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古本屋日誌
今朝はかなり冷えてすぐに石油ストーブつけました。家の横の細い通路にご近所の飼い猫のくろうが来ているのですが、うちの黒猫はかなり恐れをなして普段は丸い顔がやけに細長くなってやりおとがいです。
昨日の朝日新聞の別冊にフィンランドで実施されているベーシックインカムの実験の話が出ていて興味深い。フィンランドて、あのムーミンの国ですよね、生活保護もあるのだが、国からその支給額を少し下回る額を無条件に支給した場合人間は勤労意欲を失ってしまうのか、それとも将来に不安がなくなったわけだから、より豊かな生活を目指して仕事をするのか試してみようということです。今文春新書から出ている「人工知能と経済の未来」のことは前に書いたんですがこの本では日本でも近い将来AIの進出で我々の仕事は大幅に減りために収入減の陥る可能性があるが、そこで国がベーシックインカムとして月に10万程度を無条件に支給したらよいとなっている。
でもまあ収入がある程度保証されてたら働きたくない人の方が多い思いますけどね。私は病気で40日あまり入院しその後も8ヶ月あまり全く仕事はしませんでしたが、収入は減りはしましたがあてがあったので、働く気には全くなりませんでした。やはりベーシックインカムはAIに仕事を奪われた我々の社会福祉と考えてもらいたい。
だいぶ冷え込んできて起きたらまず石油ストーブをつけて猫が集まってきます。それにもかかわらずオス猫は外に出たがり、出たら出たで近所の黒猫と鉢合わせして威嚇されて身動きがとれなくなってます。
先日お客さんから茂木健一郎の様々な本をお譲り頂きました。その中に「思考の補助線」がはいってました。この本は例の日本文化論のバカバカしさを述べていて、なかなか読ませます。
日本社会は同調圧力が強く、多数派と違うことを言うのは歓迎されないが、西洋(茂木はモーツアルトの時代を例に挙げてますが)は逆に個性化作用が強くて多数派と異なる見解を示すことが歓迎されるとやつです。なんかこれだと日本人と西洋人の間には深い渓谷が刻まれていて相互に別世界の生き物やのようなものです。しかし茂木はそんなことはなく、人間は褒められたら脳内からドーパミンのような快感を催させる物質がみんな出てくると主張するわけだ。その点は全然変わらない、ただ日本人は同じことをゆうたらより褒められるから同調するだけだし、あちゃらのひとは個性をだしたら賞賛されるからそうなるだけだという。従って褒められる方向を変えさえすれば簡単に日本人を個性化させることもできるという。
そうなのか、じやあインド人のようなかなり個性的な習慣を持つ人なんかも褒める方向を調整したら変えられるということかな。こないだの朝日新聞には宗教上のからみで大小便が不浄とされていて自宅にはトイレがないケースがあり、ために歩いて20分もかかる川までわざわさ用渡しにいくと書いてあった、そんなにかかるとなると体にも悪いし、強盗に襲われたりもするだろう。それでもやめないのは特別なメンタリティのなせる技なのか、それともやはり茂木が言うように褒められるからなのか。
それにしてもブルーバックスの「夢の科学」にも夢ゆうのは病気みたいなもんだ、見ている間に脳内から麻薬物質が出て時間感覚や視覚が狂い、つまりは薬中みたいな状態になってるんやとある。夢占いとかはいったい何だったんだろうと思える主張ですが、夢はよく見るし、特に子供の頃なんか毎日のように見ていたわけでその間頭の中はおかしな物質が充満していたのかとおもえば、大麻とかは大して害もないんだろうなあと思える。
