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古本屋日誌

2025-01-23 14:33:00

中学受験の進学塾の日能研関西では過去2回過労死事件が起こっている。

 

2000年の1月に算数課の課長だった酒井がくも膜下出血で亡くなった。

 

自宅で倒れるまで50日以上休みをとっていなかった。

 

神戸地方裁判所で和解が成立したのだが、なぜこういうことになるのかを考えてみる必要を常々感じていた。

 

 

いうまでもないことだが、当時、社長であった小松原景久氏の労務管理がでたらめであったこと、その責任は重大であることは明白だ。

 

ただ、だからといって全ての社員が追い込まれてというふうにはならないわけだから、いろんな面から考えてみる必要がある。

 

 

まず一つは本人の健康への過信がある。

 

彼は会社で実施される定期的な健康診断で高血圧が指摘されていたが、特段降圧剤を服用するなどした様子はない。

 

俺は、酒井の健康診断の結果を記した用紙を見ながら「これはえらいこっちゃ、どないかせなあかんやん」と本人に言ったことがある。

 

「いや、父親も高血圧やったから、遺伝で、仕方がない。(父親は)特に問題なかったからな」と答えた。

 

今考えるととんでもない話だが、この話を聞いた1999年の夏段階では、そういうもんかいな、まだ歳も若いし(当時酒井は38だった)と思った。

 

 

また酒井は時々『日刊ゲンダイ』を読んでいて、そこに掲載してある、医者に健康状態を相談するコーナーを指差して「これ、月に90時間残業して、2日しか休んでなくて、身体がだるいです、どうしたらいいでしょうか?と聞いてるけど、そんなもん、働きすぎに決まっている。休まないと」と笑っていた。

 

 

また彼は静岡の掛川西高校の出身なんだが、高校時代は自宅から自転車でかなり長い坂道を毎日毎日通っていたし、クラブは水泳部でバタフライが得意だったという話だ。そもそも基礎体力に自信があったと思う。

 

 

それで高血圧で、要治療の判定が健康診断で出ていたのにもかかわらず、自分は大丈夫だろうという過信があったことは間違いないと思う。

 

ただ、もし彼が身体がだるいとか、頭が痛いと訴えて、近所のクリニックを受診したとしても、「それは疲れてからくるものです、ちゃんと休みましょう」とか、「夏風邪ですよ」とか誤診されてしまった可能性も高いと思うのだ。

 

俺は2011年8月末に結核の診断が下り、入院したのだが、その年の2月に手首の腫れがあって整形外科を受診したが、よくわからずで、都島にある大きな医療センターで診てもらうよう紹介状をもらって、MRIやらの検査を受けた。

 

しかし、医者の見立ては「よくわからないな。手首の腫れは切開してみたらわかるけど、今は手術が詰まっているから8月終わりくらいにしましょう」などと言われた。

 

その後も耳鼻科、内科2軒などを受診したが、全て「中耳炎だ」とか「風邪でしょう」と誤診された。そういうバカで無能な医者が町中に溢れているという大きな問題もあるのだ。


2025-01-22 00:26:00

中学受験の進学塾の日能研関西で働いていた先輩の話は何回か書いた。

 

先輩は社会を教える講師で、東京にいる時分から、小学生相手の仕事をしていたベテランだった。

 

2000年にこの塾の算数課の課長だった酒井が、50日以上休みが取れず過労死したことを契機に労働組合を作り、その初代の副委員長に彼はなった。

 

そのため同僚の先生方から労働相談を受けることが多々あったのだが、興味深いのは誰もが抱える不思議なバイアスのことなのだ。

 

バイアスについてはこのところ、いろんな種類があることが知られているのだが、よく陥ってしまうのが、現状維持バイアスだ。

 

とにかく今のままにこだわり続けて、変化を好まない傾向がわれわれの脳にはあるというのだ。人類の長い歴史の中で、これまでのやり方を変えてうまくいったことが少ないところから、脳は現状維持を選びがちだ。

 

仕事においては、目前に危機が迫っていて、周りにもそれがわかっているのに、本人は平気で、今の仕事のやり方を変えようとしないばかりか、変な自信まで抱いている。

 

塾であれば生徒からの評価は大切にしないといけないのはいうまでもない。

 

例えば生徒や親からクレームがたくさん出ていて、上からも注意を受けているにもかかわらず、当の本人は危機感を抱いていないばかりか、よかれと思って耳の痛い話をしてあげている上司や先輩、つまり労働組合の幹部に対して反感をもつのだ。

 

本人の心理はよくわからないが、「俺はきちんと仕事している、それなのに、不当ないちゃもんをつけられている」とでも思っているのだろう。

 

俺がつねづね不思議に思うのは、その自信の出てくる根拠だ。全くよくわからない。

 

予備校業界はかつてゴールデンセブンといわれた、生徒急増期があって、3大予備校は競って全国に校舎を展開した。

 

 

大教室で100人以上1クラスの授業が行われて、先生も不足がちで、力の不足している人もどんどん採用していたと思うのだ。

 

 

予備校業界でも、もちろん生徒からアンケートを取ったりして、講師の評価をしていたのだが、あまりにもひどい人はさておき、かなり問題があったとしても、背に腹は変えられないから(お客さんがたくさん来ていて、授業を提供しないといけない)翌年も仕事を依頼するわけだ。

 

 

教育業界のみならず、どんな仕事でも大なり小なり同じことが起こるだろう。

 

つまりその労働者の力量なんかとは別の使う側の都合が入り込んでくる。

 

