Welcome

Information

せいゆう丸釣行記

2019-07-06 02:39:00

お休みが続くとこの欄のネタが無くなるのでチョイと苦しいことになります。

 

沖に出ていれば写真載っけて 「ああでした、こうでした」 と書けば終わりですが、沖に出られない時には無理やりネタを引っ張り出して屁理屈こねて文章を書かなければならないので、随分と疲れるのであります。

 

昨日は1日中無駄な作業を強いられて、気力体力ともにヘトヘトになったので何も考える時間が無いままにパソコンの前に座ってる訳でして、何も頭に浮かびませんわい。

 

 

 

ということで今日は何も書かずにやめますが、お天気が定まらないので今日と明日お休みして、月曜日と火曜日に沖行きする予定であります。

 

昨日数隻沖に出たらしいけど、沖からのウネリが押し寄せて来てて、揺さぶられて結構辛かったそうです。


2019-07-05 04:32:00

昨日は久し振りに雨が降らず晴れ間も出てくれたが、今度は暑くてバテてしまいました。

 

屋外で作業をしてたら没頭してしまい水分を補給するのが遅れたみたいで、気がついたらガナガナと体が震えだして動悸が早くなったので 「こりゃいかん!」 てなことで車に乗ってエアコンかけてお茶を飲んだけど、しばらくは具合が悪かったですわ。

 

いわゆる 「熱中症」 だったようで、やり始めたらトコトン没頭し熱中する性格が災いしたと反省しているところであります。

 

 

 

ところで一昨日までの数日間、雨が良く降りましたなあ。

 

えびのでは降り始めから1,000mmを超える降水量があったらしく、近年まれに見る大雨だったことが分かりますが、その割には甚大な被害に至らなかったみたいですが、まあ奇跡と言って差し支えないのではなかろうか。

 

特に電車やバスなどの公共交通機関への直接的な災害が無くて人的被害が無かったことは良かったけど、JR吉都線では線路の下の土砂が流されて線路が宙ぶらりんになってた映像が出てたが、時間はかかるだろうがそのうち復旧するであろう。

 

 

CNTS2019070201534_010527.jpg

 

 

ところで最近ある公共交通機関のことでチョロっと耳にしたのですが、今回のような重大な災害が起こりそうな気象条件の時に運行するか否かを決める基準が意外とあやふやというか、実際に動かす現場と決定権を持つ上層部との間に感覚の乖離があって実に無駄なことが行われたみたいです。

 

特に事故を起こした訳でないので取り上げられることは無いでしょうが、事故というのはこういうことの積み重ねで突然起きるものでありまして、思い起こすと福知山線で悲惨な事故が起きた原因が 「経営姿勢」 にあるとされたけど、現場と経営との間に 「安全」 に対する感覚のズレが引き起こした事故だったのではないかと自分は思っております。

 

現場の皆さんは安全を疎かにしてはならないことを身を持って熟知しているけど、経営側は表向きは 「安全が絶対に第一」 と謳っているけど、実際は経営上の理由で必ずしも 「安全第一」 では無い指示をする場合が往々にしてあるもので、現場のことを一番知っている現場職員の意見に耳を傾ける姿勢を経営側が失ってはならない。

 

でもね、国策で官から民に無理やり変えさせられたような企業は表向き民間の顔をしているけど、中身はまだまだ官の意識が蔓延っているのかもなあ。

 

現場から無駄と言われている事象を一つひとつ検証してみると、信じられないようなずさんな無駄がまかり通ってるのかも知れませんが、我々がそれを知る術が無いのが残念ではありますけど。

 

 

 

 

さあて今日は割と穏やかな日になりそうですが、漁船がまだまだ港の中に居座ってて出て行きそうにないのでお休みにしましたが、来週月曜日と火曜日に一旦お天気が回復しそうなので、一寸法師のように櫂を漕いでロープをかわして橋の下まで移動して、そこを乗り降り場にして沖に行くかもです。

 

ということで、日曜日まではお休みにしますね。


2019-07-04 03:27:00

聞きかじりの情報なので間違っている部分があるかも知れないけど、ザザっとアルツハイマー型の認知症を発症するメカニズムについて書いてみます。

 

