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古本屋日誌
先週の金曜から日曜日まで、阪急千里線の南千里駅前で、小規模な古本市が開催、珍しいので行ってみた。
京都のシルヴァン書房、大阪のロビンの古本屋、稲野書店、汎書店、兵庫のみつづみ書房などが参加していた。
ロビンの古本屋は河内長野だと思うのだが、千里まで本を運ぶのは大変だろう。
どうせなら、出来るだけたくさん本を運び入れて売り上げを確保しておきたいと思うところだが、今回の古本市はどの古本屋も大した量を持ち込んでいない。
それはさておき、会場は駅のすぐ横にある広場で、広々としていて、爽快だ。
それに素晴らしいのはコーヒーのキッチンカーが出張してきていることだ。
広場を囲む縁石や石積みが随所に作ってあるので、腰掛けてこうてきた本を楽しみながら、美味いコーヒーを味わえるのだ。コーヒーのメニューにはウィンナーコーヒーのオリジナル版で、マヨネーズを乗せたものが400円で出ていた。
「少し甘めのマヨネーズで、うちのオリジナルなんですわ」とのことだ。
ケーキやサンドイッチはキッチンカーは扱っていないが、広場のすぐに横にはセブンイレブンやミスドが並んでいるので、簡単に調達出来る。
日能研関西は中学受験の進学塾だが、過去少なくとも2回過労死事件が発生している。
初めのは2000年の1月に当時算数課のリーダー(課長にあたる)だった酒井がくも膜下出血で38で亡くなったものだ。
彼はわかっているだけでも亡くなる前53日にわたって休んでいないのだから驚かされる。
とりわけ不思議なのが宴会のことだ。
1999年の12月23日、日能研関西では灘を受験する予定の生徒を集めて岡本校で「合同授業」が実施されていて、酒井もそれに参加していた。
この日の勤務開始は午前9時15分で、関西本部に出勤、その後岡本校に移動して灘の合同授業(2時間半)をした。
その後洗濯のため帰宅した。さらに19時前に岡本校に来て、社長をはじめ他担当者と食事したのだ(平たく言えば宴会ですな)宴会の終了は午後9時半。
洗濯するいとますらない状態てバカげているよなあ。
それはさておき、この日の夕方、酒井に電話をかけて「会社の宴会なんか出るのはやめて、こっちでみんなで飲むから来ない❓」と誘ってみたのだ。
返事は「それもいいんだが、東先生から、上に宴会には出なくていいですよねと言って欲しいわ」とのことだった。
俺はすぐ横にいた東先生(彼は当時は会社では酒井の上司だった)に「あんたから上に出やんでええやろてゆうて欲しいゆうてるで」と取り次いだ。
2人はしばらく話をしていたが、もちろんそんなことを取り次いで話すということにはならず、酒井は会社の宴会に出たのだ。
これをどう考えるのか。
もう20年以上経っている。
これまでは(そんな、会社のくだらない宴会などに出るて、バカじゃないのか)とか(出ないというのを自分で言わず、上司に取り次いで欲しいとかいうのは、俺には想像もできない愚かな発言だ)と思っていた。
ところが、ここの会社の宴会に参加した時のことを思い出してみたら、別の考えに思い至った。
まず社長が長々と話をしている、まあこれはどうでもいいとして、その後丸テーブルに付いて和やかに歓談とはならないのだ。
次回行われる会議の日程の連絡をしたり、授業で気になった生徒の話や、その対応策などをみんな話題にしているのだ。
なんのことはない、仕事の延長だ。
だから、酒井が、俺の誘った飲み会などには出ず、会社のそれに行ったのにはそれなりの理由があったということだ。
小学生を指導する上では、国語、算数、理科、社会の各教科の円熟したチームプレーが欠かせない。宴会の場であっても、それを利用して担当者が一堂に会して情報交換するのは大切なことだろう。
その宴会に出ないというのは必要な仕事を休むとということになるから、自分口からは言いづらいということだったのだろう。
ネットが普及し、通販が一般的になるまでは、本は店を構えて売るものだった。