上の人間も、その問題のある労働者と話すときに、めんどくさいから、嫌がる話はしないケースも多い。

 

そのため労働者の方ではおかしな自信を持ってしまうのかもしれない。


2025-01-21 00:16:00

関西大学の永井良和が『ジャズとダンス』を出した。

 

戦前の大阪、神戸、京都でのダンスホール(ジャズをかき鳴らしながら男女ペアの社交ダンスができる)の話だ。

 

ジャズの一曲はだいたい3分間で、その間ダンスの相手を務めるダンサーにチケットを渡して踊るシステムだという。

 

道頓堀、千日前には、たくさんのダンスホールがあって、1923年の関東大震災以降は被災した東京、横浜からたくさんの音楽家、文化人が関西に移住してきたこともあって、一挙にジャズ文化が花開いたという。

 

しかし1927年には大阪府内でのダンスホールの営業が禁止されて、ブームは一息つく形になった。永井の本は丹念に沿革を伝えるとともに、ホールやチケットの写真を資料としてたくさん掲載していて魅力的だ。

 

それにしても不思議なのが1927年の禁令だよな。満州事変もまだだいぶ先だし、世界恐慌も始まってない。大正デモクラシーを謳歌して、モボ、モガの時代なのになぜなんだろうか。

 

俺はやはり風俗壊乱の恐れがあるというのが理由だったと思うな。


2025-01-20 10:21:00

現在、さんちかホールでは古本市が開催中なだ。

 

 

ここはJRと阪急、阪神の三ノ宮駅の至近で神戸の繁華街の中心だ。

 

 

そういう目ぬき通りで、古本市を毎年開くことができているのはすごいことだと思う。

 

 

梅田のディアモール、銀座の時計店前で古本市は行われていないからね。

 

すぐ近くにはブックオフセンター街店がある。普通の本の品揃えでブックオフを上回ることは出来ないと思う。

 

 

だから、さんちかホールの品揃えは、かなり古い単行本、古地図、一枚刷、古写真、郷土史、古い雑誌、プレミアの付いている文学書、古文書、図録、美術書、雑版文庫などに特化している。

 

このあたりのジャンルはブックオフはほとんど置いていないから、うまく棲み分けできる感じもする。

 

ただ図録や美術書に関してはかなりかぶってくるし、雑版文庫に関してはブックオフの品揃えの方が明らかに優れているから棲み分けできているとは、俺には思えない。

 

しかしこういうジャンルの品物は、古本というよりは骨董品であって、客層がかなり絞られてくると思う。好事家や読書人で年齢もかなり上だろう。

 

普通の人たち、もちろん学生や大学の教員も含めて、必要とするのは、ブックオフの扱っている本だろう。そのため売り上げが上がってこない場合もあるのではなかろうか。

 

 

こうなった原因は、もちろんブックオフが抜群のコマーシャル戦略で、業界を席巻して、かなりいい本までも取り揃えられるようになってしまった(客はブックオフに行けばいい本が買えるわけだから、望ましい事態だ)ことがまず挙げられる。

 

 

しかしまた、古本屋業界にも原因はある。

 

かなり多くの古本屋は一山当てたいと目論んでいて、どこかにお宝が眠っているだろうから、それを自分が掘り当てたいと思っているのだ。

 

そういう考えを抱いてしまうと、ごく普通に流通していて、手に入りやすい本なんかより、稀覯本、珍しい本の初版だとか帯付きだとかに目がいってしまうようになりがちなのだ。

 

でも、本の値段とその価値は全く別物だ。

 

吉田満の『戦艦大和の最期』は500円くらいで簡単に入手できるけど、これを上回る本は多くはないだろう。

 

『源氏物語』も110円で買える時があるほど安いが、大変面白いし、人間の嫌らしさや美しさが丁寧に描いてあってこれを上回る小説はわが国にはないだろう。

 

大江健三郎の『個人的な体験』だって安いけれど、作品の質は戦慄すべきものだ。


2025-01-19 01:46:00

中学受験の進学塾である、日能研関西の社会の講師だった人で、定年になって今は反体制運動をしながら、乏しい年金生活をしてる先輩がいる。

 

 

日能研関西では60になると講師は一律時間給が2割カットされ、担当の授業時間も2割程度減少し、年収では6割程度になってしまう。

 

 

先輩はこの扱いに反発して、神戸地方裁判所に提訴したが、うまくいかなかったということがあった。(その経緯についてはこれまで何度か書いてきた)

 

 

今は先輩は、寄せ場の労働者や野宿者の支援、反戦運動なんかをしていて、そういう集会に集まるのは高齢の労働者が多いと聞いた。

 

 

俺「学生が来ることないん❓1980年代90年代はあれやったよね、学生の方が集会参加は多かったよね。労働者も来てたけど、集会の演説とか聞かんとラジオで競馬聞いてたり、寝てたりしとったよね。でも労働者階級本体やからゆうて、みな気ぃつことったよね」

 

先輩「学生は、来ることもある。でもロートルの周りの連中は気を遣って『よう来てくれたね、大学では何の専攻なん?』みたいなこと言ってる。」

 

「そうなんか、バカな学生風情に気を遣うなんぞ馬鹿げてるよな、そういう運動もどうなんかね」

 

「学生の方も、自分がはたからチヤホヤされてるのをわかってるから、なんか居心地も悪い様子が見える」

 

「ふーんそうなんや、学生にしたら、就職はしっかりできるし、左がかった方に組みするインセンティブがないよね。」