 

 

 

認知症はその原因とされているアミロイドβ蛋白という物質が、早い人で40代後半から脳に蓄積され始め、およそ20年近く蓄積され続けると60代後半から70代にかけて発症するらしい。

 

アミロイドβ蛋白という物質はもともと正常に脳にあるタンパク質で、通常は水溶性で血液の中にも溶け出していて人体に必要なタンパク質らしいが、アルツハイマー病になるとアミロイドの長さなどが変化し、水に溶けにくくなって脳に溜まってしまう。

 

そしてアミロイドがとぐろを巻いて塊になって脳神経細胞の働きを阻害するようになり、20年くらいかけて神経細胞が駄目になって脳が縮んでしまう病気らしいのだ。

 

今全世界の研究者が、もともと体の中にあったアミロイドが変異してなぜ頭の中に溜まるようになるのかを解明しようとしてるらしいが、残念ながらまだ明らかにされてないそうな。

 

それならば、とぐろを巻いたアミロイドβ蛋白を頭の中から取り除けば良いみたいな単純な話ではないらしく、いまのところせいぜい (アリセプト=ドネペジル塩酸塩) を処方してアルツハイマー病で失われたアセチルコリンという脳内ホルモンの伝達物質を補充することで記憶機能の維持と改善が期待出来る程度らしく、人によるけど年月が経つと効かなくなり、また症状が進んでしまうそうな。

 

しかしながら、自分のおふくろの場合アリセプトを処方してもらうようになって、物忘れは相変わらずだけど随分と表情が明るくなったし、落ち込むような様子が無くなり、親父に手助けしてもらうことで普通に生活出来るようになったので、息子としてはとてもありがたいお薬だと感謝しております。

 

でも、いつかは坂道を下るように症状が悪化する時が来るのでしょうが、おふくろがまだおふくろのままでいてくれる間に、せめて思い出話したり、思い出深い場所に連れて行ったりしたいものだと思っております。

 

 

 

ところで日本に認知症患者が年代別にどれくらい居るのかを厚労省が把握しておりまして、80~84歳までが年齢比でおよそ25%、85歳以上で55%らしいので、日本は 「人生100年、総認知症社会」 ということになりますわな。

 

研究者によっては、 「人が長生きして認知症になるのは、死への恐怖を和らげてやる神様のせめてのお慈悲」 と表現されてる方もいらっしゃる。

 

つまりは長生きすればほとんどの皆さんが好む好まざるに関わらず認知症になることを意味してまして、若いうちに認知症に対して正確な知識を得ておくことが極めて大事であり、いつか身内や自分自身にその 「時」 が訪れた場合、案外落ち着いて狼狽しなくて済むかも知れないのですねえ。

 

 

 

さてと、ここからは体験談になりますが、自分の親が認知症になったか若しくは疑われる場合、身内がどう思いどう反応するかの問題がありまして、身内が適切に認知症の知識を得てないと往々にして 「どうしてそんな簡単なことを忘れるの? しっかりしなさい!」 と叱責するような態度で患者さんに接することになります。

 

身内の心情としては正常な時のその人の姿を知ってるから驚きと動揺で 「なんと情けない」 みたいな気持ちが先に立ち患者さんを叱責したり責め立てることになりがちなんですが、実はこれが一番やってはいけないことなんです。

 

患者さん本人が次第に失われていく記憶に戸惑いながら 「なんでやろう?自分はなんでこんなことになったのだろう?」 と悩み苦しんでいるところに頭からガミガミ怒られるものがから、精神状態が不安定になり突然気が荒くなったり 「お金を取られた」 などの被害妄想を起こすようになるそうな。

 

理解すべきは認知症とは 「脳が萎縮する病気である」 ということを周りの人間(身内)がしっかり理解してあげることで、不幸にして認知症を患って記憶が無くなっていく時に 「何で忘れるのか!」 と叱責するような行為は、例えて言えば風邪や腹痛などの病気で苦しんで寝てるのに 「何を怠けてるのか!」 と理不尽に怒鳴られるようなものなので、そりゃ患者さんの心が折れたり相手に不信感を抱くのは容易に想像できますわな。

