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古本屋日誌
航思社から出た、岡崎次郎の『マルクスに凭れて六十年』は極めて良質のエンターテインメントだ。
北海道から出てきて、放蕩を尽くしながら、なんとか東大の経済学部を出て、翻訳の仕事を始めた。
岩波文庫の「資本論」なんだが、先輩の向坂逸郎との共訳となったのに、実際は全て岡崎が作業をやる羽目になった。
それにもかかわらず、印税は折半。
1937年の人民戦線事件に連座したことになり逮捕され、1年に亘り投獄される。
戦後は九州大学に色を得たが馴染めず、四年で退職して、今度は法政大学に勤務するが、おりから新左翼運動の胎動期で、嫌気がさしてまた辞めてしまう。
その後翻訳で生活を立て直し、大月書店から新しい資本論を出すが、これが向坂の怒りを買ってしまう。
「俺に断りもなくほかの出版社から『資本論』を出すとは信義にもとる」と向坂は激怒するのだが、もちろんいわれのないいちゃもんだ。
しかし岡崎は「向坂さんが無礼を詫びるというのなら、今後は岩波文庫の『資本論』の印税は全てお譲りする」と弱気になって受けてしまうのだ。
もう言い古されたことだが、激動の時代に生きた彼らのノンフィクションの凄みには、我々、平和で穏やかな時代に生きるものは、太刀打ち出来はしない。
それにしても、岡崎は1984年、80にして忽然と姿を消してしまい、未だに消息はつかめない。
おそらく嫁と一緒に自殺したのだろう。
この本にもそれを仄めかす記述がある。
何か目的があって生きるのなら問題はないが、「なにもやりたいこともないのに、ただ息をしているためにいやいやながら仕事をする、ということほど詰まらないことはない。ただ徒らに老害を撒き散らすだけである」
確かにそうかもしれないけれどね、だからと言って自殺せんならんとはならないだろう。