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古本屋日誌
「週刊ポスト」に呉智英の連載がずっと載っている。先月「赤毛のアンの邦題を使わなくなった理由」と題した一文を書いていたが、意味がよくわからない。
タイトルからしたら何か「赤毛」あたりに不都合な事情があってこのところは「赤毛のアン」と称することをやめたとの内容かと思われた。
ところが中身は70年代、学校である先生が生徒に欧米人風の名前を愛称としてつけていたことから始まり、その名前をつけた先生が生徒に「赤毛のアン」を読むように強制したという話になる。
さらに「赤毛のアン」の原題は「緑の破風館のアン」だったという話になり、この小説が書かれた頃は赤毛は犯罪に結びつくイメージがあったことが語られて終わりとなる。
うーん、タイトルは近年日本で「赤毛のアン」というタイトルを使わなくなった理由とあるのに、本文を読んだらこの小説が書かれた20世紀初頭には赤毛が犯罪に結びつくイメージがあったという話で、これでは今の日本の話では全然ない。
また導入の生徒に欧米人風の名前を付けた先生の話も書く意味がどこにあるのかさっぱりわからない。
呉智英先生は大好きな評論家で、以前大阪の食い倒れの話を書いておられたことがあって森田たまの随筆などを手掛かりに「大阪は食い倒れではなかったのではないか」との内容だった。
わたしがたまに読む大阪市史編纂所の雑誌に「天下の台所という表現は徳川時代にはなく、明治になって大阪市史を編纂する段になって幸田成友が作り出したフレーズだ」との論文があることを知っていたので、早速双葉社気付でその雑誌などをお送りしたら、ご丁寧に直筆のお礼状に加えてご自身が寄稿されていた太田出版の仏教雑誌までいただいた。
そこには「これまで通説と考えられていたことを考え直す作業もわたしの仕事なので、今後ともよろしく」とあってありがたかった。
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