくしてチェックしてみたらまた移動していてコールしたがなしのつぶてだとか、何軒もはしごして最後はキャバクラに行ったが、記憶がない、翌朝財布の中に女の子の名刺が二枚入っていて「また来てね〜〜」てなコメントと携帯番号が入っているとかいう話がよく出てくる。
坪内が問題なのは携帯をなくしてしまうなどというとんでもないことをしでかしたのに、反省は「携帯が月曜日までに見つからなければ、仕方がない、新しくする」などというどうでもいいことに終始してしまう。
そうではなくて酒の飲み過ぎを反省しないといけないでしようよ。
記憶がなくなるほど飲んでしまうと、わけのわからない話もしていようし、故なくからんだりもしていよう。林真理子は坪内に「あなたアル中でしょう」と指摘したんだが、坪内は「俺が家でどんなに真剣に本を読んだり、原稿に臨んでいるか知らないだろう」と書いている。
まああれですね、坪内の言葉は林真理子に全く答えられていないよね。家で真剣に仕事をしようが、誰がどう見てもアル中でしょう。
坪内は精神的に弱かったのかもしれないが、そんなことより問題なのは酒飲みにひたすら甘いこの国の姿勢が問題なのではないか。
血中のアルコール濃度を測る機能を携帯に付けて、ある基準を上回っている人間には飲まさないようにするべきではないのかね。
雑誌「あまカラ」はこの手の食雑誌の草分けで判型も横長でグラビア多数の形は今も「銀座百点」などに継承されている。
今東光といえば八尾の天台院の住職となり長らく居を構えて「河内風土記」やら「悪名」やらをものしこれらは勝新主演で映画化されて大人気となった。後に嘉門達夫の「河内のオッサンの唄」が人口に膾炙し下品だとか野鄙だとかの論争が起こった。
小説「悪名」は1960年に「週刊朝日」連載で、今東光はそのずっと前から八尾に移り住んでいて1957年の「あまカラ」7月号に「食談義」というエッセーを載せている。
今は東京などに帰る気はさらさらない、東京は関東大震災で下町を失い、大東亜戦で山の手の大部分を失って「まるで植民地でないか」という。
対して京都、奈良は焼けることなく残り、河内国などは昔のままで、心地よい上に瀬戸内海の魚のうまいことは東京のまずい料理などお話にもならない。西洋料理も堂ビル前の「ミツヒサ」のビフテキなど大阪一であり、それはすなわち日本一だということだと持ち上げている。
加えて東京は冬は鼻がひん曲がるようなからっ風に苦しめられるが河内国などは冬暖かいし「東京くんだりにどうして帰れますか」などという。
ところが、これほどの河内びいきの今東光の著作が後には全く逆に大阪バッシングの材料にされてしまうんだから不思議な話だよね〜〜
それはさておきこの「あまカラ」7月号には昭和始めの文人波多野承五郎のエッセー「関西料理は嫌いだ」も掲載してある。
関西では昆布だしで、これがよくない。
昆布をいつまでも煮てしまうから甘みが出てしまうし、どうしても薄味になるから最後に鰹橋を入れて味を整えているわけだが、関東では初めから鰹節でしっかりだしをとっていて、俺はこっちの方が好みだ。
また関西料理は野菜の煮物には特に薄口醤油を使って野菜に醤油の黒い色が移らないように調理しているので、出来上がった野菜は元の色味を失っていないが俺はそれも気にくわない。
などと関西料理の特徴をあげるとともに自分は好みではないと切り捨てる手法でなかなか面白い。
まああれですね、雑誌てこういうごった煮みたいなところが面白いね。
坪内祐三は大阪に関する本を2冊書いているが、宇野浩二の「大阪」を秀逸だと度々取り上げている。この本は例の太宰治の「津軽」や稲垣足穂の「明石」同様シリーズとして刊行されたものだ。
宇野はこの本で大阪の金持ちが料理屋で食べ残した料理を包んでもらって持ち帰る習慣は決してケチだとか金が惜しいとかそういう考えからくるものではないという。
全部余さず食べたいほど美味しかったことを料理人に伝えたいし、実際には残ったものは、家人や次に行く店へのお土産にもなるというように、四方に気を回した結果なんだというわけだ。
その宇野が昭和17年に刊行したこの「二つの道」には「若い日の事」と題した短編が収めてある。
主人公は東京の大学を出たのだが、奈良の母親の住処のそばの若い女と親しくなり、文通したり、逢引きを重ねているうちに、実は女はおてかけさんだとわかってくる。
しかし主人公は母親を入れて3人なら問題なかろうと女と旅行に行くのだが、これがパトロンにバレて女は電報で男の元へ呼び戻される。
女と逢えない失意の日々が続く中で、パトロン以外の男も夜忍んで来ていることがわかったりもした。
東京に帰り、職探しに明け暮れている主人公のところに、女に捨てられた幼馴染の男が転がり込んできて、話し込んでいるうちに実はこの男は主人公の気にかけている女の幼馴染で、愛し合っていたのに突然てかけにされて引き離されたことがわかってくる。
こういう話でほとんど横溝正史みたいなドロドロしたストーリーでよく誰も死ななかったものだと思うほかはない。
1月15日は朝から西天満の上原弁護士の事務所に伺った。
例の雇用延長裁判の打ち合わせである。
神戸に本社のある中学受験の進学塾では非正規雇用の先生は60で定年なんだが、雇用延長すると全く同じ仕事であるにもかかわらず時間給が8がけ、勤務時間数も減らされて年収では6割になってしまう。
これはいくらなんでも問題だろうと社会の先生が時給を元に戻すことやこれまでの減額分の補填を求めて去年の8月に神戸地方裁判所に会社を提訴した。
これまで3回公判があり4回目は2月17日だ。今回の打ち合わせは会社側から提出された準備書面の内容の検討だ。
会社側はその先生と契約した時の担当者の印象として「先生は好感を示した」という。
うーん、実際に「この時間給には納得していない、しかし今サインしないと契約が打ち切られるのでサインはします。だが今後時間給の交渉はやっていきます」と言って会社側も了承している録音があるのに、これが反証ではいかにも弱い。
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