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古本屋日誌
うちには2匹猫がいて、姉と弟の関係でともに11だ。(人間でいうと65くらいのようだ)
ともに尻尾の付け根あたりを叩いてもらうのが大好きで、わしが帰宅しても迎えに来るわけでもなく、おこたに入って姿を見せない。ところが着替えを済ませて、さておこたでくつろごうとなると、いそいそとお出ましになって、おいどをこっちに向けて催促される。
弟のカイの方は10秒くらい叩いておけば、満足してストーブのねきに移動するのだが、姉のポコはひつこい。
初めは、わしの膝に前足を踏ん張る姿勢なのだが、やがてもっと高い座椅子に移動して前足を突っ張って催促される。
仕方なく叩いて差し上げていると、次は座椅子の向こうにある本棚の2段目の敷板に前足を乗せて、おいどをこっちに向けて催促して来られる。
とにかく無限に叩くように指示が出るわけなのだ。嫁も叩いてやることはあるが、なぜかわしの方をご所望で困ったことだ。
晩御飯を済ませて、コーヒをいただき、さて本の出荷作業をしましょうと、隣の書庫に入って、注文のあった本を腹ばいになって探していると(本は板の間にズラリと並べてあるのだ)、ちんもぽちもやってきて、おいどを突きつけて催促なさる。
仕事の邪魔なのだが、こればっかりはどうしょうもない。
このようにわしにネコ様方は懐いておられるように見えるのだが、寝る時はわしの布団に来られることはなく、もっぱら嫁のところでお休みになっている。
なんでも昼間は(わしのいない時は)わしの布団でゆっくりお休みになっているそうだから、ナゾという他はない。
中学受験の進学塾の日能研関西で、2000年に当時の課長だった酒井がくも膜下出血で過労死した事件。
5つ目のポイントとして、日能研の過剰な労働負荷や過大な勤務時間(このことは後で詳細に見ていく)に酒井本人が不満を抱いていた点だ。
これは過労死事件の直後に、同僚の社会課の職員である阿部から聞いた話だ。
酒井と阿部は京都の烏丸校勤務の日があって、一緒に帰っていたが、というのも2人とも最寄駅が宝塚線の門戸厄神だからなのだ。
途中十三で阪急神戸線に乗り換えるのだが、時に下車して酒を飲むことがあった。
その時の酒井の発言は「仕事の時間が長すぎる。行事なんかも多い。今は受験を目前に控えての時期だからだけど、これが終わったら上に言わないといけない」だったという。
受験など関係なく、すぐに休むなり、労基署に告発するなりするべきだと俺は思うが、いずれにせよ、日能研の労働環境に不満を持っていたことは間違いない。
またこれは酒井の妹の話だが、「兄は日能研関西に入社して1年目は、仕事もやりやすいし、時間も余裕あるし、いい会社を紹介してもらった(東の紹介で入社した)」と喜んでいた。
ところがあれよあれよという間に、タイトなスケジュールとなって、落差が大きかったことがわかる。
酒井の心中を推し量れば、(だれのせいでこんなに忙しくなったんだろう、とほほ)というものだろうから、大きなストレスを感じていたのではないだろうか。
このところずっと不具合が続いていたパソコンとプリンターを買い替えた。
パソコンは10年くらいつこていて、立ち上がるまでにかなり時間がかかる上に、頻繁にフリーズして、画面が真っ黒になり、再びネットに接続しようとして白い画面になるはものの、その後再び真っ黒になってしまう。
またお客さんのアドレスをコピペしてクリックポストのウインドウに貼り付けようとするのだが、コピペが出来ずフリーズしてしまう。
プリンターの方は頻繁に紙詰まりを起こして、紙を噛んだ状態でストップしてしまう。その度に電源を落として紙を引っ張り出して、また電源を入れる作業をしなければならない。
さらに、ようやくクリックポストで、宛先が印刷できて、やれうれしやと郵便局に持ちこんだはいいものの、いざバーコード、QRコードを読み込んでもらおうとすると、これが、読み込めないのだ。
もちろん持ちこんだクリックポストの全てが読み込めないのではなく、そのうちの1〜3通くらいなのだ。
郵便局の職員の方が、親切にもQRコードの部分を拡大コピーしてくれて、よく見てみたら、コードが二重に印刷されて歪んでいるのがわかった。
印刷時に紙送りがスムーズにいかなかったのだろう。
仕方なくダメだったものを持ち帰り、再度印刷する羽目になる。
これではさすがに、仕事にならないので、ジャパネットたかたのホームページから8Gのノートパソコン、キャノンのプリンターのセットを購入したのだ。(下取りと設定付きで15万くらいだった)
パソコンは16日の日曜日に到着したのだが、設定は翌月曜。
それまでに月曜出荷の分をプリントアウトしなければならない。
日曜日の夜遅くに作業したのだが、今回は20通くらいの印刷が少しも不具合なく、快調に出来上がったのだ。
まるで「まだまだ行けまっせ‼️ほかさんといとくなはれ‼️たのんます‼️」とプリンターが強い意志を示しているかのようだったな。
2000年1月に起きた、日能研関西の過労死事件のことだ。
課長だった酒井は部下の掌握、指導といった管理職の業務は不慣れで、性格的にも向いていなかったと思うのだ。
彼はそもそもゲームや碁、面白い本が好きな凝り性なところがあった。
アウトドアはダイビングやスカイダイビングに興味はあったのだが、実際にはやっていなかった。
ゲームについてはファミコンのF1タイムレースでは全国ランクがつくほどだった。
しかし苦手なジャンルに挑戦して腕を上げていこうという意欲はなく、例えば将棋にはまるで関心がなく、ヘボ将棋の俺と対局してもやる気を見せず、いやいややっている感満載だった。
歌舞伎、文楽といった古典芸能も嫌いで、正月に俺がテレビで見ていると「これは嫌だ」と言って帰ろうとするほどだった。
だから新しい、馴染みのないことをやるのは、彼にはストレスフルになってしまうのではないかと思うのだ。
酒井は1999年に同僚の国語の職員の徳永らと一緒にパソコンを購入している。(一緒に店でこうたらたくさん値引きしてもらえるのではと思ったからだ)
こうた当初は「なんか面白そうだ、テレビやらでは放送できないようなことも見れるんじゃないか」とよく期待するようなことを彼は言っていた。
しかし実際は、自宅に設置されたそれはほとんど使用されてはおらず、ワード文章には「日能研上本町校 室長 藤本」とあるだけだった。
そのくせ、会社ではパソコンを使用して図形問題を作画するように課員に伝えていて、いつの間にやらそういう技を習得していた。
機械系には強かったわけだが、その指示を課員に伝達して、しっかり統括してやらせる手練手管は持っていなかったと思うので、その点では大変ストレスがあったのではなかろうか。
直木賞作家の村山由佳が最新刊『PRIZE』を出した。
ベストセラー作家で、何度も直木賞候補にノミネートされたのに、その度に受賞できない天羽カインの話だ。
直木賞選考会の晩は、馴染みの編集者や担当を招いて宴会を催しながら、受賞の知らせを待つのだが、電話でも落選をしるや、居合わせた編集者連中をなじり倒す。
それだけでは腹は癒えず、挙句、選考委員をつかまえて、何故受賞できないのか問いただす挙に出てしまう。
筒井の『大いなる助走」みたいな話でもあり、太宰が井伏鱒二や川端康成にからんだ話も思い合わされる展開だな。
名誉を得たいとの思いは著名人に限らず体臭の間にもあまねく存在する欲求だ。そう思った大和さらに興味深い。