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古本屋日誌

2025-03-20 19:26:00

全国的に移動期になり、古本屋にたくさん本が入ってくる。

 

 

しかしほとんどは零細企業なので、買い付けた本をスピーディーに店に並べられなかったり、ネットにもアップできなかったりする。

 

 

客がせっかく店に来てくれてもその求めに応えられる力がない。

 

この形は20世紀のもので、客がひまじんとかリタイヤーした趣味人なんかの場合は問題はない。

 

本に囲まれた空間が近所にあることが幸せだからだ。

 

 

また忙しい人でも、対人スキルが高く、店主と仲良くなれたり、馴れ馴れしく入り込めたりする人なら、まだ整理も値付けも済んでないほんの山に入ることを許されて、安くいい本を手に入れられるだろう。

 

 

しかし今は21世紀で、そういうややこしい近所付き合いのような濃密な人間関係は敬遠され、初めから及び腰になる人が大半だ。

 

今後は間違いなくブックオフのスタイルが古本屋のスタンダードになることは間違いない。

 

 

ターミナル駅のねきに位置し、清潔で大きな空間に本や雑誌だけでなく、さまざまなジャンルの品物が置いてあり、通路も広く、店員とややこしいやり取りをする必要もない。

 

 

またマンパワーで売れない本は220円、110円の安売りコーナーに移動させ代わりに入荷した新しい本を棚に入れることができる。

 

 

ブックオフは日本一の古本屋だけのことはあって、店員の数がすごい。

 

 

大阪なら、心斎橋店は地下から3階まで4フロアーもあって、同時に20人くらい働いてるように見える。

 

時給が1500円だとしてもそれだけで1時間30000になるわけだから、よく儲かっているのだろう。

 

 

それだけ人が動かせたら、新しく本が入った時に、棚から売れない本を引き抜いて220円か110円のシールを貼って安売りコーナーに移動して、代わりに仕入れたばかりの本を差し込むことがスムーズに出来る。

 

 

ただこの心斎橋店は、やはり地代が高いのか、一直線に220円に直すのではなく、1200円の本は750円とか、980円のは420円とかワンクッション入れる形になっている。

 


2025-03-19 12:13:00

阪急京都線の上新庄駅のそばに古本屋「小町書店」がある。

 

今年で3年目になるそうだ。

 

ついこないだまで開店2周年セールで、1000円で本の詰め放題をやっていた。

 

昨日からは文庫本、新書本5冊800円セールをやっている。今回は岩波、講談社学術、ちくま、ハヤカワ文庫が並んでいて壮観だ。

 

これはいいアイデアで、どんどん本が売れる。

 

 

この時期古本屋には買取依頼が増えるから、在庫は積み上がっていくのだが、店舗のスペースは限られていて、今本棚に挿してある本が売れてスペースができない限り、新しく仕入れた本を並べられない。

 

 

せっかく店まで足を運んでくれたお客さんも「前とおんなじ本が並んでるなあ、これでは値打ちないわ」とがっかりすることになる。

 

 

もちろん店の方で、動かない本は本棚から抜き取って、新しい本を入れたらいいのだが、マンパワーが不足していて、とてもそこまで手が回らない。

 

 

そこでこういう廉価販売をすれば、お客さん手づから、在庫処理をして下さることになって店も儲かる上に、労力も軽減されてみんなが得をすることになる。

 


2025-03-17 13:34:00

2000年の1月に起きた、中学受験の進学塾、日能研関西の過労死事件のことだ。

 

 

算数課の課長だった酒井の授業について考えている。

 

彼は上本町校で算数をメインの先生として担当していたが、中学受験はチームプレーなので、自分の担当の算数だけでなく、国語、理科などその他の教科の授業のことも気にかけて、問題のある先生には指導を行っていた。

 

 

国語については、上本町校が出来た1995年から俺が上のクラスを担当していたが、他にも河合塾と北九州予備校で教えていたので、日能研はメインの仕事とは全く考えていなかった。収入の面で重視する必要がなかったからだ。

 

 

上本町校では毎晩のように宴会が行われたのだが、ある時理科の久保さん(その後退職して、自分で塾を経営している)が「須崎さんのこと、みんなは悪くいうけど、いろいろ生徒のこともちゃんと見ている思うけどな」と話題にしたことがあるのだが、教室長の藤本、酒井、社会の廣橋など何も言わずに黙っている。

 

そういう評価だったわけだ。

 

 

それで1998年の年末の契約時には当時の小松原景久社長から「君については面倒見がよくない、とみんなから出ているので、来年度の授業を減らすことにした」と言われた。

 

「あーそれやったら、もうおたくでは仕事はしません、辞めますわ」と申し出た。

 

社長は「この程度の時間数ではやる意味がないということやね。ちょっと結論は待ってくれ」となって、その後社長から電話があって「時間数は元通りにして増やすから、なんとかそれでやってもらえないか」というので、引き受けることにした。

 

そのことを酒井に話したら「本当のことを言ってもいい❓」と前置きがあって「それはマルス(わしのこと)の学歴があるから、代表が勿体無いと思ったからなんだ」という。

 

なるほどそうかもしれないなとは思った。

 

酒井は管理職としての自負や責任感から上の思惑やらを彼なりに読み取って、自身ありげに語ってくれることがよくあったのだ。

 

