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古本屋日誌
古本屋で買い取れない本の筆頭が百科事典だ。
昭和30年代から40年代にかけて平凡社や玉川学園、ブリタニカなどいろんなのが出てそれなりに売れた。
読んだり、調べ物をしたりという実用性があって、買い揃えるのではなく、本棚に飾ってインテリ感を出すためだったようだ。
今でも買い取りに行くと、お客さんがいそいそと重たい百科事典を出してくるようだ。
「いや、これは無理です。全然売れませんから。ご面倒でも、ご自分で廃棄してください」とお決まりの対応をすることになるのだ。
というわけで、今やどの古本屋に出向いても百科事典は、ない。
そうなると、欲しい人もいるのではないか、ひょっとして固定観念で「こんなもん売れるわけないがな」と決めてかかっているだけで、実は需要があるのではないかと考える人も出てくる。
それが天王寺のブックオフだ。
ここの2階には「ビンテージコーナー」と題された本棚が3つも並んでいる。
そこには平凡社の百科事典が10冊くらい並んでいる。全巻揃でもない。
いずれも昭和30年代のもので強い焼けのあるボロボロの箱入りだ。
値段は910円。
そのほかにもやはり平凡社が出していた『世界教養全集』の端本や手塚治虫の角川書店から出ていた大判の「火の鳥』の端本、編集工房ノアから出ている富士正晴の著作、林真理子の「ルンルン」なんかが置いてある。
さて、百科事典は売れるのか❓
俺は暇だから毎週見に来ているのだが、半年くらい経ってるけど、まだ売れてないな。
中之島美術館で開催中の「大阪の美人画」展は先日から後期の展示となった。
北野恒富の『淀君』や「茶々」がいよいよ登場。
お市の娘で美人だと思われるのだが、恒富の「淀君」は顔の長い中年の普通の女だ。
悪女というイメージに沿った造形なのかもしれないけど、そもそも大坂の陣は無駄な戦いだった。
幕府の公式記録である『徳川実記』にすら大した記述はない。
二度も大軍を全国から動員して、多大な戦費を浪費し、あまつさえ東西両軍合わせて大量の戦死者を出してしまった。
歌舞伎の『近江源氏』は大坂の陣を真っ向から扱った作品だが、上演は認められていたし、書籍でも「難波戦記』は徳川の非をあれこれ並べ立てて、嘲笑う作品だが、流通していた。
要するに徳川幕閣にとってすら、問題のある戦いだったわけなのだ。
さて、「茶々」の方は幼い頃を描いたものだが、まるまるとしたはちきれんばかりの丸顔の子どもの絵で、成長した「淀君」とはかなり違う。
ただ俺が面白かったのは生田花朝の「天神祭』だ。
これは1935年ごろの絵だそうで、大大阪といわれ、大阪が繁栄を謳歌していた頃の作品だ。
祭事にもいくらでも金も手間もかけられる恵まれたいい時代の作品だ。
その天神祭の船渡御、御鳳輦船を描いているのだが、船縁には鈴なりにたくさんの男が腰掛けていて、両足を川に突っ込んで涼んでいる。
また暑いせいだろうが、着物をはだけて、布袋さんのような腹を丸出しにもしているのだ。
かりにも神様の御前なんだし、川岸にはたくさんの見物客も控えているのだ。
少しは威儀を正して、衆目の期待に応えたいところなんだが、大阪の人たちはすっかり油断してしまっているわけだ。
これは天神祭が、祇園祭のような町ごとの対抗レースになっておらず、意地の張り合いがないからだろう。
NHKの「プロフェッショナル、仕事の流儀」で俵万智が登場した。
俵万智は現代日本の天才中の天才であり、短歌の革命家であり、文学史を書き換えるほどの存在感がある人物だ。
それほどの人物の私生活の一部を拝見することができ、肉声もお聞きできて本当に幸せな思いに満たされたよ。
これがもう少し後の世代なら、本でしか、偉大な革命家の姿を知ることができないわけだから、われわれは何と恵まれているのだろうか。
例えて言えば、紫式部の同時代人である幸せをわれわれは味わえているということなのだ。
