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古本屋日誌
2020-02-05 16:32:00
1992年に創元社から出た中井正弘の「仁徳陵」は古墳築造後の盗掘や遺物の流出、利用方法など多岐にわたる「その後の仁徳陵」を描いたいい本だ。
帯には同志社の森浩一が推薦文を書いていて「謎に迫る本だ」とある。
徳川時代には自由に墳丘に出入りできていて、春は花見を楽しみ、茶屋もあり、薪や芝を取ることができた、堀では釣りができたのはもちろん周りの田畑に農業用水を供給していた、後円部には巨大な盗掘穴と露出した縦穴式石室があり、遺物はすでにない、明治5年に前方部から縦穴式石室が出土して大きな石棺が出た、ボストン美術館にここから出たといわれる遺物4点が所蔵されていること、履中陵は墳丘の等高線が極めてきれいなのに、仁徳陵は千々に乱れていることなど興味深い話が載っている。
なかでも新井白石が記しているのだが堺の奉行所、政所の庭の踏石に石棺の蓋石を使用していたというのは驚かされる。かなり 大きなものなので、盗賊が運び出したものではなかろう。中井は秀吉が鷹狩りにかこつけて運び出したものではないかと想像しているが、不思議なのは尊王攘夷派の勝利に終わった明治維新以降、この巨石は行方不明になってしまったことだ。
天皇陵、それも世界最大ともいわれる墳墓の蓋石には何の値打ちもないとばかりの仕打ちは気の毒としか言いようがない。