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古本屋日誌
2023-03-22 12:38:00
普通の会社では、どの人が休んでも滞りなく業務は回っていく。
それが正しい姿であることは言うまでもない。
ハンナアーレントが「人間の条件」で家庭での親の子どもへの接し方が産業革命の前後で変化したという。
家内制手工業では子どもも大切な労働者であるから、親は厳しく叱り、仕事を身につけさせようとした。
なにせ子どもが仕事してくれないと、たちまち立ち行かなくなる自転車操業だったから。
しかし産業革命を経て工場で子どもが働くようになると、家庭は仕事の疲れを癒す安らぎのスペースになり、親も優しくなった。
工場での労働者の位置も変化した。個々人は剰余価値を生み出すコマであって、なくてはならない存在などではない。
アーレントの話はその通りだよな。
ある特定の個人に業務が偏り、その人が抜けてしまうと回らなくなるような会社は間違いなく破綻するだろう。
要するに社員は業務のベルトコンベアーを前にして、与えられた職責をこなしているに過ぎない。
職制(部長とか課長とか係長など)はベルトコンベアーが回っているかどうか確認して、無理がある場合は別の人を入れる手配をするに過ぎない。
その上で個々人が、「俺がいなかったらこの部署はダメになる」とか「俺がエースだ」みたいなやり甲斐を感じるのは、客観的には間違い(つまり事実に反しているという意味だ)ではある。
しかし、それはその個人の生きがいや心の持ちようの問題としては、なんら問題はない。
むしろ人間疎外からの回復ということだから、ごく自然な流れなのだ。
それにしても物事にはほどらいというものがある。