 

 

 

事実、ここ数年認知症になったおふくろの姿を見てて思うことは、病気で日付や数字やつい先程のことを記憶しておくことが苦手になっただけで決して 「人格まで失った訳ではない」 ってことなんですわ。

 

病気になった今でも、親父や子供や孫やひ孫を大切に思う優しい心は自分が知ってるおふくろそのものだし、昔の思い出話しをしたりすると無邪気に喜んでくれて会話が弾むし、そんな時は昔から自分が見て来たあの優しいおふくろの眼差しになるのですなあ。

 

 

 

とにかく認知症の患者さんと接する時に大事なことは 「絶対に否定してはいけない」 ことでありまして、正常なこちら側が 「そうだよね。そうなのね。」 的に寛容に接してあげれば心が落ち着いて安心するみたいだ。

 

 

 

今後おふくろの症状がひどくなってきたら、多分こんな悠長な文章は書けなくなるかも知れませんが、でもね、少なくとも認知症の初期段階では出来るだけ早く専門の医療機関で診察してもらって、認知症と診断されたらお薬をきちんと服用して、周りの人間も認知症のことを良く理解して、あたたかく接してやることが一番重要なポイントだと経験者として断言できますがね。

 

 

 

あれあれ、ウダウダ書いてたら出立の時間になったのでもう書くのやめますが、今日は久し振りに曇りのようなので、今日出来ることをしっかりやりたいと思います。

 

沖に出られるのは来週前半にチョロっとだけかもなあ。

 

それまでに港の中の漁船が出て行けばの話だが。(笑)


2019-07-03 03:27:00

昨日は朝から田野の親宅にかあちゃんと行きまして、家の中の片付けをしてまいりました。

 

二人とも高齢なもので、次第に家の中のお片付けが出来なくなったようで、台所やリビングにいらない物が積まれるように置いてあったのでそれらを捨てるところから始まって、茶だんすを移動するなどして空きスペースを確保したら、結構スッキリになって二人とも大喜びしてくれましたわ。

 

庭の手入れもほとんどしなくなったみたいで、ヤブのような状態になってるから次回はそちらの片付けもしてやらなければならないが、ホント高齢になって何も出来なくなった時の一軒家は手に負えないお荷物になるみたいだ。

 

翻って市営住宅で集合住宅の我が家を見渡すと、かあちゃんと暮らすには十分な居住スペースがあり、風呂釜とか換気扇とかに何か不具合が生じたら市の担当課に 「〇〇が壊れたぞー」 と電話すればよいだけだから、家賃さえ払っていればとにかく楽で仕方ない。

 

ああそうだ、最近玄関の戸の油圧ヒンジから油漏れが発生してきたので、取り替えてもらわんといかんですわ。(笑)

 

 

 

ところで最近の親達の様子を見ていると出来なくなったことが随分多くなったようで、元気だけが取り柄の親父においても足元がふらつくようになって脚立に上れなくなくなったらしく、近頃蛍光灯の交換を頼まれるようになり少しは安心しているけど、ついこの前までは屋根に登って太陽風呂の修理なんぞしていて見ている方が怖かったが、ようやく普通の老人のあるべき姿になってくれたようだ。

 

おふくろの方は老人特有のアルツハイマー型認知症を患っているけど、おかげさまで頭がまだまだスッキリしている親父の助けもあってどうにか自立して生活出来ているので助かっているけど、いつの時点で病状が進行するかが問題なのであります。

 

昨日 「人生が二度あれば」 のことをこの欄で書きましたが、元気で自活出来ている間は良いけど、高齢になっていよいよ何も出来なくなった時の介護をどうすれば良いかを真剣に考えなければならない時期に来たようであります。

 

 

 

さてと認知症についてですが、お若い方においてはさほど考えるテーマでは無いでしょうが、還暦を過ぎて人生の後半戦に突入した自分達の年齢ともなると明日は我が身として捉えるようになってまいります。

 

