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古本屋日誌
昨日の朝はまたしても相当に寒くてびっくりしました。気温もさることながら風が強くて手がかじかむ。この頃は年のせいでいったん手のひらご冷たくなると温めても血流の戻るのが遅いせいか、全体が赤く染まりジーンとしびれます。「荘子」の内編に病気か何かで身体がどんどん変形していく男の話があって普通なら恐れおののいて医者に通うとか、拝んでもらうとかジタバタするところですが、体が歪むのならそれをそのまま受け入れて楽しみはるわけです。まあたしかに風邪とか骨折、インフルくらいまでなら仕事もしなくていいし、治ることがわかっているから楽しめないこともないですが、そうでないやまいを楽しめと言われても無理です。しかし死ぬのは確実だし、人は心も姿かたちも日々変化していくわけだから、その変化を若い時だけは成長しただの大人になったのとたのしみ、逆にハゲになるとかシワが増えるとかは毛嫌いするのはもちろん理屈には合わない、それはわかってるんですけどね。
先日お客さんから「新潮古典集成」をお譲り頂きました。その中に「説経集」があり森鴎外の「山椒大夫」のもとになった話が収録してあって、例の最後の復讐のシーンがなかなかのものでした。山椒大夫は街道に首だけ出して埋められていて街道を通る人は、横に置いてある竹ののこぎりで山椒大夫の首を一回だけ引いていかないと通してもらえない。まあ竹ですから切れも悪いだろうし、衆人環視の中で辱めを受けるわけですから、屈辱はいかばかり、逆に言えば「十倍返しだ❣️」てな感じで弟の快感はいかばかりでしょうね。鷗外はこの結末をえらいソフトに変えてますが、私は説経節のほうが好きです。大衆相手に坊主が脅かす真っ当に生きないとこんなにひどいことになる、あるいは正義は貫かれるものだと教えるわけですからね。
まあ悪い奴にやられた方が復讐するのは当たり前で、そうでないと心は治らない、国家による法の裁きなどというものは国が刑罰権を独占して持ちたいだけの話で当事者にとっては何の意味もない。そんな当たり前のことが当たり前になってないのは不思議で、その意味では現代は極めて野蛮な時代ですね。
ビッグコミックオリジナルに弘兼憲史の「黄昏流星群」が載ってますが、2月5日号は中年の女が姉を8年前に殺した男をおびき寄せ、ボイスレコーダーで殺しの証拠を集め、もちろんその上で復讐して刺殺する段取りも万全に整えそれを見事やり遂げる話でした。殺しを実行した直後に主人公の弁護士が到着するというストーリーで、普通のテレビドラマとは反対なのが愉快です。しかしシャーロックホームズ様はこのような生ぬるい援助はいたしません。犯人を突き止めた後は許し難いとして処刑まで自ら実行してくださいます、これぞ名探偵の鑑です。