高校時代、阿倍野の斎場から南海平野線に沿うてだらだら下り、阿倍野区役所や天王寺高校に至る道には数件の古本屋があった。
歩道に面して間口の広い店舗で、棚という棚にはぎっしり埃まみれの本が詰め込まれているほか、通路にも雑誌がうず高く平積みしてあった。
1970年代から80年代にかけてはいくらでも古本が集まり(店までお客さんが持ってきてくれる)、またよく売れたのだ。
しかしたくさん出版されている本の大半はくだらないものであって、中身が優れているとか、装丁がよいとかで売れているわけではなかった。
本や映画、テレビくらいしか娯楽がなかったので、面白くなくてもやむなく本を買うという時代の流れがあったのだ。
その上げ底やメッキが剥がれて、本は売れにくくなり、店舗を構えているメリットが疑われ出したのだ。
リーマンなら月給だから、月の収入は計算できるが、自営業の場合、全く読めない。
とりわけ店舗を構えていると毎月取られる固定費のことが、常に頭をもたげてきて、心休まらない。
連れの印刷会社の社長は「支払いが切羽詰まって、どないもこないもならん時な、強盗でも、たたきでもなんでもしたろか❗️て本気で思うもんや」という。
この人は結局会社を畳んで、今は予備校で現代文を教えている。
顔色も明るくなりよかったと思う。
真面目な人は自分で抱え込んで、見境なくなってしまう。
うちの場合は通販なので家賃もかからず(Amazonの固定費は月に5000円くらいだし、このホームページは千円だ)倉庫もないから、売れ行きが思わしくなくても、気に病むことはなさそうだ。それにもかかわらず、俺は売り上げが少ないと気になる。
「いい本を仕入れられてないから、客にそっぼむかれたかな」
「納品書はめんどくさいし、無駄だから入れてない、これが嫌がられているのかな」とか検証のしょうもないことをあれこれ考えてしまう。
中公文庫から武田百合子の『絵葉書のように』が出た。
2017年の浩瀚な単行本『あの頃』からの抜粋で編んであるエッセイ集だ。
武田は生前、雑誌掲載分に丁寧に目を通し、手を加えてからでないと本にしなかったそうだ。
1993年に亡くなって、今年でもう、30年になるものの、新たな読者を生み出し続ける人気ぶりだ。
出版社としても「武田百合子の単行本未収録作品を読みたい」というお客さんからの要望に応えたくなったものだろう。
それにしても、武田百合子の文章はうまい、うますぎる。
天賦の才であり、他の追随を許さないとしか言いようがない。
本屋にたくさん並んでいる作家連中の文章など、下手すぎてお話にもならない。
武田のそれは、企んでやっているように見えない、自然に流れ出しているかのような、努力とは一番遠い作品に思える。
長谷寺に牡丹を見に詣でた話。
「境内一円に満開であるはずの牡丹は、昨日の雨で、くちゃくちゃになっていた。
とんでいた鳥や蝶の群れが、いきなり、ばたばたと死にかけているような、どきりとする光景だった。
不機嫌な参詣客は、すれちがうとき、お互いに意地わるい眼つきをして境内を巡り、それでも牡丹の前で写真を撮ったり、撮られたりしていた。」
齋藤なずなが小学館から「ぼっち死の館」を出した。
齋藤は稀代のストーリーテラーで、日常生活を細かく描きながら巧みに話をまとめて行く手法は鮮やかだ。
ただ、今回は一人暮らしの老人が多く住むアパートが舞台で、その日常生活は詩的でもないし、悲惨な出来事もいくらでも起こる。
同じことを毎日言ってくる不気味な老人の話や、1週間ほど、姿を見せないから、もしやと思ってアパートの部屋を訪ねてノックしてみたが、返事がない。
異臭があるかと鼻を働かしてみても別段異常はなかった。
しかしひと月後、やはり老人が孤独死していたことが明らかになって、「腐敗が進まず、ミイラ化の方向に」進んでいたという話になる。
こういった救いもなければ、オチもない、身も蓋もないような現実をこれでもかと描いて行く。
しかし齋藤には天性の才能があって、ラトシーンは心静かに、全てを受け入れたくなる展開になって行くから驚かされる。
それは彼女の卓越した画力によるところもあるのだが、それにしても大したものだ。