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古本屋日誌
5月に岡崎公園の勧業館で開催の古本まつりのチラシを入手した。
京都で開催される3回の古本まつりの嚆矢なんだが、このところ骨董市みたいな感じがする。
一枚ものや古地図、和本、錦絵なんかがたくさん出ていて、目の保養にはいいのだが、あまりよくわからない。
以前は大阪の古本屋も、一冊堂、高山文庫とか光国家とか、他にも参加していたが、今回はゼロだ。
京都の古本屋19店の他には、奈良の紀文堂と三重のからすうりの2店となっている。
そのへんの事情は全くわからない。
京都の古本屋でも、岡崎公園のすぐ近くにある中井書房は以前は参加していたがこのところは姿を見ない。
俺が思うには、屋内開催なので、ショバ代がかなりかかるだろうし、冷房の使用料金もバカにならないのではなかろうか。
売値が張る骨董品のような本を扱う古本屋向きの設定になっているということではなかろうか。
2000年1月に起きた、中学受験の進学塾、日能研関西の過労死事件のことだ。
算数課のリーダーであった酒井の授業のことを考えている。
彼は自宅で倒れる日まで50日以上休みを取れていなかったことがわかっている。
いくら力がある、若い、授業が好きだといっても、ものには限度がある。
気持ちは頑張って授業しようと思っても、身体がついては来ず、どこかセーブして、疲労を抑えようとするのではなかろうか。
また何度もこれは書いていることだが、体調が優れなかったら、普通は医者にかかるものだ。ところが酒井は医者に診せていないのだから不思議なのだ。
そういえば、彼の感覚には俺にとっても不思議なところがあった。
1987年に酒井は山科のアパートに住んでいたが、夜の10時くらいに、友人の吉村くんの車(ホンダのゼット、ワーゲン風の軽)で訪ねたことがあった。
酒井はJR山科駅近くのアパートの2階に住んでいて、われわれが上がり込んで酒を飲んでいたら、下の方でえらい叫び声がして、金属製のもので何かを叩く音がする。
びっくりして降りてみたら、暗闇の中、変なおっさんがバットで吉村くんの車を叩きまわっている。
このバカは京都の会津小鉄会というヤクザの構成員で、止まっていた彼の車が邪魔で自分の車を出せないことに腹を立てての蛮行だった。
もちろん駆けつけた警官に逮捕されたのだが、警察官が言うには「もしお礼参りとかでヤクザが来たらすぐ連絡してください」。そんなに易々と警察に連絡できるものなのか、時間的な余裕があるのかよくわからない。
この後、公安が彼のところに来るようになって、熊野寮などの反体制運動の情報を仕入れようとしてきた。
その頃は島袋が宝島社から『公安警察スパイ養成所』という面白い本が出て、公安が普通の人に優しくして、ご飯を奢ったりしてスパイに仕立てて、情報をえる話だ。
そもそもこの本を「面白い本を見つけた‼️やり方がなかなかすごい。だんだんスパイ活動から抜けられなくなって、辞めたいと公安の刑事に言っても、逆なバラすと脅されて動きが取れなくなって、続けざるを得ないとか怖いな」とわしに紹介してきたのは酒井なのだ。
そういう実態を知っているのに、なぜ公安と会うのかよくわからないので、酒井に「やめといた方がええんちゃうか、ろくなことにならんで」と言うと、「今度飲むことになってるから、来ないか❓」と言う。そこで酒井と鶴橋で待ち合わせて、公安の男と安い河豚鍋を三人で食べた。
まあ、あれだな、ちゃんと情報が取れると踏んでいるなら少なくとも鶴橋でフグは行かないだろう。
西道頓堀とか、北の新地ということになるだろうから、向こうも遊びみたいなものなんだろう。
酒井の感覚では怖いもの見たさとか、話題作りとか、面白そうだから、みたいなところなのかもしれない。
うちは通販専門になっているので、手違いが起きてしまうことが稀にある。
正月過ぎにお客さんからメールをいただいたのだが「私の注文した本を追跡したら、違うところに配達されてしまってました。調査をお願いします」という内容だ。
少し高めの本は、郵便局のクリックポストで配送をお願いしているのだが、それにはもれなく追跡番号が付されている。
このお客さんはちくま文庫の『現代民話考』シリーズのうちの3冊をご注文になっていて、静岡県にお住まいなのだが、確かに追跡番号をスマホから辿ってみたら福岡県のある場所に配達済みになっている。
どうも、どなたかと間違えて出してしまったようなのだ。
早速クリックポストのマイページにアクセスして、ご指摘いただいた福岡のご住所を調べてみたが、該当するものは見当たらない。
ということは、少し安い本ということになるので、送付済みの本の一覧にアクセスして、送付先をチェックするのだが、これはクリックポストのように容易に客の住所には辿り着けないシステムになっている。
既に発送した本は、確かに一覧になってはいる。
しかし客の住所は、そのウインドからはわからなくなっていて、ひとつひとつ別ウインドを開いていかないといけない。
また発送済みの住所、電話番号などの個人情報はすぐに消去するようになっていて、わずかに郵便番号と名前が確認できるだけなのだ。
