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古本屋日誌

2020-12-03 18:49:00
昭和33年の「実話読物」2月号を入手しました。ぜひお求め下さい。

この雑誌は犯罪実話、エロ小説、キャバレーやストリップのグラビアなどで構成された面白いもので、この2月号には「大阪娘とダンス教師」なる実話ものが載っている。

職場と家の往復でストレスが溜まっていた21の女がダンス教室に通うのだが、インストラクターの色男に誘惑され結婚の約束を取り付ける。

ところが男には妻子があって女は別れを切り出されるのだが、それでもあきらめきれない。挙句男から口止め料だとして五万円を要求されて、会社から白地の小切手を盗み出してしまう。結局ずるずると合計600万も横領して逮捕されてしまう。

こういった話なんですが興味深いのはダンス教師は東京の出身で標準語を操るのだが、日頃は達者な大阪弁をくりだしている女が男に合わせて標準語を話してしまうことだ。
「東京弁、きしょいな‼️こそぼなる」てなことは言わない。相手に合わしてしまう。なんか残念だ❗️

使い慣れない標準語を使うので女は恥ずかしいと思うのだが、さらに男に手を取られてダンスの指南を受けるから一層恥ずかしさに拍車がかかる。


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2020-12-02 21:14:00

坪内祐三や福田和也、柳美里らが編集していた雑誌「en taxi」の創刊号からまとまって入手しました。付録は付いていませんが、一冊600円でお譲りできます。

この雑誌は10年くらい続いて46号まで出ていたが、有名なのはリリーフランキーの「東京タワー」だ。自伝小説で、メガヒットを飛ばした。

それはさておき、この雑誌でなかなか面白いのは写真の使い方だ。

巻頭には「作家の遺影を撮る」と題してもちろんまだ活躍している作家のものうげな表情をフランキーが撮影している。

それ以外にも対談中の角川春樹の苦虫を噛み潰したような表情をまるまる1ページ使って捉えているなど面白い。


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2020-12-01 16:31:00

京都に仕入れに行きたいので、ドライバーを頼みたいと思い、古くからの連れで今は運送会社で働いているY君に頼んだ。

彼は道路工事に使うコンクリートのブロックやマンホールの蓋などの重量のある物を専門に運搬していて、まさに筋骨隆々だ。

なんでも20キロからあるコンクリートブロックを手ずからトラックに積み込み、取引先に届けて、またそれを下ろす作業もするというのだからさもありなん。

運転については、高速道路が一番退屈なんだそうだ。


「とにかく直線で信号もなんもあらへんよって、注意も何ものうなってまうんや。ブレーキかけることもないよってアクセル踏みっぱなしやから、右足に力入らんようになってまう、しゃーあないから、左手で足を上から無理から押さえつけて運転するんや。」という。

その挙げ句とうとう高速でしばらく寝ながら運転してしまったことがあるという。

幸い直線で空いていたこともあってことなきを得たが、「気ぃついて、血の気が引いたわ」とはいうものの、どう考えても死んでおかしくない状況で無傷だったわけだから、極めて強運の持ち主だ。

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2020-11-30 16:33:00

坂田藤十郎が亡くなり、テレビで追悼番組をしていた。

藤十郎は齢70を超えても若い女と浮名を流し、それ故か艶っぽい演技で有名だ。

「仮名手本忠臣蔵」の9段目山科閑居の段で戸名瀬役を演じていた。

このくだりは歌舞伎にしてはまだまともで、我々から見ても、幾分か感情移入できなくはない仕上がりになっているから人気がある。

それにしても内蔵助の倅、力弥の許嫁だったわが娘が高師直への内通を理由に婚約破棄を突きつけられ、体面が保たないとかいうよくわからない理由で「死ぬ‼️‼️」と言い放った際、母親の戸名瀬は大声で「でかしゃった‼️でかしゃった‼️でかしゃった‼️でかしゃった‼️‼️」と連呼するところは辟易するよなあ。

武家というヤクザ社会では体面が何より重んじられるのだろうけど、普通に考えて全く共感も出来ないし、同意もできない。

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2020-11-29 20:27:00

大阪は文化不毛の地だとのことで、金儲けが何より優先される土壌だということになっている。

父親はよく「なあ、克己(私の名前です)この世の中はな、金儲けが一番なんや、金がもうからなんだらどないしょうもないんや」と言っていた。

私がヤンチャして繁華街で遊び呆けていた時とか警察とちゃんちゃんバラバラしていた時、あるいはスナックで大枚すった時、教訓をたれていたと思うかもしれない。

しかし親父がこれをいうのは私の学校の成績が極端によかったり、結果として有名大学に進学できることになったりした時なのだ。

父親として自分と全くちがうタイプの倅を扱いかねていたことはよくわかった。父は大工の二代目で寡黙ながら腕のいい職人だった。

また父親は阪神間芦屋の邸宅街にも注文を受けて気に入られて模様替えなどに通っていたから、いわゆるインテリ層とも付き合いがあった。

つまり大学の先生や医者、作家などの中には恵まれた収入を得ている人がいることはよく知っていた。

それにもかかわらず、文弱ではいかんというのだから、よくわからない。大工仕事がよっぽど儲かるという自慢をしたいのかもしれないが、本人が大して稼いでもいないから何の説得力もない。

やはり大阪の変な風潮に染められてしまっていたのだろうか。




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