例えば日能研関西は1977年の創立だが、20周年を迎えた1997年に、お祝いで社員旅行がオーストラリアに決まったことがあった。

 

ところが参加希望者が少なく、社長はお怒りで、各校に何故参加しないのか❓と問いただす掲示が張り出された。

 

これを見て酒井は「これはね、せっかく代表が会社からたくさん金を出して、日頃の労をねぎらおうと思ってるのに、その真意を汲み取れないとは情けないと言ってるわけだよね」とそれくらいわかってやれよと言いたげな口ぶりだった。

 

つまり酒井は上の思惑や思いを読み取ることに関しては充分自信を持っていた、と思うのだ。

 

 

社長が学歴にこだわりを持っているのが本当なら、酒井なんかとりわけなんの問題もないことになる。俺の件なんかよく知ってるわけだからね。

 

仕事をある程度休んだり、あれこれ不満を述べても、大丈夫だと考えなかったのだろうか。

 

 

 


2025-03-15 11:52:00

昨日から花隈の神戸古書会館で、古本市、ちょっと行ってみた。

 

ここは古書会館そのものが一見の価値がある建築物で、築年数はよくわからないものの、木造二階建て、たたきから一階の板間の間には高い段差が設けてある。

 

本を2階に運び上げるエレベータはなく、ギシギシ鳴る、これまた段差が20センチくらいはあるのに幅が狭く、傾斜がきつい茶色の階段だ。

 

各段には一応滑り止めがついているはものの、降りる時は手すりをつかんでおかないと怖い。

 

 

一階の展示品は紙もの、一枚刷り、地図、古い映画雑誌、などがメインで、尼崎の「図研」や「四ツ目屋」なんかの出品だ。

 

 

この古本市では毎回目録が発行されていて、目玉商品はそこに掲載されている。

 

 

一階では丁度、目録掲載品のうち、買い手がついた本を梱包し、送付伝票を作り、うずたかく積み上げる作業中だった。

 

 

 

2階は文庫本、歴史、郷土史、大型本など親しみやすい本が並べてある。

 

岩波文庫の『近世風俗志』全5巻揃が2500円で出ていたが、このセットは近々重版がかかる旨、Amazonで予告されている。


2025-03-14 01:05:00

2000年に起きた、中学受験の進学塾、日能研関西の過労死事件だ。算数課の課長だった酒井の授業を考えている。

 

 

彼は常々「授業は大半の先生は大したことないし、他と比べても違いなんかない」と言っていた。これは事実ではあるし、酒井は自分の授業には自信を持っていることも間違いないのだが、俺は少し引っかかるところがある。

 

この言葉に彼の自信ではなく、弱さを見てしまう。授業が上手いとかいっても、誇れるようなことではないというニュアンスを感じてしまうのだ。

 

 

彼は1984年に俺と一緒に山科郵便局で配達の仕事をしていたことがある。

 

 

熊野寮にはいろんな会社からスポットでバイトの依頼がその頃は来ていた。郵便局の他にも、警備会社、測量会社、藤井大丸なんかからもあった。

 

寮はたくさんの学生がいるので、緊急に人手が要るとなると、ありがたい飯場なのだ。

 

われわれは朝から出向いて、職員がテキパキと配達順路に従って並べてくれた郵便の束を受け取って、配達する。

 

この郵便局は全逓が強くて、さまざまな交渉がわれわれバイトもいる場で行われていた。

 

冬場は雪が積もって配達もしにくい、しかし管理職の方はなんとか宥めてやって欲しいわけ。双方の思いが衝突して、昼休みの後の勤務時間に、職員が全員集まっているところで組合の幹部が交渉するのだ。

 

 

バイトで来ているのは学生が多かったが、社会人もいて、真田さんという40がらみの人は、見るからにしょぼくれていて、痩せていて、背も低く、顔は細長く、色白でねずみ男みたいな感じの人だった。

 

 

彼の話では、親と一緒に、郵便局の近所のマンションに住んでいるのだが、親と折り合いがつかず、出ていかなくてはならなくなった、仕方なく安いアパートを探しているということだ。

 

しかも同時に郵便局の仕事は「雇用期限が切れた」としてなくなってしまった。

 

 

その後、山科駅近くの六畳一間の安下宿が見つかり、宿替えする運びとなったのだが、酒井はわざわざ親元のマンションまで出向いて、荷物の搬出を手伝っていた。

 

 

俺は宿替えが済んだ後、酒井と新しいアパートを訪ねたのだが、真田さんが言うには「このところ、行きつけのスナックのこれが、俺にほの字なんですわ」とニコニコしている。

 

 

帰りに酒井は「大変やね、ああなってしまうと」。自分もああなってしまいかねない、恐ろしいと言いたいのだ。

 

 

確かに真田の言ってることはバカバカしいわけで、手だれの商売女の手のひらに乗せられているだけなんだが、仕事がなくなり、頼みの親にも見放されても、さほど気にしているようには見えないところがいいよね。

 

 

本人は楽しみを見出してニコニコしてるんだから。

 

 

しかし、酒井はあんまりそれは感じ取れておらず、単に悲惨な境遇でしかなく、自分にも降りかかってくる可能性がある問題と思うわけだ。

 

こういう酒井の弱気、自信のなさは俺にはよくわからない。確かに大学には頭の切れる学生がそれなりにいたが、それは少数であり、大半はわれわれ同様か、それ以下だし別段悲観するほどのことはない。