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古本屋日誌
今日から谷町の大阪古書会館で古本市。早速行ってみた。
矢野、杉本、シルヴァン、アジア、汎、象々、横丁、郁、寸心、真木など。
横丁はいつも大量の和本を出しているが今回はなし。
開店と同時に人だかりができるのはいつもそうなんだが矢野書房だ。
ここは文学書が専門で、様々な初版本やコンディションのよい小説がならんでいるようだ。
私は本は読めればいいと思っているので、文庫本でもハードカバーでも安けりゃいいと思うのだが、そんなことはない❗️というお客様は実に多い。
矢野は本棚に普通に小説本を刺しているほかに、テーブルに木箱を並べてそこに表紙が見える形で本を何冊も並べている。
だから指で一冊一冊、本の表紙をくっていかないとどんな本かわからないようにしているのだ。
これはつまり本のチェックができる人数が絞られてしまうということだ。
小説の愛好家はだから気が気でない、少しでもはやく行っていいポジションを確保したいのだ。
でも、幾ら一番に箱に取り付けても、そもそもどんな本が仕込まれているのかわからないわけだから、空振りもあるだろう。
遅れて行った隣の爺さんが自分の欲しい本を掘り当てるケースだっていくらもありそうだ。
でも不思議なことに血相変えて喧嘩している人はいないのだ。
やはりそこにあるのは諦めだろう。いい本に巡り会えなかったのは俺の定めなんだ、3年前の古本市では、すごくいい思いもした、幸運は順繰りなんだということだ。
でも合理的に考えたら、古本市の朝イチに並んで好運に恵まれるのを待つのは効率が悪い。
あっさり古本屋になってしまえばいいのにな。そしたら後は金を積むだけで欲しい本が手に入る可能性が大いに高まる。これは間違いない。
それはそうと、同じ展示方法は郁書店もやっている。ここは紙もので昔の小冊子を一冊一冊袋に入れて矢野のように箱に表紙が見える形で入れている。中身は袋を開けて確認できる。ただあまり人だかりはできていない。
いつも思うことなんだが、いろんな本をこうた後コーヒを楽しみながら獲物を楽しむ場所がないのが残念だ。
古書会館は2階も3階もあるし、一階のエントランスの横はトラックを横付けできるスペースもあるわけだから、臨時に喫茶スペースを設けてもらいたいものだ。
このところ昼間は20℃をはるかに超えて、家の二階も瓦屋根からの熱が抜けずかなり、暑い。
寝床に入ると耳元で蚊のぶんぶん飛ぶ不快な音が聞こえて来るのだ。
4月なのにお盛んなことだよなあ。
アースのノーマットは去年使い切っている。まさかこんなに早くがが襲来してくるとは思いもしなかってから補充もしてない。
致し方なく布団をかぶってやり過ごそうとしたが、頭までかぶるとさすがに暑い、違和感しかない。
すこしくらいなら布団を上げて隙間を作っても大丈夫だろう。
ところが蚊はしゅうねくも布団の中にまで侵入してきて時折断続的な羽音を耳元で立てる。
こんなに狭い空間に侵入するとは愚かしい、適当に身体をよじりすじりしたら踏み潰せるのではないかと寝返りを頻繁に打ち、なんとかしようと働く。
しかしもちろん徒労に終わりいつまでもうるさい羽音がおさまらない。
万策尽きて掛け布団として使っている薄手の毛布を持って一階に移動して板の間で寝ようとしたが、敷布団もないし、板は固い上に冷たくなかなか寝れない。
翌日は朝8時半から屋根の補修工事をしてもらう。
漆喰の塗り直しのほかズレた瓦をビス止めして位置を戻す、破損した瓦の取り替えといった作業で、23万かかった。
堺筋本町の船場センタービル3号館の一階に槙尾古書店がある。
もともと破産した天牛堺書店があったところだ。
天牛堺書店の目玉は均一販売だった。時によって100均、200均と値段は変わったが、この古本屋は4日に一度古本の全商品を総替えするシステムで長年やっていた。
破産後にできた槙尾古書店も均一販売を続けている。
しかし大きな違いは販売している本の種類だ。
天牛堺書店は岩波文庫や講談社学術文庫、ちくま文庫のプレミアの付いている本もほとんど気にせず均一台に投入していた。人気の高いちくま学芸文庫でさえ380円均一でたくさん売っていた。
せどりで稼ごうという人たちもたくさん来て、スマホや携帯でAmazonの値段を公然と調べている姿が見られた。
というか、そんな生やさしいものではなく、京都の古書組合に入っている古本屋が集団でせどりに来ていた。
彼らは軽トラックではるばる遠征して来ていて、天牛堺書店のブランチを回り、満杯にして帰っていった。
普通なら店主としては腹立たしいところではないだろうか❓
「隠れてやるならまだしも、目の前でやるなよ❗️」とか
「俺はお前らのためにいい本を集めてるわけやないで❗️」
みたいに思わなかったのだろうか。
これが天牛堺書店の最大の謎だ。
槙尾古書店では岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫、講談社文芸文庫などは均一台と分けてコーナーを設けて相場で売っている。
これは至極当たり前の話だよな。
天神橋筋商店街に「駄楽屋」という古本屋がある。
大阪らしい古本屋なのだ。
専門分野があるのではなく、文庫から文学書、哲学書、マンガ、実用書、図録となんでも置いてある。
ある時ここに、本を売りに来た客がいた。
折しも、レジの近くにいた私がジロジロ見てみたら西村京太郎や赤川次郎、山村美紗などの文庫本が50冊くらいある。
「すんませんけど、店主が出ててちょっと査定できませんねん。しばらくあずからしてもらわしめへんやろか❓」
客は額に汗している中年の男なんだが
「あーそうなんや、これこうてもうて、その金で和歌山の実家に帰ろおもてましたんや、恥ずかしい話ですねやが、弱ってましてな」
よく分からん事情だが、いずれにしても西村京太郎や赤川次郎の文庫本では、俺は一冊5円しかつけないけどね。
とても和歌山まで行き着ける電車賃にはなりそうもない。
「そうなんや、ほんなら今回は5000円出しましょう。困ってはるみたいやし」
えーあの本が5000円❗️❗️そらごっついわ❗️
「いやいや、店主がおりはらへんのに、悪いわ、ぐつわるい」
「困った時は素直になんなはれ」
「マスターおらへんのに、なんぼなんでも悪いわ」
といつまででもやっている。
世間には優しい人がいるもんだよなあ。驚くばかりだ。
今年は1972年の連合赤軍のあさま山荘事件から半世紀となった。
人質をとって山荘に立て籠もり解決までに10日を要した、その間赤軍からは何らの要求もなかった、不思議な事件だよなあ。
当時警察の指揮を取った佐々淳行の『連合赤軍」あさま山荘」事件』は今読んでも面白い本だ。
中でも興味を惹かれるのは自分が人質になりたいと名乗り出てくる人間がたくさんいたことだ。
事件8日目の2月27日に
「また一人、身代わり志願者が来訪したとの報告、もう十九人目である。一人はすでに撃たれて重態となっている。今度のもフツウじやない。
思い込みが烈しいというのか、ものの怪に取り憑かれているというのか、家を出るとき裁断器で切断したという小指を差し出して『この決意を汲んでほしい』と牟田泰子さんの身代わりになることを申し出て来たという。
丁重にお断りしてお引き取り頂く」とある。
確かにフツウではないけど、非常事態を自分の力で打開したいという崇高な使命感も感じられるよなあ。