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古本屋日誌
2024-08-14 09:01:00
杉本秀太郎の『西窓のあかり』によれば、かつて祇園祭の山には車輪はついておらず、舁き手がずっとかたげて巡行していたとのことだ。
現在は鉾の辻回しが行われる交差点でだけ、かたげて何回か山を回しているが、それ以外は車輪があるから、スムーズに、スピーディーに進んでいく。
杉本はかつて山を担いでいたのは天秤棒で「肥えたご」をせたろうていた百姓であり、現在の「非力な」学生でも車輪のついた山は動かせるが、かたげることなど思いもよらぬことだというのだ。
そうなのか、確かに現在の祇園祭は各大学の体育会系の学生を引き手として雇っているが、かつては町内の人たちがやっていたと思っていた。
ところが山は御神体を乗せたあの重量物を、おうこ(天秤棒の京都弁)で肥たんごをくみにはるばる宇治などの在所から来ていた百姓連中がずっと担いでいたのだ。
つまり趣深い祇園祭の担い手は、杉本が鼻も引っ掛けない在所の百姓連中だということになる。その巡行を見つめる杉本の視線はもちろん、この上ない「雅」を感じていたことは間違いないが、ここにも差別的なものがあることは間違いない。
それはもちろん結構なことだと俺は思う。
壮麗な祇園祭の雅にはこういう「不潔さ」も重要なファクターであったのだ。
彼は雅の条件として「薄暗さ」が保たれていることや、「寒いこと」「清潔と不潔の間」を挙げている。確かにその通りだ。