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古本屋日誌

2018-01-03 10:22:00

昨日はイオンの四條畷に出向いて堺雅人、高畑充希の「鎌倉ものがたり」を見ました。正月2日でしたが大して混んではおらず!例の山崎貴の作品で「三丁目の夕日」をさらにおとぎ話風にした作品でした。死にたくない、懐かしい人に会いたい、未亡人となった嫁だがほかの人に取られたくない、親が仲良く暮らしてほしいなどが取り上げられていて、全て煩悩で、妄執で、わがままで、おせっかいなことばかりですが、オブラートに包んであたかも正しいことであるかのように緩やかに描くというスタイルです。

原作者の西岸良平はビッグコミックに長いこと「三丁目の夕日」を連載してましたが初めの頃の「夢野平四郎の青春」というのが、今とは違っていて、功なり遂げた著名作家が、大した作品でもないのに評価され、編集者や世間がチヤホヤするのが我慢ならない、自分のやりたいことが認められない憂鬱を描いていて秀逸でした。この作品は「三丁目の夕日」とは正反対のベクトルなんですがそれでは金が稼げないというのもあって今の路線にシフトしたんでしょう。水木しげるも「ゲゲゲの鬼太郎」は「女子供用のものですよ」といってました。その上で「ゲゲゲの鬼太郎」の絵は細かくて面白さもありますよね。

でも醜いものを美しく、ロマンチックに描いてほしいというのはすごくあります。恋愛だってだいたいはわがまま放題で、相手にはロマンチックな幻想を持ちがちなものですが、まあそこがいいわけで河井克夫が「日本の実話」で盛んに描いていて女は素晴らしいものだという幻想を満足させてくれます。


2018-01-02 12:18:00

今日は門真郵便局に初出荷をしました。ありがたいことです。昨日は京阪電車の初詣チケットを使い平安神宮に行きました。12月20日に以前はモータープールだったところに大きな土産物屋ができていていたぷう変わった創作グルメがあれこれ。平安神宮は平安遷都1100年で内国博覧会の跡地にできたわけですが、公園でもあるし、普段は車が行き交う大きな道をホコ天にしているのでだだっ広い空間ができてあまり混み合っている感じはない。トロツキスト連盟の創始者だった太田龍が新年に奉仕作業だとして平安神宮の掃除を80年代にはしてました。太田龍は変わった思想家で革共同の創始者であるのだがやがて一番抑圧されたものは誰なのか?ということでプロレタリアート、さらにルンペンプロレタリアートてな感じで辿って行ってやがて、われわれが食料にしている家畜ではないかとなり「家畜制度全廃論序説」を書きました。これはなかなかの稀覯本で、私も一度しか扱ったことがありません。またお目にかかりたいものです。

平安神宮のすぐ横に厨川白村の旧邸があり、今は雑貨屋になっていてわたしも嫁のためにバッグをこうたことがあります。この人は「近代の恋愛観」を書いた先生で関東大震災で死んだのだが恋愛をえらく持ち上げた本だったかとおもいます。こちらの方は角川文庫にもなってますが古書価格はまあ普通です。恋愛を持ち上げる風潮は現在あまりにも当たり前で論じるまでもないのでしょうが、芥川龍之介に「開化の良人」という短編があり、結婚したはものの本当に嫁を愛してるのかどうか、精神的に愛してるのか自信がない男の話ですが、今読めばアホらしいかぎり。

私の友人に今は精神科医になってるのがいますが、「好きとかそういうのはやりたいということで、反射とか本能みたいなもんだろ」真っ当なことをいって同僚の看護婦とかを口説いてました。前に淡路島に遊びに行き夜桜を見に行こうとなり行きしなは30分くらい頑張って歩いたんだが、帰りは夜中の2時くらいになりさすがにくたびれてしまい「車を止めてホテルまで送ってもらおう」という。当然ながらあまり車は通らないし、無視されてしまうのですが、あきらめることもなく今度は赤信号で停まった女の車に近づいて交渉しようとする。もちろん窓もあけてもらえず。まあ疲れたから車に乗りたいのは本能的な心の底からの叫びですね。


2018-01-01 12:41:00

昨日は3時過ぎまで仕事をして京阪電車の初詣チケットがあり、31日と1日の2日間は乗り放題となり1200円なので買いました。早速夜の9時過ぎに香里園にある成田さん不動尊にお詣り。聖母女学院のわきを抜けていくのですが、この香里東町や末広町は戦前から開発された、つまりは京阪電車が西の六麓荘、甲子園を目指した住宅地です。大阪造兵工廠の労働組合(向上会)の委員長であった八木信一の居宅もありました。森田たまが枚方公園の素封家に招かれ襖の引き手にほどこしてある様々な装飾のコレクションを見た感動をエッセイに書いています。襖の引き手ですからね、だいたいあんなもの見ませんよね、そこに金をかけてあれこれこるゆうんですから、かなり変わってるし、変な金の使い方ですな。そんなこんなでイカ焼きや焼きそば、りんご飴、関東煮、岩納豆、などの露店が並ぶ。中門が閉まっているのではと危惧してましたが、成田さんは開いていて唐破風の本殿にお参りをし、太子堂も見て高知の名物だという岩納豆を買いました。この後天満宮にも参ったんですが、10時こまえに着いたのだが、門は閉まっていて前に床机をを出したりして並んでいる人が20人以上いるので、これはすぐに開くのかと思っても並んでる人に聞いてみたら、開くのは12時だとのことで、参拝はやめて帰宅しました。それにしても香里園は高級住宅地もつくり、それなりにステイタスのある人たちも住み、交通は至便で京都にも大阪にも一本ででられ、アミューズメントパークや菊人形もあり、さらに次駅の寝屋川との間にはプロ野球の誘致も見すえた立派な球場も作りとそこまでしてなぜだか全くわからないが失敗してしまった。