それで福岡の該当の郵便番号とお名前を覚えて、一つ一つ確認していく面倒な作業を繰り返すことになった。
15分ぐらいかかってようやく該当の方を探し当てることができた。その方にメールでご連絡差し上げて事情を説明申し上げてことなきをえた。
お客さんにとっては要らない本を送りつけられて、また着払いで返送するのは随分な手間で、申し訳ないことだ。
他にもクリックポストの画面にお客さんの住所をコピーして貼り付ける際に、例えば「浜松市」とあるところなのに、うまくマウスが端まで動かず、「松市」となってしまうことがある。
これに気づかず出してしまったことがあって、「松市」以外のデーターは郵便番号から番地まで全て正確なのに「宛先が見当たりません」のスタンプがおされて返送されてくる。
今の時期はお客さんからの買取依頼が多くて、古本屋は忙しいのだが、ほとんどの業者は零細だから、いろんな作業を同時にこなす能力がない。
客のお宅まで買取に午前中に行くと、マンションの三階だったりして、エレベーターもなく、1人で大量の本を下まで下ろす羽目になって、クタクタになってしまう。
その後車で倉庫に運び込み、値付けをして店に並べたり、ネットにアップするわけだが、それが滞る。
店に本を並べたいのだが、既に本棚はいっぱいだから、本が売れてくれないとどうしょうもない。
もちろん今刺さっている本を引き抜いて、新しい本と入れ替えたらいいのだろうが、その労力を考えるとやる気にならない。
あるいは思い切ってバーゲンをすることも考える、全て半額にするとかなんだが、普段から店にはあまりお客が来ないから、周知するのが難しい。
ネットやSNSを使っても、もしそれでも客が少なかったら、プライドにかかわるような気がして踏み切れない。
ということで、客からたくさん買取があって在庫が積み上がっているにもかかわらず、店内の本は変わり映えしないことになりがちだ。
もうしばらくしたら大規模な古本まつりが各所で開催の運びとなるので、そこに持ち込んだ方が体が楽となってしまう。
中学受験の進学塾、日能研関西で2000年に起きた過労死事件のことだ。
算数課のリーダーだった酒井の授業について考えている。
彼が初めて塾の仕事を始めたのは1985年のことで、当初京阪電車の丹波橋駅近くにあった「桃の木スタディ」という小さな塾だった。
まだ熊野寮に住む学生だった。
寮生の中には既に予備校で教えている学生もいたのだが、酒井は高校生や浪人生相手ではなく、小中学生相手の塾を最初から選んでいた。要するに数学の力にややコンプレックスがあったからで、そういう慎重できっちりした面があったわけだ。
その当時熊野寮は、その年の秋に予定されていた成田空港をめぐる闘争に取り組んでいたが、酒井はそれとともに柏木さんという障害者の介護や聖護院近くのマンションに住んでいた障害のある小学生の学校への送り迎えにも取り組んでいた。
成田空港の闘争については、空港の第三ゲート近くにある三里塚第一公園に武装して集合して、空港に突入する計画だった。
これは学生のある部分は、空港反対運動ではなく、反体制運動と考えて、取り組んでいて、つまりは日本の支配体制を転覆することを考えているわけだ。(反対同盟の人たちはそうは思ってない人も当然いるだろうけどね)
ただ酒井はそうではなく、身体を張って国家の圧力と闘う農民に共感していた、と思う。
柏木さんは車椅子生活なんだが、「自立して生活したい」と考えて、親なんかに頼らず、学生などのボランティアの支えで、京都駅近くのマンションに1人住まいしていた。
小学生の方は足に障害があって、車椅子なんだが、養護学級には入らず、学区の第三錦林小学校の普通学級に入っていたのだが、その送り迎えを学生などが支援していたのだ。
俺なんかはどうしても人手が足りない時にスポットで入るくらいだったが、酒井は真面目かつ真剣に取り組んでいた。
ハンディをかかえながらも、頑張っていきたい人を支えたい気持ちがあったわけだよ。
このへんは日能研関西での授業にも生かされていたはずで、真面目に勉強に取り組みたい姿勢はあるが、要領が悪い子どもや、手を束ねて悩んでいる子どもを目にしたらなんとかしてやりたい気持ちが溢れてきたのだろう。
それにしても、この年の秋、10月20日に酒井も第一公園に集合したのだが、集会とはいうはものの、それは表向きだけで、実際にはトラックを使って鉄パイプや石材、丸太などを運び込んでいて、阻止線を張っている機動隊を蹴散らして空港に向かう段取りになっていた。
集まった全員がそういう、面白けれど危険な取り組みをしなければならないわけではなく、酒井の話では「『どないする❓空港に向かうか❓やめとくんやったら、公園の中におったらええから』と聞かれた」
「迷ったけど、『行くよ』と答えて竹竿をもらった」というのだが、公園から出て交差点の方に進もうとしても、機動隊が打ってくる大量の催涙ガスに目をやられて、涙は止まらないし、咳き込むしで、どうとも堪らなくなって、近所の民家の庭に侵入して動かなくなっていたところに、機動隊員がやってきて逮捕された。
「マルキは『ラッキーやったな』ゆうてたよ」とのことで、逮捕時に殴られたり、蹴られたりはなかった。