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古本屋日誌
天下の碩学、大塚ひかりが『ひとりみの日本史』を出した。
この50年にわたって続く少子化はもちろん止まることはない。
しかしその前の日本は子だくさんで、5つ子とかも珍しくなかったような印象がある。
しかし大塚によればそれは明治以降のほんの一時的なもので、元来わが国は独り身の人が多くて、子どもの数も少なかったという。
なんでも16世紀までは、結婚することは金持ちの贅沢品みたいなもので、経済力がなかったり、高貴な身分で縁遠くなったりと独り身の人は実に多かったとのことだ。
確かに16世紀以降は結婚する人が増えたが、それはこれまでの大家族がくずれて、次男や三男が同居せずに独立して世帯を構えるようになったからだそうだが、その分収入も確保しがたいので、たくさんの子どもを持つことは難しかった。
生まれてきても母親や祖母が手を下して、嬰児を殺したりしていたのだ。
徳川時代の江戸や大阪は男性の人口が女性よりかなり多くて、チョンガーがたくさんいたことは前からよく知られている。
なるほどね。
確かにそうなんだろう。蒙を開かれた思いだ。
現代も男性は収入が低い人は結婚できないでいるし、これはいまだに世帯の収入は男が支えるものだという固定観念があるためでもある。
また高収入の女性もあんまり結婚していない。
これは仕事も面白いし、経済的にも余裕があるから結婚に魅力を感じないからだろう。
そして最大の問題が小谷野敦が述べている、モテない男や女が、たくさんいるということだ。
社会的なスキルがない男や女はモテないから当然結婚はできない。
また近代と違い今は女性が自立して、経済的にも十分独り身でやっていけるから、結婚への熱意は下がっている。
結婚するにしても晩婚化しているから、当然生まれてくる子どもの数は少なくなる。
どうしても少子化に歯止めをかけたいのなら、若いうちに強制的に結婚させるように法制化する必要があるし、さらに女性の就職を規制する必要もあるだろう。
しかし、当たり前だが、そんなことは不可能だから、少子化は永久に続くのだ。
アメリカの飼い犬である自民党政府は、子どものある世帯にあれこれ手当を出しているけれど、少子化の原因がモテない男、女問題と女性の自立にあるわけだから、なんの効果もないことはいうまでもない。
岡崎武志が最近出した『昨日も今日も古本』を読んだ。
岡崎は古本屋ライターみたいなところがあって、この本も東京を中心に全国の古本屋をへめぐったルポだ。
ただ岡崎の本は、その古本屋のある街の説明や、途中で食べためしの話に加えて、店主との関わり、店の歴史なんかもたくさん書き込まれてあって、これが魅力だ。
要するにいろんな街に出向いた旅行記みたいな感じで読めるのだ。
普通の労働者は忙しいし、金もないから、行きたいと思ってもなかなか遠出は出来ないし、よしんば暇であっても嫁さんや子どもは古本屋めぐりに寛容であることは少ない。
そのあたりの、心の隙間を埋めてくれる本なのだということだ。
さて、中身だが、予想通り東京の古本屋は恵まれている。
購買層が分厚いから、かなりいい加減なコンセプトでもやっていけて、何より仕入れが楽だ。
驚いたのは店舗を構えている立派な古本屋なのに、仕入れは古本組合がやっている古本市だけという店があることだ。
つまり客からこうたりはせずに、せどりだけで店舗を経営しているというわけなのだ。
確かに東京では毎週のように、古書会館みたいなところで、古本市が開催されているから、自分の店にあう本を見つけることは容易なんだろう。
でもそういう仕入れのやり方は他の古本屋にすぐわかってしまい、「いい気なもんだな」とか「お前のために本を仕入れてきてやってるわけやないで」みたいな叱責を受けそうだ。
実際、例えば毎年みやこメッセで行われている古本市で、「〇〇さん、今日は仕入れに来たんか‼️」と言われているおっさんがいて、どう返すのか聞き耳をたてていたら「……」なにも言わない。
「せやし、仕入れか❓聞いとんねん」と意地悪発言が続いた。
だから、いくらそれで仕入れが出来ても、精神的にきついのではなかろうかと俺は思うのだ。
ところが東京では、そんなことも起こらないということなんだろうか。
気まずい思いをしたり、不快感を双方が持つような人間的な近しい距離感がないくらい東京は広大で、顔を付き合わせることもないのかもしれない。
月刊誌『Hanada』に西村賢太としばらく半同棲だったという女の手記が載っている。
10ページくらいあって、読んで損はない。
なんでも2012年、38の時に西村のトークショーに参加して、電話番号を書いた紙を渡したら、しばらくしてショートメールが来て意気投合したというのだ。
その後2014年からの数年間は月の半分を女のいる岡山で過ごすようになり、つまりこれが半同棲ということなのだ。
西村は岡山でも昼の1時に起きて、しばらく寝床でぐずぐずしてから、朝食をとり、サウナに出向いて、仕事は夜中という生活パターンだったという。
俺が一番知りたかったのは、金持ちになって、なんぼでも余裕があったのに、見本まで作った藤澤清造全集が刊行されなかったことだ。