昨日は法隆寺、中宮寺、法輪寺、法起寺に参って商売繁昌を祈願しました。萱島からだと1時間足らずでJR法隆寺に着くのでありがたい。これらのお寺は1000年以上問題なく過ごしていて、法隆寺の金堂など壁画が傷むほどの火災を被りながら難なく持ちこたえるわけで、最高の厄除けスポットだと思います。法輪寺の三重塔は幸田文などの尽力で昭和50年に元どおりの姿となりまるで不死鳥のようで、福田和也がゆうように幸田露伴、幸田文と続く無駄遣いの素晴らしさです。露伴はあれだけの売れっ子だったのに死んだ時は借金しかのこらず、ために文はずっと病気の夫と酒屋をして頑張らざるをえず、またそれが彼女の才能を開花させた。この塔の再建にどの程度の金がかかるのか想像もできないが、文はそのエッセイで法隆寺の棟梁西岡の世話になり、山際にすっくり立つ美しさを讃える。また塔の着工の時はうきうきする気分だったのに、落成となるとなぜか浮かれた気持ちにはならない、祭りの後の寂しさなんだろうか?と考え果ては大工たちが仕事がなくなるが、その差配は棟梁の仕事だが大変だろうなとこの後の弟子たちの行く末にまで思いを巡らせる。でもまあ西岡配下の宮大工なんだから腕は一流だしそんな心配バカバカしいのだが、その変な気遣いは面白い。自分の出した金のことは一言も言わない。この潔さが素晴らしい。
今日は金曜日で、明日明後日と郵便局がお休みで出荷できないのでまとめて出します。先日森田たまの随筆集をお客さんからお譲り頂きました。森田は北海道の生まれだが夫が大阪の人でその縁で東京にも大阪にも暮らしたことがあり、あれこれ細やかなエッセーを書いていることは周知の通りです。「秋茄子」を読んでいると大阪人の夏の過ごし方の話があって大阪の人は避暑をしない、夕方になるとどっと心斎橋などに繰り出す、もの凄い人混みなんだがその中でもまれていると何か清々しい感じになるという。どうですかな、人混みの中です清々しいて、よくわかりません。森田はその謎解きとして、心斎橋で見つけた迷子の髪型が子連れ狼の大五郎みたいで、すごく古風なのにおどろかされた、そういう昔が残っているのにハッとさせられて、清々しいといいます。うーん、そうおっしゃられても、 大阪に住んでる人間からしたら少しも驚くことではないので暑いままです。小泉八雲もそうでしたが大阪には古いものが残されてあるんだという意見は正しいのか?新阪急ビルのロビーや地下を埋め尽くすちょっとかわった色の大理石はなかなか壮観でしたが建て替えで消滅、堺東駅の高島屋へ向かう長いエスカレーターの大理石群はまた健在でなかなかこういうものは他にはないのではないか?あるいは千林の摂津河内国境沿いに残る本瓦葺きの邸宅、これは壮麗で重厚で目立ちます。あまり機能していない萱島までの高架複々線、寝屋川から萱島にいたる長大な輪中堤防。さらになぜあんなに完全に残っているのかわからないほどの富田林寺内町。
今日も雨のあとなのになぜかぬくといです。先日お客さんから畑正憲の角川文庫「われら動物みな兄弟」などをお譲り頂きました。畑正憲はムツゴロウですが、このところ子供にも知名度が低下してます。それはこの本のかなりアナクロな内容によるのかもしれない。彼が東大理学部にいたときの夏休み中の合宿の話が載っていて朝も早うから実験、観察がつづき、終わったら直ちにレポートにまとめて教授に見せる、合格やったらいいのだが、あかん場合は夜の11時くらいから実験のやり直しとなり次の朝はまた7時くらいから新たな実験となるので、やり直しの学生は寝る時間もなくなり、睡眠不足で朦朧となり塩酸の瓶を口に流しこもうとして、教授に突き飛ばされるという話なんですが、今でもこうなんでしょうかね?確かにこれぐらいは東大なんだし、日本の将来を担う学生なんだから当然でしょうけど今のお子さんに通用するのかは疑問です。それにしても畑正憲は学研映画に就職して、教材用の優れた映像を作るのだがそれで満足だったのかはよくわからない。死ぬ思いまでして研究したがあんまりそれを生かすことのできない職場とも思える。東大や京大には学部を卒業していきなり助手になる制度があり、優秀な人材が企業に取られるのを防ぐためだそうだが、本当に優秀なのかわからない。坪内祐三は「唾棄すべき制度だ」と激しく週刊文春の連載で罵っていたが、まあ文系の学問は師弟関係がややこしくてお流儀にあううい奴を採用するケースもあるだろう。
今は神戸大学の教授になり先だって中公新書から「本居宣長」を上梓した田中康二は神戸大の院生時代の話で「こないだ教授に呼ばれたんやけど、おれはもう修士の二回なんやけど、お前は院生10人の中で何番目くらいな思う?それで正直に5番目くらいですかね、ゆうたら教授はそうや5番目や、博士課程には3人しかとらへんからそのつもりでおってくれとゆうんや」
まあこれはかなり考えたらひどい話で3人しか博士に上げへんのやったら大学院にあげるときにその旨ゆうとけよとなりますよね。