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古本屋日誌
世間ではカーボンニュートラルが、いわれている。
なんでも2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにするというのだ。
古本屋に関してはまったくありえない話だ。
通販で古本屋ができるようになって久しい。
以前は店舗を持たないと商売は出来なかった。
店に来るお客さんは近所の皆さんで、本を売ってくれるし、気が向けばこうてもくれてそれでメシが食えたのだ。
例えば京都大学の前にあった外山書店という古本屋は岩波文庫をたくさん揃えて 、店主は「この文庫だけは別格、これだけでメシが食える」と言っていた。
これはこの店主の経営努力の賜物とかいうわけではない。
京大の学生がいらなくなった本を売りに来てくれるし、また新入生がこうてくれだけのことなのだ。
左翼がそれなりの力を持っていた時代は共有すべき知識として社会科学や人文科学の特定の本ごあったというだけの話だ。
しかしそんなものは今や誰も信じていない。だから共通の教養を売り物にしていた岩波文庫は売れなくなったのだ。
しかし、こういう時代なら本は近くの人から近くの人に受け継がれて、確かに省エネ、省資源だった。
しかし現在では本の仕入れは近所の皆さんからではない。
全国いろんなところから宅急便で送ってくださったものだ。
そうして仕入れた本をまた全国に向けて販売する。
だから運搬に使う費用や資源は大変なものだ。
ほとんどトラック輸送だし、ガソリンを使うし、たくさんの人の手を煩わしている。
山里絹子が集英社新書から「米留組とアメリカ」を出した。
米留組とは戦後沖縄からアメリカの資金でアメリカ本土の大学で学んだ人たちのことだ。
これまでも「ひめゆり忠臣蔵」などで取り上げられることはあった。
沖縄の世論は反基地なんだが、反面アメリカ留学組はエリートとして扱われていて、そこに何かダブルスタンダードみたいなものがあるのではないかととも言われていた。
今回ようやく体験者のインタビューに基づくしっかりした本が出た。
地上戦を強いられてたくさんの住民に戦死者が出たわけだから、アメリカへの怒りもあるだろう。
本人は勉強に励みたいと思ってはいても、周りが「あそこの息子さんな、ヤンキーの金で留学しはるんやて、恥知らずなお人さんですよなあ」などという口さがない中傷をあびるのも心配だったろう。
そのあたりを知りたかったのだ。
本書を読むとその真実が明らかにされている。
一言で言うと、「余裕も何もなかった。嬉しかった」となる。
センスの良い研究者は貴重だ。
ネット社会の恩恵は古本屋にも大きい。
なにせ店舗など持つ必要がなくなったからな。
ネットのプラットフォームは楽天はかなり高いがAmazonは5000円くらいだし、このホームページは1000円だ。(ただ現状全然売れてない。これは問題だとおもう)
店舗を構えたら家賃、光熱水費、人件費、什器代など諸々の金が毎月発生してしまう。メリットはあるのかというと実は何一つない。
店に来た客がいていい本を売ってくれるというのは幻想で、実態は売り物にならないものばかりを持ってくるのだ。
ということで、ホームページを充実させて、注目度を上げ、注文につながるのが正しい経営だろう。
次のようなコンテンツをホームページに取り入れたい。
❶在庫の背表紙が毎日見れる
❷ネット内に仮想空間の店舗があって客が自由に歩き回れる
❸いろんな本の朗読を聞ける
❹本にまつわる謎解きに参加できる
どれもこれも簡単に出来そうだよなあ。
それなりに値がはる本はゆうメールではなく、クリックポストやレターパック、そしてゆうパックで送っている。
郵便物が今どこにあるかを検索できるシステムは便利なのかもしれないが、私は無駄だと思っている。
日本の郵便システムは完璧であり、未着などということはない。
それに通販は対面販売でないのだから、ある一時期品物が手元にないのは当たり前だ。
それが不安だという人は通販サイトのなんたるかをぜんぜん理解できてない。
しかしコロナ騒動で全ての通販が潤い、つまりは客層が飛躍的に増加しているのだ。
中には生まれて初めて通信販売を利用するひとだっていくらでもいる。
となれば、通販の常識は通用しないからそういう不安いっぱいの人にも安心してもらえるサービスを提供する必要もあるだろう。
(でも検索サービスは資源の無駄だし、結局値段が高くなるから客に負担を強いるだけだ)
クリックポストは郵便物に貼るお客さんの住所、氏名を自宅でプリントアウトできる。
問題はその住所、氏名を手打ちしなければいけないことだ。
渡辺とか渡邊、斎藤とか齋藤とかややこしい字を探し当てるのが面倒なのだ。
しかし実はある方法を使えば手打ちなどせずに簡単にコピーできるのだ。
私はそれがわかるまで半年もかかったよ。
いつまでも健康な人でいるよね。
若い頃は健啖家で脂っこいものでもいくらでも食べれた、ビールくらいなら「なんぼでも呑める」てな人でも50を超えたあたりからは、食も細くなり、飲んだらすぐに眠たくなるようになるものだ。
また深酒した翌日は頭も痛いし、身体はだるい、やる気も起きないのが通常だ。うつらうつらして家でなすべきこともなさず、1日が過ぎていくのだ。
ところが60の坂を超えてだいぶとうもたっているにもかかわらず、食欲も旺盛だし、酒量もビールから始めて焼酎に清酒と10杯は飲んでしまう人がいる。
酒だけにとどまらない、タバコも嗜み続ける。
そんな人でも、前の晩深酒で次の日は起き上がられず、起きても胃の辺りは重たく、食欲もない、酒など飲みたくもないという日はあるようだ。
しかしまたビールから飲み始めて、唐揚げやら、ポテトサラダ、枝豆、じゃこおろしなどをつまんでいくうちに、腹具合もよくなる。
そうするともう全面復活で、「ビールくらいやったらなんぼでもいけるで❗️」てな感じになっていく。
2軒目にはショットバーでウイスキーをきこしめして5時間以上飲んでいる。