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古本屋日誌
今日は新装なった南座に出向いて都をどりを見た。
歌舞練場が耐震工事中のため南座で開催となっている。コロナ騒動で2年間実施されなかったから久しぶりだ。
今回の目玉は歌舞伎仕立ての那須与一だ。
例の扇の的を義經の前で見事に射抜くシーン。
舞台右袖に控える平家の軍船の舳先の長い棒の先に取り付けられた金地に赤い日の丸の扇は3メートルくらいはありそうだ。
そこめがけて与一は矢を射るのだが、本当に発射するのか、何か上手い仕掛けで当たったように見せかけるのか❓
与一は大きな弓に矢を番えて、確かに射た。射たように見えた。
しかしよく見ると弓は発射されず、彼は弓を舞台に置いた。
その間舞台ではスポットライトが扇に当たり、ファンファーレのような煽情的なミュージックがしばらく流れていた。
結局いかなる仕掛けか、扇が高い棒の先からハラリと外れるや、見事赤い日輪の真ん中に矢が突き立っているのが見えた。
今月の「文学界」は新人賞の発表だ。
何でも2700編からの応募があって、その頂点に立つのが年森瑛の「N/A」だ。
作者は27の公務員で法政大学の出とある。
作品は高校生の女が生理で出血するのが気持ち悪く、痩せることで生理を止めている。
本人は痩せたいわけでもなく、ただ生理の出血がわずらわしいだけなんだが、母親を始め周りはそんなことはまるで理解しない。
この自分の生理感覚に徹する描写がなかなか面白かった。
日本一の古本屋は間違いなくブックオフだ。
三ノ宮センター街店では店内にある画像を流している。
それは芸人が掛け合いでブックオフの魅力や攻略法を語るものなのだ。
この中で注目すべきは次のフレーズだ。
「ブックオフにはええ本が集まってますなぁ。でもええ本はすぐ売れてしまいます。そこで、棚の下の収納スペースを見逃す手はないで❗️
ここをパッカーンと開けて探してみなはれ❗️でも急にパッカーンと開けたらみんなびっくりしてしまいます。
店員さんに断ってからね」
ブックオフグループの自信を感じないだろうか❓
以前寺田心がやっていたブックオフ内の映像では
「ブックオフなのに、本あるじゃん❗️❗️」だった。
どうせ大した本なんか置いてないと皆さんみんながお思いのブックオフですよねと言っていた。
それが今回の画像はいい本があるのは当たり前!棚になかったとしてもストックの引出しにはあるやもしれない、それを見ていいというわけだ。
でも私が見る限り下のストック棚を開けてるお客さんはいなかったなあ。
これはいちいち店員を呼び止めるのが面倒だとか、どうせ探してもないだろうとか、他の客からジロジロ見られるのが恥ずかしいとか、つまりは一種の同調圧力のなす技ではなかろうか。
このところ右奥歯の歯茎がはれて痛む。
こういう時はネットで症状を調べるわけで、歯槽膿漏ではないかとか、歯肉炎だとかあれこれ書いてある。
結局京阪の萱島駅前にある「よしなか歯科医院」に出向いて、レントゲンなどで診断が下り
「奥歯の根の治療が不十分でそこに膿がたまってます、膿は外に出られなないので歯茎が腫れてます。被せを外して根の治療をしましょう」となった。
この後、例の嫌〜なドリルで被せを外したんだが、この被せは15年くらい前にやってもらったものでもう一つ奥の歯とも、繋がっているタイプのものだった。
それでその奥の歯の被せも外したのだが、後に残った角張った、固い物体が舌に当たってかなり痛い。
土曜日に高槻の客の家に行ってあれこれ話すうちに、どうにもチクタクするのが気になる。
トイレに立つフリをして洗面所でコンビニでもうたウエットティシュを小さくして奥歯に巻き付けて、歯が直接舌に当たらないようにした。
これで痛みは無くなったが、口の中に小さなタオルを入れてるわけだから、もぐもぐしてキミが悪い。
松本修がインターナショナル新書から「言葉の周圏分布考」を出した。
松本は例の「探偵ナイトスクープ」のプロデューサーだった人で、「全国アホ・バカ分布考」や「全国マン・チン分布考」など方言に関する面白い本を書いている。
今回は柳田國男の「蝸牛考」を敷衍した本で、様々な単語が京都を中心としたいくつもの同心円を描いて東西に等しく分布していることを主張している。
松本によれば京阪アクセントと東京アクセントもやはり周圏分布しているという。
つまりかつては京都、大阪では東京アクセントが話されていたというのだ。
それはそれとしてこの本の帯は表紙は現在の松本修と百田尚樹の写真が載っている。
百田とは旧知の間柄だけそうで、推薦文も百田が書いている。
ところが裏表紙の方の帯には今から40年近く前のまだ20代だった頃の2人の写真が載っている。
百田はご承知の通りでっぷりとふとり、つるっぱげなんだが、若い頃はまあ当然だろうけど痩身の上に溢れんばかりの黒髪をたたえている。
松本も若い頃はなかなかのイケメンでややふっくらしていたが、今は生活に疲れた男のように頬骨が浮き出て痛々しくガリガリだ。
京都で発生した新しいことばも、時を経て、矢尽き、弓折れてなれの果てが松本、百田の姿なのだ。
俺はそう読んだな。