西村は口癖のように「没後弟子」と称していたわけだからね、全3巻の全集なんかいつでも出せたはずだ。
それをしなかったのは、藤澤の小説がつまらないからではなかろうか。
代表作の『根津権現裏』もゴテゴテして、筋も大したことないし、ギャグもあるのだが、独りよがりでしかない。そのことに賢太もさすがに気がついていたのではないのかと思うのだ。
さて、この恋人の手記の中で、その点については、どうかというと、はっきりした説明はない。
恋人の小林によれば「西村賢太が清造に対してどれだけ操を立てていたかは推して知るべしなのだ」とある。
その証拠として豪華な食事を前にして「清造に見せてやりたいな」と言っていたとか、賢太がちょっとフザけて、「清造先生❗️」とエアーで乾杯しているのも見たことがあるなどと書いてある。
でもね、確かに藤澤清造を崇めていたのはわかるけど、じゃあなんで全集は出さないのか、そこの説明にはなってないな。
大学から提訴された明け渡し請求裁判に勝った吉田寮の本が出た。
『究極の学びの場 京大 吉田寮』というやつだ。
この京都大学の寮は建てられてから110年以上経っているそうで、大学側は寮生を追い出してしまおうと、京都地裁に明け渡しを求める訴訟を起こしていたのだ。
さて、本の中身だが、貧乏な学生に大学生活を保証する場であるとか、濃厚な人間関係を楽しめるとか、アジールみたいなものだとかいう話を、元寮生で、今は大学の先生だという連中が書いている。
全く古臭い、何時代の話なのか、理解に苦しむ。
吉田寮には上回生にも敬語を使ってはいけないとか、多数決で物事は決めず、とことん話し合うとか、新入生はしばらくの間は入る部屋を決めずに集団で生活するとか、宴会では酒を無理に勧めないとかいろんな決め事があったとある。
俺は長らく熊野寮に住んでいたけど、こういった決め事は熊野にはなかったな。
年上に敬語を使わないのは理解できない。要するに、子生意気なガキを認めてやれ、ということで、中身のないバカを「可愛い」と思って多めに見てやれという話なんだろうけれど、俺にはそんな度量はない。
多数決で決めない、話し合うとのことだけど、それでああいう左がかった感じに、寮生全部がなってしまうのはなぜなんだろう。真面目に考えていないか、想像力がないか、そもそも頭が悪いからだろう。
だいたい吉田寮はずっと新寮を建てさせるという方針で大学に要求を出していた。
それがいつの頃からか、今の、築110年になる建物を保存、改築してやっていくように要求し出した。
この転換はどう話し合われたのだろう。
そこが知りたいのだが、この本には全く書いていない。
俺は古い建物をそのまま使うのは、素晴らしいと思っている。
大阪なんか、何でもかんでもすぐ壊して、適当などうでもいいのを建てて、得意になってる連中ばかりで、どうしょうもないからだ。
天王寺公園なんか、明治の内国博覧会の時に手間ひまかけて作った巨大な植物園が、空襲で焼けもせず、巨大な温室含めて残っていたのに、すべて取り壊して今は跡形もない。
今の大阪城ホールのところには元は大阪造幣工廠本館が残っていた。
明治6年に作られた壮麗なレンガ作りの建物で、敗戦前日の1トン爆弾による猛爆にも耐えて残っていたのに、大阪市は反対運動を気にして、5月の連休中に破壊した。
明治6年の建築なんかそうそうあるものではなく、普通に考えたら国宝級だと思うのだが、頭のいかれた大阪市の役人どもにはそうは見えないようだ。
だからね、第三高等学校からの吉田寮の、建物は魅力的だよ。
一世紀をけみして、板張りの廊下は鶯張り顔負けのたおやかな音を奏でる。
雨音が屋根をこだまするのは心地よい。何より年輪を重ねた柱は、えもいわれぬいいアメ色に輝いている。
また、この部屋にノーベル賞の益川先生が学生部長の時に来たんですとか、ここは菊池寛が親友の罪をかぶって放校処分を受けたきっかけの部屋ですとか、ここは後に日銀総裁になる〇〇の部屋でしたとかの話でもいいんだけど、そういうネタもこの本にはない。
寝屋川市駅近くに古本屋「金箔書房」がある。
店の前に文庫本の一冊50円コーナーと単行本の100均棚がある。
店内を入ると右手には文庫の棚、時代小説、現代小説、岩波文庫、中公文庫なんかが置いてある。正面は100円の単行本。
という具合に店全体の本が安い。
時代小説、安い文庫、女性向けの漫画雑誌、エロビデオなどの人気商品をしっかり置いているその一方で、古い芥川賞作家の単行本、初版本、芸能関係の本、歴史書なんかもたくさんある。
さて、店主のブログによれば、店を開いて36年、古本業界に入って51年だとのことで、今年の9月で店はやめて、自宅でAmazonの販売だけにする旨予告されている。
やはりちょっとのんびりしたいということのようだ。
俺はだいぶ前に、御殿山という枚方市駅から一つ京都よりに住んでいたのだが、定期的に金箔書房に来てもらって本を売却していた。
買取の値段は実に安いものだったのだが、俺としては不要な本を処分できてありがたかったし、彼の店に行ってその販売価格をみたら、納得できるものだった。