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古本屋日誌
人気の高い本で、探してもそうそう出会えないものがある。
本は中身が大切、初版とか帯付きとかコンディションとかは大した価値などないという考えはもちろん理解できるけど、自分が好きな作家や入れ込んでいる本になるとそういった付加価値も求めたくなるのが人情だ。
とりわけ文庫本は帯なんかは読むときに邪魔だし、流通するときに並べる際にも嵩張って効率が悪くなるので古本屋自身が取り外しもするからなかなかきれいなコンディションのものは少ない。
例えば大江健三郎の講談社文芸文庫の「万延元年のフットボール」、この本の「ノーベル文学賞受賞‼️」を謳った帯はいいなあ。
でもこの本はまだいくらでも見つかるから心は揺らがない。
マークゲインの「ニッポン日記」、ちくま学芸文庫の帯付きはぜひ手に入れたいと思う。
中公文庫の「富島松五郎伝」のきれいな帯付き本、ちくま文庫の吉村昭の「消えた鼓動」の同じくきれいな帯付き本、こういったのはなかなか出会えない。
どの本も中身も驚くべきもので、今日の薄っぺらいわれわれが束になってかかっても足元にすら及ばないものばかりだ。
そこに加えてその本を視覚的にも楽しめるきれいなカバーや素晴らしい煽り文句の効いた帯まである本‼️、これはもう額縁にでも入れるか、壁にスペースを設けて朝夕拝みあげたくなるようなものだよ。
でもようやく手に入れたその本をお客様はあっという間にお買い上げになってしまう。
残念だとしかいいようもない。
「このお客さんはなんて幸運に恵まれた人だろうか‼️‼️俺もあやかりたいよ〜」と思う。
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古本屋が本を仕入れる先は多種多様だ。客から買い取るのも一つの手だが、運搬が面倒だし、実際は大半が売れない本だったりするので効率はよくない。
私の知り合いの古本屋は店を阪急沿線に構えて長らく頑張っているが「客からは本は買い取らないよ」という。
「なんでなん❓客がたまーにはええ本運んでくることあるんちゃうん❓」
と聞いてみても「そんなもんいつ売れるかわからんやろ、それが困るんや。でもなコロナの自粛期間中にはな、10年も売れてなかった本が売れたんや」
「ほしたら本はどこからこうてくんのん❓」
「それはない大阪の古書組合にうちは入ってるよって、その市で落としてくるんや」てなことをいう。
私の考えとしては10年も動かない本を抱えておくのは偉大だとしか思えないな。私ならとっくの昔に処分しているけどな。
古書組合の市で本は間違いなく仕入れられるし、金を積めばそれなりの本も手に入れられる。
ただ店舗を経営する場合はかなり古い本やいくらでも売っている時代小説、夏目漱石や芥川龍之介、宮沢賢治、東野圭吾、北杜夫、立花隆、柳田邦男、山口瞳、野坂昭如、山田詠美みたいな本でも100円均一にしたら売れないことはないから細々とやっていく分には問題はない。
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「大阪の人は確かに物理的に損害が出たという場合は噛み付いてくるけど、名誉が傷つけられたとか、金ではなく謝罪を求めたいというような場合は裁判に訴えてこない」という。
そういうもんかな。三百代言風情に頼るまでもないだけではないかな。
今日は久しぶりに古川橋のブックオフに行ってみた。
ここはいらない本をよく引き取ってもらっている店で、出張買取を依頼しても「今月はもう予定がいっぱいで、来月の〇〇日になりますけどよろしいでしょうか❓」てなやりとりがあり、それくらい引き合いがあるのならいい本がありそうだ。
確かに講談社文芸文庫の「抱擁家族」や後藤明生の「挟み撃ち」ちくま文庫の「小泉八雲コレクション」、新潮文庫の「泡鳴五部作」河出文庫の「続なんで山にのぼるねん」「木橋」とか珍しい本もあるんだが、期待したほどではない。
ただ斜向かいに大きな「ハードオフ」があって本以外の様々なアイテムはここで扱っているために店内はカード類、CD、DVDはあるものの、大部分は本や漫画で埋め尽くされているのは好感が持てる。
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今日は友人に車を出してもらって堺市のブックオフ3カ所を巡ってみた。
堺市は指定の店でペイペイなどの電子決済を使うと2割還元するとのことで、それなら行ってみようかとなった。
御陵前、上野芝、堺インター周辺の店だ。
御陵前の店がもっとも品揃えもよく、棚と棚の間の通路も広大で驚かされた。スティーブンピンカーの「暴力の世界史」や「史疑」などが並んでいる。なかなかお目にかかれない。
堺市は例の天牛堺書店がたくさんの店舗を展開していたエリアであるので、それが破産してしまった今、受け皿はこのチェーンくらいしか無さそうなので期待は持って棚を眺めていたが、以前の天牛堺と比べるとやはり寂しいことも確かだ。
天牛堺は東京に買い付け専門の社員を配置して毎週たくさん組合の市で落札してはトラックで大阪は直送していたことは有名だ。
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先日父親の四十九日が終わった。
ちょうど病院から亡くなったという知らせを受ける直前に珍しく鼻血がたくさん出た以外に取り立てて不思議な現象などは起こらなかった。
私の父親は二代続く大工で、自分で工務店を経営して建築請負業としてはぶりもよかった。
ただバブル期に事業を拡大してそれまで手掛けることのなかったビルの建築にも乗り出したのだが、その直後にバブル崩壊となり、5階建てのビルは完成したものの、肝心の施主が夜逃げしてしまい代金を回収できなかった。
それ以降は左前で持ち家も大阪銀行に取られてしまい失意の日々だった。
商売では仕方のないことだし、そもそも私とは関係のない話だから興味はない。
祖母は家業を継いだらいいだろうと面と向かって言っていたが、年寄りというものは本当にバカだとつくづく思った。
誰がどう見ても私は手先がまことに不器用で大工になどなれるわけがないことは明らかだったからだ。
父親はさすがにそこまでバカではなく、私に跡を継いだらどうだなどということは一度も言ったことはない。
ただせがれが自分の想像の及ぶ範囲を超えているわけのわからない存在であるために扱いには困っていた。たまに大工仕事の手伝いをさせることもあったが、息子はまるでやる気がなく(大工仕事に興味がないのだから当たり前だが)返事もまともにしないので腹を立てていた。
そのうち周りの職人に「うちのせがれはええしのぼんちゃうねん、せやさかい手伝わしてんねん」などと言い出したので、こっちも腹が立った。
「ええしのぼん」というのは須崎工務店のような吹けば飛ぶような家内制手工業者のことをさすのではない、もっとちゃんと勉強してから話したらどないやと思った。
親子が似たタイプというのはなかなかない。だから親にしても子にしても相手の取り扱いには苦慮するところなのだ。
他人同士なら、遠慮も働いてあんまり露骨なことは言わないものだが、親子となるとそうはいかない。遠慮も会釈もなく言ってしまうから面倒が起きてしまう。
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