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古本屋日誌
今朝は雨で猫は出ようとしましたがかなり激しいのを見て取ってやめてしまいました。
先日もお客さんから新明解国語辞典の初版はないのかとお問い合わせがありましたが、このところ見なくなっています。初版は1972年の発行ですが、白い箱に入っている白い表紙で小口は普通で色は塗っていないもの、赤い表紙で小口もなぜか赤く塗ってあるもの、箱が赤紫のもの、私がこれまで取り扱ったのでその程度はありました。確かに語釈が楽しい辞書で私は「親亀の背中に子亀を乗せて子亀の背中に孫亀のせて」の説明が好きで先行する辞書の説明を丸写ししている辞書の編纂作業に例えられるとかあり、激しい情念が感じ取れました。第4版は確か7刷まで「動物園」の説明が面白くて動物を監禁しているといった説明でした。これがどこからかの抗議で書き改められてしまったわけですが、私はこういう言論弾圧はくだらないし、下品でバカさ加減をさらけ出しているだけだとおもっています。
以前平田弘史の「血だるま剣法」が部落解放同盟からの抗議で回収となりために古書価格がえらく高騰したことがありました。私もすごく欲しくなり百貨店の古本市で奈良の五輪書という古本屋が10万円で出しているのを見て申し込んでしまいましたが抽選で外れて買えませんでした。後に青林工藝舎が呉智英の解説をつけて一部を隠す形で復刻し、読むことが出来ました。まあ確かに部落民にだけ受け継がれた体質があるという記述は問題だろうし、深読みすれば主人公が復讐を果たすのもそういう代々受け継がれた特異体質があったからだと解釈することもできるかなあぐらいで、いうまでもなく作品は差別への怒りに満ちた素晴らしいものでした。その上で差別を煽るからダメだとか差別への怒りがあるからいいとかいうのは完全に思想統制にほかならず、そのようなおかしな検閲権限は独裁国家でもない限りありません。
後に「まんだらけ」で元の「血だるま剣法」を手に入れたんですが店の説明では見開きに少し落丁があるとのことで、ガラスケースから出してもらってみてみたんですが、表紙が1ページ目扱いで次に見開きがあってこれが2、3ページでそのあと作品が始まってこれが5ページだったので確かに一枚欠損があるようでした。タイトルなどを記したページだと思うんですが今だによくわかりません。
今朝は風もなく穏やかで例によって起きるとすぐにストーブとホットカーペットをつけて猫のために水を入れ替えました。
先日お客さんからお譲り頂きました中公文庫の「トーキョーレコード」が面白くて読んでいて1941年5月27日に記録として海軍の報道課長平出英夫が「たとえ最強の海軍であろうとも、特別な戦略的作戦をとって打ち負かす」とアナウンスした。著者はこの新戦略とは人間魚雷のことだろうと思ったと書く。以前からイタリアと日本が1人乗りの魚雷を開発していてその図面もすでにあるという噂が流れていて、著者はドイツの将校にことの真偽を尋ねたこともあるという。その返事はそういう自殺攻撃は日本人ならではだろう、白人は1パーセントも生きて帰る可能性のない攻撃はやらないだった。
そうなのか、特攻は戦争末期になってやけくそで企てられたものだと思っていたがそうではなく、随分前から計画されていたわけだ。しかしその割に実際は大した戦果も上げておらず、こういうことを考えた奴はバカだな。でもまあアメリカとやるとなるとそれくらいの覚悟がいるということであれば、彼我の国力の差を正しく認識していて警鐘を鳴らしたのだと取ることもできるが本当はどうなんだろうか。
あまり古本としての価格はつかないのだが、根強い人気のある第二次世界大戦ブックスには「特攻」と題する一冊があって昭和20年の3月に日本近海に空襲のために接近していた空母フランクリンに続けざまに二機の特攻機が突入して大損害を受けた話が写真とともにのってました。一枚の写真はそのキャプションに特攻機が艦橋に突入して爆発しているとあるのだが、確かにレーダーのところで爆発している様子の写真なのだが爆発の規模は小さく本当に特攻機によるものなんだろうかと疑わしい。これは現在では特攻機ではなく250キロ爆弾が二発炸裂したことがわかっている。特攻ではなかったのだが、戦争が終わって25年も経つのに真相が不明だったとはこれもよくわからない。
