Welcome
古本屋日誌
このところ諸物価高騰が続いている。
ロシアの侵略もその一因だが、実はその前からすでに値段は上がっていたことがわかっている。
コロナ騒動で、グローバリズム的な効率優先のサプライチェーンが築きにくくなった上に、労働者人口の減少が拍車をかけた。
自粛のために飲食店、観光業、サービス業の労働者の仕事が奪われてしまった一方で、物の需要は増加していた。
俺も通販でなんやかや買いましたからね。
しかしサービス業をクビになった労働者が、すぐに別のものづくりの産業に配置転換できるわけもなく、生産に従事できる労働者は減少し、当然生産量は限られてくるから、値段は高騰したのだ。
100均大手の「ダイソー」なんかは全ての原材料が上がる中でよくやっているよなあ。
うちは梱包に使う封筒やビニール、ガムテープなどの資材を「シモジマ」から調達してました。
しかしガムテープは前は115円程度(この値段もダイソーより高い)だったが、直近は140円を超えている。
一方「ダイソー」はありがたいことに110円で売ってくれているので、当然全てここで買うているわけだ。
ただ50メートルで110円のガムテープは品薄で、売り切れていることもしばしばある。
せっかく店舗まで出向いて、必要な資材を買おうとしているのに、それが手に入らないとなると、こっちは本当に困るのだ。
しかし、決して失望させないのが「ダイソーだ。
従来の丈夫な紙製のガムテープのほかに、ごく薄手のプラスチック製のガムテープを売っている。
これは50メートルあって、安い。ただ粘着力が強力なため、使った端から、また元の位置に戻ってしまい、つぎに使おうとしても起点がどこかわからない問題がある。
それでも40円近い値段の差は大きいから、もちろん「ダイソー」のテープを使うわけだ。
大島隆之の講談社現代新書「真珠湾攻撃」には、参加した空母六隻の搭乗員871名のその後が詳細に書いてある。
これまでの通説では1942年6月のミッドウェーで一挙に空母4隻を喪失し、ベテラン、歴戦の多数の搭乗員を失ったといわれてきた。
ところがこの本によればミッドウェーでの戦死者は84人であり、うち50名は空母飛龍の搭乗員なのだ。
飛龍はただ一隻、無傷で生き残った空母で、その後アメリカの空母部隊に攻撃をかけた。
見事、空母ヨークタウンを撃沈したが、その代償は大きく、「雷撃機5機、急降下爆撃機13機、零戦6機が未帰還となったのだった。」
つまり最初に沈められた赤城、加賀、蒼龍の搭乗員は34名戦死ということなのだ。
陸上攻撃用の爆弾を艦隊攻撃用に付け替えている最中に直撃弾を受けて、誘爆して沈んだわけだから、搭乗員は大多数が死んでしまったのではなかろうかと思っていたが、実はそうではなかったのだ。
これは何故なんだろう。
普通に考えれば、直撃弾による火災で爆弾が誘爆したといわれているが、その過程はかなりゆっくりしたものだったということだろう。
十分避難できる余裕があったということだ。
ミッドウェーについては、ずっと妄説が唱えられていた。
つまりアメリカの艦載機が急降下爆撃を行った時、空母の甲板には爆弾の装填をし終えて、今まさに飛び立とうとしていたといわれていた。
しかし、そんなことは全然なかったことが、今では明らかになっている。
森史朗の労作『ミッドウェー海戦』によれば、アメリカの艦載機が急降下爆撃を敢行した時、空母の甲板には飛行機は並んでおらず、まだ爆弾の装填中だった。
それなら、甲板の下には多数の攻撃機が爆弾や魚雷を抱えて並んでいたわけだから、直撃弾を受ければ直ちに大爆発を起こしそうなものだけどね。
去年、講談社現代新書で大島隆之の『真珠湾攻撃隊』が出た。
これは労作で、例のパールハーバー奇襲攻撃に参加した空母6隻の兵隊900人余りのその後を追跡したものなのだ。
巻末には一覧表が掲載してあって、それによれば、8割以上が戦死している。
その中で従来「真珠湾攻撃に参加した将兵は、実戦の経験豊かな猛者だ」といわれていたが、実際は4分の1くらいの兵隊はキャリアもない、若い新兵だったことが明らかになった。
また真っ先に攻撃を開始した空母赤城の水平爆撃隊は、さすがに的の反撃を受けず、全機無事に帰還したが、その後に突っ込んだ加賀の水平爆撃隊は12機のうち5機が対空砲火によって撃墜されてしまったことも明らかになった。
例の映画『パールハーバー』ではアメリカ側の反撃は遅くて、大したこともなかったと見てしまうのだが、実際は全然違っていたのだ。
昨日は萱島の駅の北側『新しく出来たダイエーの近所だ)友人の叔父の自宅の片付けを手伝った。
近所で長らく理髪店を経営していた人だったが、去年の夏、自宅で倒れているところをちょうど来合わせた「ワタミ」の宅配の係の人に見つけてもらい、病院に搬送されたが、結局は肺炎で亡くなってしまった。
奥さんはだいぶ前に亡くなられていて、子どもさんもいないから、独居老人であったわけだ。
弁当の宅配業者、新聞の販売員、牛乳の配達員なんかは、近所人たち以上に老人の安否確認の役割を担っていることになるよな。
掃除中も生協の宅配のトラックがちょうど来ていて、隣のお婆さんに「昨日も来てたな」と声をかけてもらった。
「そうですわ、きんのはガラクタを整理して今日はカラーボックスやらタンスやらを寝屋川市にゆうて引き取ってもらうんですわ」
てなやりとりをした。
作業中は近所の婆さんたちが外に出て、すこし離れたらところからわれわれのすることをみてはりました。
さらに、タンスやらを出し終えて一服してたら、(作業中じゃないんだよなあ、ちゃんと静かになった頃を見計らっているのがすごい)
チャイムが鳴って「自治会なんですけど、いつまで生きてはりましたかな❓自治会費が一月200円なんですけどね、今年の分はもういただいてるんでその分お返しせんなんし、慶弔費が出るんですわ」
「亡くなったのが11月なんですわ」
「ほしたらね、後で慶弔費はもってよしてもらいますわ、3000円なんですけどね」
そのあと、たしかに白と黒の封筒に入ったお金ももって来られました。
まるで昭和の30年代のような近所付き合いだよなあ。
これはこれで幸せなことだよ。
以前はいろんな百貨店が古本市をやっていた。
その中には骨董品である肉筆浮世絵を扱っている時もあって、豪華な目録が発行されていた。
堺筋にあった三越のは有名で、浮世絵のカラー写真に加えて著名人のエッセイも載っていた。
その中に例の福富太郎のものがある。
福富は全国で巨大なキャバレーを経営して、巨万の富を築くかたわら、美術品のコレクターとしても名を馳せた人物で、少し前にはハルカス美術館でコレクションの展覧会も開かれた。
そのコレクションはレベルが高く、北野恒富、鏑木清方、高橋由一の名画がたくさんある。
つまり審美眼に関しては、大半が無知蒙昧なバカに過ぎない財界人の中では例外中の例外なのだ。
その福富太郎が肉筆浮世絵(つまり美人画のことだ)について次のように言う。
「長らく病を得て入院を余儀なくされていた時、病室の傍に浮世絵を掲げて、飽きることもなく眺めていたら生きる力を与えられた」
そうなのかなあ。浮世絵の美人画て、果たして美人に見えるだろうかね❓
伝統的な引き目、鉤鼻、瓜実顔の様式美にとらわれて、全然魅力はないけどなあ。