1985年の『サラダ記念日』は24歳の時の作品なんだが、すでに完璧な作品集ですよね。
「『この味がいいね』と君が言ったから7月6日はサラダ記念日」
ようやく射止めた彼氏をお家デートに招待したが、手料理を振る舞おうにも、料理の才に恵まれず、実は玉子一つ割ることすらおぼつかない。
おそるおそる、半ば居直りの気持ちもあって、「こんな私なんですけど、あなたは受け止めてはいただけないんですか❗️❗️❗️」と差し出したサラダが「この味がいい」と言ってもらえたのだ。
自分を思いっきり肯定してもらえた、ややこしい不器用な半生が報われたようで、有頂天になった。
週刊誌は玉石混交で、読みたい記事もあれば、全く関心のわかないのもあるし、金を払って目にすることすら汚らわしいような記事も載っているものだ。
それが雑誌の楽しみでもあって、このところの『週刊文春』には安倍の暗殺がらみの記事とおひとりさま教の上野千鶴子のネタが載っている。
さて実際に購入して読んでみた。
安倍暗殺の記事だが、「安倍氏の姿勢を考えれば、なぜ右前頚部に弾が当たったのか、合理的な説明がつかない」とある。
ということはケネディ暗殺みたいなものか、山上くん以外の誰かが撃ったのか、と思うところなんだがその後にこうある。
「ある警察幹部はこう告白する。『どのように安倍氏の右前頚部に当たったかーという弾道の再現は事実上、不可能なのです。山上の銃は手製のもの。火薬量によって銃弾の飛び方は異なりますが、銃撃の際に火薬が何グラム使われていたか、も正確には分かりません』」
なーんだ。手製の銃だから弾道はわかりませーんというだけの話か、つまらん。
もう一つの上野千鶴子のネタ。
2007年、『おひとりさまの老後』が約80万部のベストセラーになった以降、おんなじような本を立て続けに出して、独身を貫く上野はおひとりさまの教祖みたいになって人気を誇っていた。
ところが上野は二年前に歴史学者の色川大吉を介護の末、看取った。
なんでも2人で購入した山荘の権利を上野は色川の死後、相続したそうで
「亡くなった時点で法律婚が成立していなければ、遺産を相続することはできません」ということなので上野は「彼と密かに入籍していた」とのことだ。
なるほど、こっちの方は面白い。
東大教授だった上野はそれなりに社会的地位もあるし、インテリとして主張の一貫性は求められるだろう。
大衆にはおひとりさまがいいと煽りながら、自分は結婚して楽しんでいたというのでは、筋は通ってない。
伊藤博敏が講談社から『同和のドン』を出した。
自民党系の部落解放運動組織のトップだった上田藤兵衛の伝記だ。
全て実名で書いてあるとのことで、発売前から評判だったが、一読してつまらない本だった。
安藤昇の本のような爽快なギャングの話ではなかったのだ。
つまりは、ヤクザの抗争史や政界の裏話でしかなく、それに関しては、いくつも専門の雑誌がある。
興味のある人はそれらを日頃から読んでいるだろう。
俺はそんなものには全く興味がないから退屈でしかなかった。
またエセ同和の利権の話も書いてある。
でもそんなネタは、かなり前に宝島社から2冊も『同和利権の闇』と題して、しっかりした本が出ている。いまさらおんなじことを書いてもらっても仕方がない。
ただ少し興味を惹かれたのは上田の出自だ。
なんでも京都の山科の竹鼻の被差別部落だそうだが、彼の家は代々天智天皇の墓の守をする任務についていたという。
つまり陵戸というやつなんだろう。
奈良の明日香村にも天武、持統天皇の陵戸だという家があって、その地位を誇示するものとして長槍が鴨居にかけてあった。(NHKの特番で見たのだ)
陵戸は墓の管理をするわけだから、日常的に古墳の敷地内に入って手入れをしていたはずだ。
その地位が特権的なものであり、大王の霊ともコンタクトできる才能を代々受け継いでいるのだぞてな、プライドはないのだろうかね。
それがあったら詳細な陵墓の記録や管理日記が家に伝わっていても不思議ではないと思うのだ。