今朝はもう寒さにも慣れた感じでそそくさと起きてストーブとホットカーペットをつけて粛々と猫のお世話をしました。
先日お客さんから外山滋比古先生の様々な本をお譲り頂きました。1970年ごろの「読者の世界」をはじめ、例の親族呼称の研究(なぜ旦那は嫁のことをお母さんと呼ぶか)様々なエッセイがありますが、以前から気になっていることがあります。外山先生は戦前の師範学校出身の教師は結核に罹患する人が多くてあたら有能な人材を失うことが多かったと記し、その原因として腹式呼吸をしらなかった、胸式呼吸をして教壇で声を張り上げていたからだという。まあ確かに大きな声を出すには腹式呼吸がよいし、喉を痛めないというのはよくしられた話なんですご、これが結核の予防になるというのは初耳です。そもそも息はしてるわけですから、どういう呼吸方法であれ菌は侵入するわけでやはり体調とか、免疫力が肝腎やとおもうのだがなあ。
また外山先生は学問にはライバルがいないとだめだ、田舎なんかで競争相手がおらず、ために一人勝ちが続くとあたら天賦の才を生かすこともできなくなってしまう。会社の二代目社長も「売家と唐様で書く」のでんで周りにたしなめたり、直言してくれる部下などいないからすぐに無敵となりあげく会社は没落してしまうという。
まあそれはそうなんだが大成しないのは本人に才能がないだけで、ちゃんとしてればライバルなんか関係ないでしょう。会社だって創業者は確かに徒手空拳で築き上げたわけだから有能なんだろうけど、二代目とかはそんな必要もないわけだから、当然能力も劣ります。
それはさておき先生は今年94におなりで、ますますご壮健で土に親しむ生活をいそしんでおられるようで、ありがたいことです。
今朝は仕事が少し遅くからで、メス猫のチョコなんですが布団の中から、出たそうにするので、眠たい目をこすりながら布団を少し持ち上げて出してやると、敷布団の上でなぜかグズグズしているので、また中へ入りたいのか、気まぐれな奴と布団を持ち上げると大きなくっしゃみをなさいました。これは猫が布団の中でくっしゃみをするとよろしくないと気を遣って外にでてしょうとしたのではないかと思ってます。
いまはもう三巻まで出てますが深谷かおるの「夜回り猫」とるいうマンガはなかなか泣かせるよくできた作品で、第1巻は初版はカバーの裏に「夜回り新聞」という特別のマンガやコラムが載っていて何人かのお客さんからはなんとか探してもらえないかと言われてお探ししたことがあります。私はこの中では「わがままポネ」という老夫婦にアレヤコレヤ細かい注文をつける子猫が好きです。
今朝もかなり寒くてうちの8つのメス猫は布団に入ってきて寝るのですが、私がメス猫の寝ているのと反対側に寝返りを打つと、少し布団が持ち上がってすきま風が入ってくるのが嫌なのか必ず布団の外に出て、ニャーニャー鳴きます。つまりは入れてくれなんですがその度に起こされてしまい腹立たしい。もはや猫におつかえしている感じです。
去年吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」とそのマンガがかなり売れました。叔父だということだが帝大生の青二才が人生を論じるとはなんかようわからん作品でした。先日お客さんから「次郎物語」などの下村湖人の作品をお譲り頂きました。波乱万丈で今とは違う不幸がたくさん描かれていてたいへん魅力的な作品です。次郎はかなり鈍い子供で周りがそれを利用して楽しんでいるところがあり、結核で苦しむ母の民のために薬局に薬をもらいに日参するが、そこで春子という年上の女をみそめるが、次郎は春子との対話を楽しんでいるが、春子はその気持ちを知りつつも適当にあしらい、30分くらい経つと遅くなるといって帰らせる。春子の弟で同級生の竜一もその気持ちを知りながら、春子との逢瀬の邪魔をする。という感じでまあ「ガラスの仮面」のようなもので次郎は次から次へと失意を味わされるが、そこから立ち上がろうとする気持ちが心を打ちます。ぜひ映画化してもらいたいものです。