高齢者ドライバーによる悲惨な交通事故が多発している報道に接すると、自分もいつかは自動車免許証を返納しないといけない時が来るのだろうなあと悲しい思いになることがありますが、ここ10年近くのおふくろの様子を見てて認知機能が低下すると人ってかくもこんなに変わるものかと驚かされ続けてきました。

 

ところが自分に認知症に対する正しい知識を持ち合わせて無かったが故に、この間おふくろに辛い思いをさせてしまった自責の念もあって、 「認知症とはこんなものなんだよ」 ということを広く知ってもらいたくて、敢えてこの欄で書く次第なのであります。

 

 

 

さてと、おふくろがそれまでのおふくろとなんか違ってきたなあと感じ始めたのは10年くらい前でした。

 

始まりは難聴にあったようでして、音が聞こえづらくなって補聴器の電池を何度も入れ替えたりする姿を見て、購入した補聴器店に連れて行ったところからことは始まる。

 

あとで分かったことですが、運が悪いことに購入したその補聴器店が高齢者を食い物にするような悪質な店だったらしく、まともに調整すら出来ず聞こえが悪い状態が改善されなくて、次第におふくろの顔の表情に明るさが無くなり状態が芳しくなくなって、初めておふくろの異変に気が付いたのであります。

 

その当時自分はまだサラリーしていたので、今のようにじっくり親に向き合う時間が無かったのが残念なところでありますが、それでも自分なりに努力して難聴についてネット中心で勉強してみると、認知症と難聴には深い関係があって難聴を放置していると脳に情報が入りにくくなって認知症になりやすいことが理解出来たので、意を決して会社を休んで福岡の補聴器製造メーカーにおふくろを連れて行き、事情を説明した上で 検査・診断・内部機器の交換のプロセスを経て、ようやく本来の聞こえを取り戻すことが出来たのでした。

 

これで問題解決したと思いきや、そのうち何かを探す行動が多く見られるようになり、お金の管理が出来なくなり、あれほど美味しい料理を作って食べさせてくれてたのに料理するのが面倒になり、ついには惣菜ばかり食べるようになってしまった。

 

その頃は親父が運転免許証を返納した時期と重なって、それまでのように好きな所にさっと行けず、二人でどよよーんとした暗い時期を過ごしていたようですが、自分は自分で当時組織を離れ漁師の真似事するなどしてもがいていた時期だったので、あまり親に構ってやれなかったのが悔やまれるところであります。

 

 

 

そうこうしているうちに、せいゆう丸で釣りガイドをするようになって、おかげさまで時間的に少しは親のことを気にかけられる余裕が出てきたのでおふくろの様子をじっくり見てみると、夏になると決まって食欲が無くなり栄養失調状態に陥り点滴を打ってもらって回復するようなことを繰り返しておりました。

 

おふくろの顔から笑いがすっかり消えて、昼と夜とが逆転したり、感動が無くなり、テレビや新聞は見たり読んだりするけど中身が全く頭の中に残っていない様子から 「こりゃ紛れもなく認知症だわい」 と判断して野崎病院で診察してもらったら 「アルツハイマー型の認知症で中程度」 とのことでありました。

 

すぐにお薬 (アリセプト=ドネペジル塩酸塩) を処方してもらって、幸いにも副作用も無いし今現在非常に落ち着いてくれてるからお薬がおふくろに合っているものと思われますが、あくまでも認知症の進行を遅らせるだけの薬でしか無いので、いつかは必ず病状が進むと覚悟しなきゃいけないですわな。

 

 

 

書き始めて2時間30分が経過して少々疲れてきたのでこの続きは明日に書きますが、認知症に罹るメカニズムとか認知症患者とどう向き合うかなどについて聞きかじりの情報や体験を通しての情報になるけど、 「明日は我が身」 の問題なので一人でも多くの方に目を通してもらうと嬉しいですけど。


2019-07-02 03:50:00

ここ数日悪天候で整備や修理などの作業が出来ず、何もすることないので本ばかり読んでおります。

 

自由人は時間がたっぷりあるから特にせかせかすることは無いけど、常に動き回ることが好きな自分でもさすがに雨が続いて何もやる事が無いとボーっとするしかなく、サラリー時代には有り得なかった 「退屈」 という悩みが出てまいります。

