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古本屋日誌

2024-08-12 21:13:00

随筆家の杉本秀太郎は、中京に長らく住んでいて、そのことにプライドを持っていた。

 

井上章一が工学部の学生時代に杉本の古い屋敷を調査に訪れた際、「あんたはどこの人なんや」と聞いて、井上が宇治だということがわかると「あそこからはな、肥えくみに、ようきてはったわ」と言い放った話を書いている。

 

 

杉本の差別意識がよくわかる話だ。

 

 

でも、俺は差別はいけないとは全然思っていない。

 

 

杉本のような素晴らしいプライドがあるからこそ、祇園祭は存続しているのだし、曲がりなりにも町屋建築や古い建築物が残っているのだ。

 

 

その杉本が1983年に筑摩書房からだした『西窓のあかり』というエッセイ集がある。この中に祇園祭への激しい批判を彼は書いているのだ。

 

 

まず杉本は祭りを担っていた町衆はとうの昔に消滅して、今は株式会社と自営業の様々な人たちが祭り切り盛りしていることを批判する。

 

彼らの審美眼はなっておらず、金持ちから提供された「安直な」胴掛けが山鉾に使われているという。

 

杉本が言うには伝統的な山鉾の胴掛けや装飾は京町家に囲まれた狭い路地と合うように、セレクトされていて、現在の広大な御池通とビル群には全く合わないというのだ。

 

いやもう大変だよね。

 

 

杉本の批判を聞いていたら、祇園祭は中世にでも遡らなければ真っ当でないことになってしまう。

 

 

でもこういうとんでもない批判があるおかげで、京都は土俵際で踏みとどまって破壊を免ていることも確かなのだ。