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古本屋日誌
今日も寒い❗️黒猫は兄弟でタンスの上に重なるように横になっている、弟の方はこのところ睡眠時間も増え、なぜか寝相があられもない、丸くならずにだらんと後ろ足を力なく伸ばし、頭も座布団からずり落ちています。
先日はお客さんから安藤昇の「激動」などをお譲りいただきました。安藤組の疾風怒濤の時代を描いた作品で、血気さかん、パワーをみなぎらせていてことあらばと手ぐすね引いている様が楽しい作品です。特に私のお気に入りは新宿で愚連隊がたむろする地下の喫茶店があり、その情報を安藤が仕入れて朝から行って待ってるわけです。さあお目当の愚連隊が来たとなるともう雰囲気でこいつらだ!てわかる、瞬間出入りが始まるわけです。まさの爽快、喧嘩の醍醐味です。
村上和彦の「昭和極道史」もヤクザ同士の凄惨な玉のやりとりなんだが、なぜか爽快な作品で、前に全巻お客さんからお譲りいただき感動しました。田舎から上阪して寮に入り働いている荒くれどもはパチンコ屋でほんまのヤクザともめて怪我をさせてしまったが、そこは詫びを入れて手打ちとなるが、後日その約束を覆してヤクザが工場に現れてがたがたいうわけです。普通なら泣き寝入りとなってしまうところだが、男の約束をほごにするとは許せんとなって荒くれどもは水杯をかわして親兄弟とも縁を切る覚悟で組を作る。やはりやられたらやり返さないと心は晴れません。そこをごまかすのはバカです。まあこの後の展開は京橋にある向こうの事務所を配達を装って襲撃するんですが、小包の中身はダイナマイトで当然事務所ごと吹き飛び気分爽快となるわけです、このあたりはフィクションの醍醐味です。
寒いですな、今日も直ちにストーブをつけました。
猫は皆そうなのかうちのは自分では顔をすりつけてくるのにこっちが顔を持って行ってすりすりしようとすると身をすくめて逃げます。青木るえかのいろんなエッセイ集を先日お客さんから譲っていただいたんですが、その中で旅行が好きな猫はいないとあったのはまさにその通りで、毎年春に二駅先の動物病院に自転車に乗せて予防注射にいくだけでもケージの中からつんざくような悲鳴が鳴り響きます。先日は一階と二階に一つずつ置いてあるトイレに一階はババだけ、二階はししだけなので、「これはなかなか器用なねこだ!」とビックリして翌日も観察してみたらもう関係なくどっちもしているので、単に気まぐれだとわかりました。
群ようこは母親と一緒に暮らしていて大変そうだが飼い猫にトラ(母猫)コトラ1号、コトラ2号、コトラ3号と名付け、その子猫が毛糸の玉にぐるぐる巻きになったり、ゴキブリホイホイに足を取られたことを書いている。毛糸はまああるとしてもゴキブリホイホイはいらんのではないか、猫が4匹もいてなおかつ、こういう駆除グッズが必要というのはよほど不潔な家なのかとか失礼なことを想像する。うちの猫はゴキブリは見つけると素早く襲いかかり何度も足で踏みつけて打撃を与え、よたよたして動きを止めるとじっと見つめてまた動く気配を見せるや足で攻撃し何回かに分けて、まるで説経節の「山椒大夫」のように息の根を止めてしまいます。そのあとは足が残ることはあるものの全部ペロリと食べてしまう。そんなに美味いのかなあ。
今朝も寒うて直ちに石油ストーブをたきましたそれにしても紀伊国屋書店の梅田本店のレジ係なんですが、バカなやつがいますな。少し大きめの新書をこうたらカバーをつけようとしたんですが、普通サイズのカバーでは無理となって大きめのカバーを取り出してそのままかけて私に渡します。カバーの上の部分が3センチくらいもはみ出てるんです。もちろんその場で剥がして持って帰りました。こういうのは気にならない人も多分かなりいるんでしょうが、私は嫌です。
先日お客さんから白川静の本をあれこれお譲り頂きました。この先生の漢字の語源の解釈は面白いですね。道なんか三叉路で神様に生首を捧げて行路の安全を祈るところから来ているとかほんまかいなとは思います。高島俊男先生が白川静の言説に、形声文字はどう考えるんだと反論してました。確かに漢字の大部分を占める形声文字は一部が意味を表すけれども、もう半分は発音を示していて意味とは無関係なわけです。舊なんか形声文字なんですが臼ゆう漢字が中にありますけど、これは発音を表しているだけで脱穀する時に使う臼とはとは関係ないわけです。白川静は語源を構成要素が意味を持つような解説をしているのがおかしいということです。
