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古本屋日誌

2024-07-21 11:55:00

向田邦子は基本的にはシナリオライターであり、テレビドラマのシナリオをたくさん書いてきた。

 

 

それらは毎週毎週、放送されるものだからスピードが要求されるし、小説のような細かい描写はなくて、メモ書きみたいなものでしかなかったりもする。

 

向田が人気絶頂で、突然亡くなってしまったので、そのシナリオも岩波現代文庫や新潮文庫からたくさん刊行されている。

 

 

その中でも俺は『あうん』が好きなんだが、高島俊男先生は先の著者『メルヘン誕生』では、否定的だ。

 

 

このシナリオは、要するにごく仲の良い中年男性2人の話で、2人は同じ会社で働いているのだが、重役になっている方の奥さんに、ヒラの方が惚れている設定になっている。

 

 

女の方もそれはわかっていて、長い馴染でもあって、男はしばしばその重役の家にやってくるのだ。

 

 

別に不倫めいた事件が起こるわけでも無く、2人の男の友情は続いてゆく、その日常が面白い。

 

 

しかし高島先生は「友人の嫁に惚れている段階で、普通その家には二度と行かない。」それが東洋にせよ、西洋にせよ伝統だし、男らしい振る舞いだろうとおっしゃる。

 

確かに先生のお書きになっていることは、その通りなのだが、女々しい反面、節度も守る生き方もあっていいと思うのだ。


2024-07-20 00:05:00
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昨日は久しぶりに甲子園に出向いてカープ戦を見た。

 

若い頃はライトスタンドばかりだったが、このところはグリーンシートやアルプスで見るようになった。

 

ライトスタンドは試合を見に行くわけでは無く、「応援」するための場所だ。

 

 

それにしてもヤンキー好みの野球は、民主主義的で気に食わない。

 

 

どう見ても打てそうにないピッチャーやキャッチャーなんかにも、3番、4番と平等に打席が与えられるなどおかしな話だ。

 

 

そういう役立たずの打席など金を払ってまで見る価値などない。

 

セーリーグはDHすら採用していない。観客にとって投手の打席などなんらの価値はないから、直ちに採用するべきだ。

 

 

それに、スリーアウトになると、向こうに攻撃権が移るというのも、アメラグふう、民主主義的で好ましくない。

 

 

今年のセーリーグなど3割バッターは2人しかおらず、完全な投手天国だ。つまり、ホームランどころかヒットも出ないわけで、当然点も入らない。球場にわざわざ見に来て、投手の華麗な投球術などバックネット裏のわずかな席にいる客しか楽しめない。

 

 

だから9回までの27アウトをある程度まで柔軟に行使できるようにすべきだ。

 

 

初回にノーアウト満塁となったのに、バカで無能な選手のせいでスリーアウトとなっても、監督の申し出でで、あとスリーアウトまで攻撃できるようにするべきだ。

 

 

それがダメなら、同じバッターが続けて打てるようにするべきだ。

 

 

昨日の試合でいうと、佐藤、大山、野口とヒットが続いて満塁になって、ここから下位打線になるのだが、佐藤には再び打席に立ってもらい、代わりに次の打順の坂本が三塁に行くのだ。

 

 

当然タイムリーヒットか満塁ホームランが出るだろう。

 


2024-07-19 19:24:00

今日から谷町4丁目の古書会館で古本市。今回は矢野書房、古本横丁も参加している。

 

朝日新聞で樹木希林がこれまでの役者人生を振り返る連載を持っていた。

 

その中でシナリオライターの向田邦子のことを悪様に書いていた。

 

とにかく締切を守れない、ようやく出来上がったのも樹木希林から見たらまるでなってないというのだ。

 

 

俺は向田邦子の信者なので、悪評の根拠も示されておらず、不快に思っていた。

 

ところがここに天下の碩学高島俊男先生の『メルヘン誕生』という本があって、これは一冊全て向田邦子論なのだ。

 

 

その中で高島先生は彼女の時系列の記述の誤りから、ストーリーの平板さ、言葉の誤りまであれこれ指摘されている。

 

なるほどそれはおっしゃる通り、樹木希林の代弁をされている感もあった。

 

 

