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古本屋日誌

2017-12-21 14:32:00

今朝も寒い❗️ネコが毎晩布団に入ってきて寝てますが、この8歳のメス猫も寒さ故かこのところご機嫌斜めでビクビクしてます。

先日お客さんから出たばかりの新潮選書「ごまかさない仏教」をお譲り頂きました。宮崎哲弥と佐々木閑の対談で仏教の様々な誤解を解いてくれる面白い本です。シャカはどうも赤痢でなくなったようだが、悟りをひらいてはいるが、やはり肉体の苦しみは耐え難く「座りたい」「横になりたい」「喉が渇いて何か飲みたい」と弱音をもらしています。悟りをひらいているシャカなのにおかしいではないか?という疑問が出てきます。これに関して確かに痛みはあるが苦しみはない、なぜなら苦しみとはその状態から抜け出したいという執着のことで釈迦にはそういう執着はないから苦しみはないんだという解釈があるとのことです。

お二人もそれはそうやけど、なんかしっくりこないなとの感想をもらしています。痛みのない状態を知ってるからね、何とか逃れたいと思うのが当たり前で、釈迦がそれを乗り越えているとするなら痛みを逆に楽しむみたいな感じになっているのかなあ。まあ確かに風邪とかインフルとかあんまり重篤でない骨折とかなら仕事も休めるし、家族に甘えていちごみるくとか卵酒とかウィスキーとかのめていいなあ、子どもの時みたいにすぐに病気が治るなんてくだらない、やはり大人はいい❗️と思うことはあります。ただそれはお得だからであって苦しみとお得を天秤にかけてお得をいいといってるだけですからね。他にも白髪が多くなってやまんばみたいになり、子どもにも「なんで髪の毛染めへんの?」とか言われても白髪は自分では見えないし、まあ歳をとりゃあそうなるのは自然なんだから無理に若作りすることはないとか言ってそのままにしておくことくらいはあります。あるいは豊麗線がどんどん深くなってもまあいいかというのはありますよね、何せ老化なんだから、それを悲しむなら赤ちゃんが成長して若者になるのも悲しまないと理屈にあわないですからね。

でもそういう笑って済ませられるレベルではなくて死に至る病に冒された時に楽しめるとは思えないなあ。