その上で語源とか字源とかいかがわしいですよね、そんな昔の一回限りのことを的確にいいあてるなんか無理。桂米朝はかつてうがいは鵜飼からきてるんやゆうてたけどほんまなんか、のどかうーかいーからきてんのんちゃうんかとも思います。もっとも針中野なんかは徳川時代に針の治療をする中野ゆう有名な医者があったからだそうでまあこれなんかは確かなんだろうけど、あんまり面白くもないですな。ただ「地名に個人の名前をつけるなんか考えられへん」ゆうてすごく面白い、ビックリする‼️ゆうていつもネタにしてくる友人がいますが、この人は徳田虎雄で有名な徳之島の出身なので鹿児島では珍しいことなんかもしれない。大阪なら鴻池とか平野とかは金もの名前ですね。
その上で道路は道の方が幅員が狭く路のほうが広いわけですが、こういうのはシナの人たちの変なところでやたらに細かくくべつしたがる。径路という言葉まである。確かに同じ道でも広い箇所もあれば家が張り出してきているためにせばくなってるところもあるのが普通だからそのあたりを考慮して道路とつけたのかな、それとも実情がどうであれ、二字熟語にしたほうが安定しておる感じがするという例の慣例でそうしているだけなのかわからない。まあ多分慣例でシナ人もそうしているだけだろうからあまり細かいことは問題にしないということなんだろう。
今朝はえろう寒うて布団の中でもストーブをつける夢を見てました。昔の人たちは起きる前に布団の中でタバコを吸って頭をスッキリさせていたようですが、やはりそのまま寝てしまう危険があり、よろしくないです。電子タバコなら問題ないですが。
先日お客さんから額賀澪の「潮風エスケープ」などをお譲り頂きました。高校生の主人公が夏休みに南の島に合宿に行くのを快く思っていない母親が娘に噛み付いて、言いつのり「一体誰のおかげで食べさしてもうてるの!」てな具合にヒートアップする。言われた娘はこれは親と子供の立場の差を利用してこちらを屈服さそうというずるいやり方だなんです。
子供の心理はまあそうなんだろうけど凡庸ですね、この程度で物書きで飯が食えるのだからわが国はありがたい。子供はそんな理詰めで考えはしないし、もっと混沌としているのにいろいろ分析して事足れりなんだからあきれます。
才能はある程度を超えていれば、隠れていても現れるんでしょうけど、大して才能なんかなくてもオーデイションを受けまくって有名になりたい❣️願望が強烈にあればなんとかなるものです。わたしの友人ですごく器用な男がいてシューティングのゲームなど非常にうまくカーレースのゲームなどタイムトライアルで全国一桁にはいってましたが、それを活かす気はさらさらなく、普通の会社員をしてます。出世も早くてすでに課長なんですが「口癖は35歳を過ぎたらリストラの対象なんだから、互いに気をつけよう」でこれは別に人を脅迫してるのではなくてだから頑張って仕事しようなんですから、わけがわからない。この人なんかだいたい何をやらしてもソツなくできるわけでなんでお前をリストラするかよなんです。この人なんかはもっと自信をもってギラギラした目で上を目指してやって行きゃあいいのにです。
数年前兵庫県にある六甲中学の国語の入試問題を見る機会があり、小説があの「銀二貫」だったんですが、徳川時代の大阪の話で小学生にわかんのかなあというような大阪弁が出てくるのはいいとして、「冷える」を抜き出して書かせる問題があってどうなんかなあと思いました。問題文では「冷える」ですが、これは印刷の字体で、手書きの時は令の部分を今のように書かないといけないわけで、なんかよくわかってない人の作った問題だなあと思いました。
さぶなってきました。私も古本屋を経営するくらい本に取り憑かれたところがあり、学生の頃から古本屋によく行ってたわけなんですがすごく商品知識の深い店主もおられて、こっちがゆう前にあれこれ教えてくれるのだが、本の世界は深いわけだし、版の違いで内容が違うこともよくあるわけで、向こうがまちごうてることもあるわけです。でもめんどくさいので基本的には訂正してあげません。というのも愛想のいい方はだいたいお客にすごく合わせてくれるひとが多いんです。こっちの話に合わせすぎてまるで反対のことをゆうケースもあるのでなんか気の毒なんです。
以前ある古本屋で雑誌「大阪人」をこうたんですが、1980年ごろのもので米谷修のいい連載はあるのだが他は下らないものばかりでどないしょかまよたんだがまあいいかと購入して自分を勇気づける意味で店主に「この大阪人はなかなか記事も粒ぞろいでいいですよね」と言ってしまったら「そうですよ、なかなかいろんな記事もあって素晴らしいです」
それからしばらくして雑誌を読み、やはり米谷の連載の2ページしかいいところがないことを再確認してまた店を訪れてまだ売れずに残っている「大阪人」を指差して残念で店主に「これて、なんか下らん記事ばかりですなあ」と愚痴をゆうたら店主のゆうには「そりゃあまあこれは広報誌みたいなもんだからね、時代の産物ですよ」という。