では反対に高島先生が評価されている話はというと、『思い出トランプ』の一編で、あるビルのガードマンとそこの事務員の2人の女があれこれとよく揉めている。

 

 

ところがその男と女がある時、街で楽しそうに歩いてるのを作者は目撃するのだ。

 

しかし、その次の日仕事に戻るといつも通り口も聞かないし、疎遠な感じなのだ。

 

高島先生はこの話を評して、昔の日本の人間関係のあり方を見事に切り取っているという。

 

 

また、最後のシーンで男が「顎でタバコを吸っている。」という描写を高島先生は「天才」だという。

 

 

このへんがよくわからないんだな。

 

 

仕事場の人間関係とプライベートを分かるのが昔の典型的なスタイルだということなんだろうけど、それは今でもそうだし、見事だといわれてもよくわからないな。

 

 

ラストシーンの比喩は確かに向田邦子でないと書けないものだというのはわかるけどね。


2024-07-18 13:30:00

昨日は祇園祭の前祭の山鉾巡行だ。

 

うちは、KBS京都は入ってないので、BS11の生放送を録画しながら見た。

 

いつものように長刀鉾の稚児の太平の舞から、〆縄切りと見て、順調に巡行が進んでいったが、珍しいことに、鶏鉾の前の車輪が破損してしまい、進めなくなってしまった。

 

 

暑い中、あれこれ善後策を講じているようだが、思うようにはいかず、結局鶏鉾を少し横に寄せることも試み、後ろに控える山や鉾を先に通すことになった。

 

 

そのため、四条通に巨大な月鉾、鶏鉾が軒を接するまでに近づいてすり抜けていくシーンが見られて素晴らしかった。

 

この後、鶏鉾は後退して辻まわしも行わなかったと聞いた。

 

新町通りでこういうアクシデントが起こってしまうと、道幅がないからややこしいことになっただろうから、やはり神さまのお計らいなのかもしれない。

 

 

それはさておき、こないだ昭和22年に出た今東光の『稚児』を一読したのだが、延暦寺での稚児の水揚げの話が詳細に書いてあった。

 

 

といってもかなり伏字があって、よくわからないところも多々あり、それを復元したものはないのかと気にはなっている。

 

興味深いのは、初めて高僧の慰みものとなる時、全山を挙げて祝祭が華々しく行われることで、煌びやかな装束に身を包んだたくさんの僧が練り歩いて、お祭りなのだ。

 

 

だから長刀鉾の稚児も、伝統的にはそういう目で見られていたのは間違いない。現代の我々はそのことを忘れているし、学んでもいない。

 

 

徳川時代の終わり1820年あたりから、各鉾に乗せていた稚児を人形に置き換えるようになった。

 

この理由について「各町に子どもが少なくなったから」とか「子どもがいても、物入りだし、祭りの期間中は親と会えないから」などと説明しているが、間違いだと思う。

 

 

子どもが減っているという話は現代のことであり、そもそも金持ちは元々子沢山だ。(貧乏人に、子供が多いというのは統計的に否定されている)

 

また物入りだというが、鉾町で、稚児を出そうかという旧家なんだから、負担では全然ないし、むしろ選ばれることが名誉だと考えられている。

 

だから、そんなことではなく、稚児のもつややこしいイメージが、徳川時代も末期になると、胡散臭いもので、子どもを虐待するものだという考えが主流になってきたためだと思う。

 


2024-07-17 13:21:00

亡くなった鳥山明の『Dr.スランプ』だが、ジャンプコミックスの第7巻だけ、なぜか重版されていなかった。

 

そのため古書価が高騰して7000円くらいで取引されていた。ところがようやく重版がかかり、新刊書店に7巻が並んでいる。

 

早速こうてきて、嫁が待っている古い本と比べてみた。

 

やはり版権の問題なのか、絵に修正が加えられている。まずウルトラマンやウルトラセブンの姿は、一応それとはわからないようにベタの処理がされている。

 

 

バルタン星人も目の形などを変えて、ちょっと見たところ、よくわからない怪人になっている。

 

それに対してゴジラやガンダム関係の絵はそのまま。

 

 

重版が遅れた理由など知る由もないが、この辺りの交渉が長引いたせいかもしれない。

 

確かに前の絵の方が親しみはわくのだが、鳥山の魅力はその程度の改変で損なわれることはない。