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古本屋日誌
2020-02-07 13:44:00
今日7日は純文学雑誌4誌、総合誌「文藝春秋」「中央公論」の発売日だ。
新聞の二面の下に掲載された目次や各出版社のサイトを見たところ「文藝春秋」「文學界」「新潮」「群像」には坪内祐三の追悼文が載っているようだ。
「文藝春秋」には例の「人声天語」がいつも巻末に載っていて2月号は「この頃若くして死んでしまう人が多いよなあ」と嘆く話だったが、最新号には掲載はないように見える。
また10日発売の「本の雑誌」には例の坪内の日記が載ることがサイトの目次からわかる。なんでも「本の雑誌」は4月号が坪内祐三の追悼特集号になることも予告されている。
うちの近所には本屋がそもそもなく、京阪電車で一駅、寝屋川まで出向いて駅から伸びる商店街の中の書店や、駅前にそびえる「イズミヤ」の本屋をチェックしてはみたが文藝春秋は芥川賞ということもあって、平積みになって10冊、20冊とあるのに、「中央公論」はただの1冊もない。もちろん純文学雑誌は影も形もない。
東海大学が出している「望星」はなぜか2軒とも置いてあって不思議。
さて「文藝春秋」は巻末の「人声天語」のところに同じスタイルで中野翠が追悼文を書いている。
亡くなるつい二、三日目前も電話で話をしていつも通りの「ツボちゃん」で13日には泉麻人らとともに大相撲を見に行く予定だったともいう。
葬式で最後に、棺桶に入った坪内の顔を見たら「目を閉じていてもういつものツボちゃんではなかった」と書いている。
そうなんだよなあ、死んでしまった人の顔はなぜか以前とは似ても似つかないものに変貌してしまう、その喪失感は衝撃的だ。
最後に中野は「もうツボちゃんは歳をとることはないんだなあ」としみじみ書いているが、これもまったくその通りだ。死んだ人はいつまでも若々しいよなあ。