 

昨日も土砂降りの雨の中、キャビンのベッドにゴロリとしてタブレットで情報収集したり、以前購入して全部を読めてなかった本を読んだりしてましたが、船体に落ちる雨の音が子守唄のように聞こえるのか、いつの間にかうつらうつら居眠りしておりましたわ。(笑)

 

 

 

結局お昼を過ぎても雨がやみそうになかったので諦めて帰宅しましたが、本を読みながらチョイと気になった歌詞を思い出したのでご紹介を。

 

 

i-img800x720-1542098619cz28ww2192625.jpg

 

 

このLPの中に収められてたかは忘れましたが、井上陽水の代表曲の一つである 「人生が二度あれば」 の歌詞に注目してみた。

 

 

 

父は今年2月で六十五 顔のシワはふえていくばかり 仕事に追われ このごろやっと ゆとりができた

 

 父の湯呑み茶碗は欠けている それにお茶を入れて飲んでいる

 

 湯呑みに写る 自分の顔をじっと見ている

 

 人生が二度あれば この人生が二度あれば

 

 

 

およそ50年近く前の曲なんですが、その当時の65歳ってそろそろお迎えが来てもおかしくないくらいの老人だったということなんですなあ。

 

自分もあと4年でその年になるけど、そんな風になるのかと思うと全然そうでは無さそうだし、大病さえしなければ少なくとも80歳まではお仕事が出来そうな気がしてる。

 

 

そうそう、サザエさんの父親の波平さんにいたっては、明治28年生まれの54歳の設定らしい。

 

 

e0158128_2029916.jpg

 

 

 

そう考えますと、それだけ日本人の寿命が延びたということでありまして、寿命が短かった頃は定年を迎える頃にはボチボチあの世からお迎えが来る感じだったのが、食料事情が良くなり医療が発達した結果寿命が10年以上伸びて、もう一回人生が増えちゃったことになるのですなあ。

 

問題は、社会保障制度や定年制度や働き方の仕組みなどが寿命の伸びに追いついて来られなかったこともあるが、それ以上にその伸びた10年という時の長さを、自分たちが実感としてイメージ出来なかったところにあるような気がしている。

 

陽水のように 「人生が二度あれば」 と切に望まなくても、今や誰にでも人生が二度ある訳だから、二度目の人生をどう生きるかという問題を早めに考えて対処しておかないと、 「退屈」 という大きくてとても深刻な壁にぶち当たることになりそうだ。

 

 

 

20代・30代のお若い方は頭が柔軟だし、高齢者になるまでは時間がたっぷりあるのでじっくり考えれば良いけど、40代・50代ともなると昔日本社会の当然の仕組みであった 「終身雇用」 の4文字が脳裏のどこかにインプットされてて、 「真面目にお使えしていれば、そのうち」 的な組織依存の思いが、個人として自立しようとする思考を阻む要因になってるように思える。

 

自分の場合、生まれつき 「変わり者」 だったので 「終身雇用」 に執着することなく、ある挫折をきっかけに全てを捨てて組織を飛び出すことになりましたが、今現在いろいろ苦労は絶えないけど、結果としては良かったような気がしております。

 

 

 

経験者は語るではないが、組織を離れて縛りから開放されて嬉しいばっかりの時間はせいぜい2週間程度で、次第に愚痴ばっかり言ってたサラリー生活がひどく懐かしく思えるようになり、特にすることないし人から何かを頼まれるごとも無いから退屈を極めちゃうんだなあ。

 

それは経済的に問題が無い恵まれたお方のお話しで、年金だけでは苦しい、若しくはやっていけないお方なら退屈なうえに生活苦が加わるから、そのストレスは半端ないでしょうよ。

 

だから現役の頃からいつも 「将来何か出来ないか?」 を考えておかないと、 「人生は一度だけで十分じゃわい!」 てなことになりますわよ。

 

 

 

さあて、今日もかなりの雨が降りそうなので、内海には行かずに田野の親宅の片付けなどあれこれする予定であります。

 

明日のこの欄ではアルツハイマー型認知症について、経験を交えて書いてみる予定です。


1 2 3 4 5 6 7