同志社香里はもともと偕行社で陸軍の師弟が通う学校で、八木信一もそうだが当時は花形だった軍需産業の影響が入り、戦後はそちらが表向きはタブーのようになってしまったことが足かせにはなったのだろう。今は香里団地になっているが、陸軍造兵工廠を作ってしまったのはかなり痛手になった。しかも枚方もそうなんだが大阪城の本工廠とは違い全く空襲の被害を受けておらずいつでも戦車、砲弾などを生産できる態勢があり、1950年に始まった朝鮮戦争ではあれこれありました。片町線を使い遮蔽することもなくむき出しで戦車などを下関に輸送していたことは有名な話なのだが、これはどこで作ったものなのか?祝園なのか枚方の禁野なのか、それとも香里園なのか。まあ戦争なんだから砲弾や戦車がいるに決まっているんだからどんどん作らないといけない。朝鮮戦争で我が国は朝鮮特需で高度成長の基盤を作ったんだから兵站基地として大阪の果たした役割は絶大で感謝されこそすれ問題視されるいわれはない。だいたい日本は朝鮮戦争もベトナム戦争も湾岸戦争も常に参戦して勝つ側についたからこそ今があるわけで、平和憲法とかいうのはどこの国の話なのかよくわからない。常に戦争したから今の日本があるわけで、平和などという時代はありませんでしたよね。

 


2017-12-31 15:07:00

今日は大晦日ですが、朝早くから仕事です、なぜかオスのカイは今日は出てきませんでした。体重が7キロくらいあるせいか猫じゃらしで遊んでもなかなかからんできません。じっとスフィンクスのようにへばりついていて、その間に8つになるメス猫がどんどんからんでいき、勢いあまってカイの鼻先にまでメス猫が迫るとそれには大いに反応して起き上がって追いかけ回してます。どうかと思う行動ですね。

先日お客さんから万城目学のいろんな本をお譲り頂きました。「マドレーヌ夫人」な「プリンセストヨトミ」も入ってましたが、ゲリラ豪雨の日に犬がメス猫を見初めて結婚するとか、大阪の地下にトヨトミの姫君がかくまわれていて、一朝ことあらば大阪人は仕事も何もかも投げ捨てて駆けつけるとかいう設定は確かに面白いです。大阪人はそもそも豊臣家に特に思い入れなんかないのに、それを逆手にとってこういう嘘八百を作るのは大したものです。

だいたい徳川秀忠が陣を敷いた岡山を勝山に変更したり、星田の家康が泊まった宿には記念碑があるし、本多忠朝らの墓がある一心寺は真田幸村が戦死したとされる安居の天神さんのすぐ前なんだが、明らかに天神さんより高い場所にあって見下ろしているし、だいたい天神さんてそもそもたたりを鎮めるためのおやしろだ。幸村の死んだ場所はわからんけどまあ天神さんにしといたらたたりもなくてええやろゆうことでしょう。まあ悔しいという気持ちはわりとすぐに忘れてしまうことも多くて、むしろ出会い頭の事故とか思っても見ない災難の方が後に残る。

子どもを見ていてもえらい手抜きをして宿題もしない、テストも適当に受ける、テスト中に寝ている、しかしどういう具合がスイッチが入ると高速で作業を終えてしまう。大学の同級生でも語学の授業で、和訳を当てられて適当に答える、間違う、詰まる、沈黙するという感じのがいて、これは大したことないなとなめていたらゼミの原書購読になるとものすごい高速でアレヨアレヨと言う間にレジュメを作成してしまう。面倒などにや乗らないときは適当にやる、それが実力というもんなんでしょうね。

 


2017-12-30 10:59:00

今朝はあまり寒くなく、仕事も昼からなので少し朝寝をしてました。昨日の晩は猫たちが遊んでくれとまとわりついてくるので雑誌「ねこの気持ち」の付録の猫じゃらしで遊びました。うちの猫は以前はバネのような伸縮性のある猫じゃらしが好きで盛んに遊んでくれましたが、ある日突然見向きもしなくなり、もう大人になって遊びには興味がないのかとさびしくなりましたが、どうも杞憂におわったようだ。

先日お客さんから中公文庫をたくさんお譲り頂きました。その中に出たばかりのトリシャスの「トーキョーレコード」がありました。昭和16年2月のつまりは大東亜戦争開始直前の東京にニューヨークタイムズの記者として滞在した記録でなかなか楽しい。横浜、東京の印象を非常にみすぼらしい街であばら家のような木と紙の陋屋ばかりだと記し、日本人も疲れていて生気がないという。八紘一宇は日本が長兄としてアジアを指導するものでナチスの世界征服と類似した野心ではないかと記す。日本の考えは西洋の伝統や民主主義とは相容れない特異な考えだと述べる。

しかしまあアメリカこそが帝国主義の頭目であるわけだし、正義の使者ぶりをされても白けるばかりで、そういう自国の主張する利害を正義だなんだと、それなりのインテリであっても信じてしまうのが怖い。