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古本屋日誌
本を仕入れることが古本屋の仕事の最大にして最高の業務だ。
お客さんの依頼で買い取ることもあるのだが、これまでの現実から言うと全く必要なない本の買取要請が大半である。
時代小説のシリーズものやベストセラーの小説やエッセイの類が多く、いずれも通販にはなじまない商材だ。
うちの近所の国道163号線には何か所も紙ゴミの集積所がある。
覗いてみたら紐で結えた本の束も散見される。三省堂の「新明解国語辞典、第二版」や「世界神話事典」などもある。しばらく物色していたら
「にーちゃん、わしはここの束ねゆわれてるもんなんや、勝手に持っていったらあかんで」とのことだった。そりゃそうだろう。
出入りのトラックの業者にお願いして適当な本が出たら持ってきてもらう手がある。
ただこれも見ていたら投下される本や雑誌の量は膨大で雑誌は大半がボロボロの少年ジャンプや週刊文春なので、受け取ってもそのあと大半を処分せざるを得ないだろう。
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東大路丸太町には京都大学の寄宿舎の熊野寮がある。
様々な事情でたくさんの学生が入寮しているようだが、能力のある学生に教育の機会を保証する意義のある施設であることは間違いない。
ただその一方で、バカを生み出す工場になっていることも事実だ。
安い家賃、食堂を備えた快適な環境、勉強しなくても大丈夫な学生を縛らない大学のシステム、長い受験勉強からの解放感、知識や教養が欠如していても意見を言っていい生温い土壌などが相まって人間が堕落しやすい環境が用意されている。
京大の学生だから能力が高いというのも大きな間違いで年間3000人以上も合格者を出しているのだから、大半は必死に努力してやっとどうにかなった程度の連中に過ぎない。
こういう生温い中途半端な人間への京都の人の考えはどうなのかいつも気になるところだ。
高卒で叩き上げの運送屋Y君の言は「熊野寮の学生さんで京都市役所の就職の面接があるのに酒を前の晩飲み続けて行けずにパーになった人おったな。ほんまあほやで。あれやな、頭がええのと世の中で金儲けできるのとは全然違うよな。それに勉強も大事やけど息抜きもな、要る思うで」
ものすごく好意的な発言ですな。これがまたバカをつけ上がらせるもとになるんだろう。
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今日は古くからの友人のY君にドライバーをお願いして京都に出向いた。
彼は企業向けの配送を生業にしているのだが、ドライバーの年齢は50代が多く、その上若い子は入ってこない。10年後は配送業界はどうなるんだろうという。
初めて「ブックオフ 東寺店」を覗いたがここも古書コーナーができていて昭和の初めに出た「住吉村誌」が1万円で置いてあるのは驚いた。
住吉村は現在の大阪市住吉区の北部で住吉大社や帝塚山古墳を含む地域で、小字を書きこんだ詳細な地図も付いている。もちろん京都市南区とは特にゆかりもなにもないから、どうなのかという感じはするけどね。
三条通は三条京阪より東側は以前は町屋が立ち並びレトロな雰囲気が独特の味を出していた。
今もだん王の横には古色蒼然たるうどん屋があるし、その筋向かいには肉屋がポツンとあり古くからのいろは旅館も健在だ。その中に例の超高級キャバレー「ベラミ」があったのだから面白いよなあ。
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守口と枚方にある「ブックオフ スーパーバザー」に出向いた。
守口の方は国道1号線に面していて「ラウンドワン」のすぐ横にある。1キロほど下ると元はサンヨーの工場だったところが再開発で3棟のタワーマンションになっている地下鉄、モノレールの大日駅だ。
店舗は巨大でぶらんどひんのバックから衣装、靴、鞄、家電、楽器、ゲーム機、カード、CDやDVDなどが所狭しと並んでいる。
すぐ横のラウンドワンの他、ゲームセンターやスギ薬局、家電量販店、シマムラ、スポーツジム、飲食店などもあって長時間楽しめそうではある。
欲をいえばスーパー銭湯やマッサージ屋、映画館もあればそれこそ一日中遊んで暮らせそうなんだがなあ。
枚方の方は京阪電車の枚方市駅からバスで5つ目の停留所「西池之宮」にある。ここも守口同様巨大な店舗に様々な中古の商品が並んでいるのだが、守口と違って古本は店舗の一番奥に置いてある。つまり古本はもはや商材としては扱いにくいものになっているということだ。
枚方店にはこのところ「ブックオフ」で流行りの「古書コーナー」が設けてある。
書棚に古色蒼然たる本が差してあるのみならず本棚のいちばんしたの段から張り出した平たいスペースには無造作に10冊程度の本が積み重ねてあって「雪崩に注意‼️」とある。
また「この場所でのせどり行為はおやめください。店員が注意さしあげることがあります」との張り紙もあった。
「古書コーナー」を作るのはブックオフの自信の現れだろう。50年前、100年前の本であってもうちに売ってくださるお客さまがたくさんいるんだよとの権勢誇示と思える。
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牧村康正が講談社から「ヤクザと過激派が棲む街」を出した。
1980年代の山谷での争議団と金町一家との抗争を描いたノンフィクションだ。
今は労働者の高齢化が進み、福祉の街に変貌し、当然手配師もすっかりいなくなり、応募もネット上から求人を確かめる。
そんなすっかり様変わりした山谷で、かつて映画監督を務めた2人の労働者が殺された。
そのディテールを丹念に描いていて読み応えがある。
ただ現在的な課題としてみるとバカの問題が扱われているのがおもしろかった。
争議団は日雇い労働者の味方として手配師を追及してつるしあげる。
関わり合いのある労働者は弁のたつ争議団メンバーの後ろでじっと成り行きを見守っている。
だが、中には跳ねて手配師に手を出してしまう労働者もいて、そのため現場が大混乱となってしまい、果てにはなだめようとした争議団の中心メンバーが逮捕されてしまう。
こういうはた迷惑なバカへのとらえ方は興味深い。どこの世界にもそういう何も考えない人や、考える能力がない人がいるからだ。
争議団の一人は「たとえばハネる人間が出てみんなが逮捕されるようなことになったとしても、そういったことは自分がすべて引き受けるしかないんだよな。それは現場闘争を進める人間の運命だから」という。
基本的に指導者とはそういうものだというのはわかる。
でも指導者ではない普通の労働者はバカを受け容れることなどないよなあ。そこはどうするんだろうかね。
また手を出した張本人への説教も難しい。もともと同じ次元ではないからだ。
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