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古本屋日誌
昨日はやはり雨が降り続き、びっくりしました。京阪電車は動いていましたが、JRのいろんな路線や阪急の神戸線は運転見合せとなり、百貨店が早仕舞いしたり、船場のセンタービルでも臨時休業するお店がありました。
柏木ハルコの「健康で文化的な最低限度の生活」などを入手しました。柏木はなかなか絵の上手い漫画家で顔の描きわけだけでも大したもので、この作品も生活保護受給者の悩みや世間の偏見、また役所の生活課の職員が奮闘する様子をしっかり描いたもので素晴らしい。しかし柏木には「花園メリーゴーランド」というなかなか面白い作品があって、東北の寒村を舞台にしてそこに迷い込んだ東京の中学生の物語なんだが、その部落では現在に至るまで夜這いの習慣が残っているし、男も若者宿のようなところに集められて中年のおばさんから夜の作法を教わるし、また女も自由恋愛で処女をなくすのではなく、女あしらいに長けた中年の男といたすことになっていた。こう書くとあまりにも現代とかけ離れたおとぎ話みたいだが、実は部落の住民はごく普通の人たちで、中二の女はブルーハーツが好きだし、コンサートに行きたいと思っているし、同い年くらいの男とデートもしたいし、手もつなぎたいと思っていて、ところが部落に伝えられている慣習も大切にしたいしとそのあわいさで悩む様子がよく伝わってくる。そう考えるとちょっと変な連中で、現代のわれわれの価値観からは想像を絶するようなスタイルで生活を送っている人たち、まあ現代で言えばインドとかの人たちとも実は大して違いはないということになる。
柏木は他にも締め切りが来ても原稿が上がらず編集者に詰められるという私小説めいた短編を描いていて、ストレスの余り編集者に「やらせろ」とセックスするよう要求したが男は拒否する。「お前前に一回やってくれたやろ」とさらに女は腐れ縁を持ち出して関係を迫るのだが男が「先生が高橋留美子のような作品を描いてくださればいたします」と言い放ったので「どんだけのことをゆうんや」と泣き崩れるというもので、面白かった。
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萱島の上島町には江戸時代から続く墓地があります。ただ徳川時代の墓は少なく大半は「〇〇家代々の墓」と刻まれていてつまりはかなり新しい墓だということです。もともとそういう家の墓などというものは作りませんでしたからね。
寝屋川の自然堤防のねきに細長く続いていて300基程度の墓石が並んでいます、春は寝屋川沿いのソメイヨシノが見られ、墓地の中には大きな欅もあって目を楽しませてくれます。1965年に京大文学部が出した「大都市近郊の変貌」という本があるんですが、ここにその当時の門真市の地図が載っていてそれによれば上島の墓地には火葬場の表記もあります。
萱島の駅から毎日晩の10時過ぎに墓地の横の道を通って帰宅するのですが、残念なことに全然こわくない。なんせ仕事で疲れている上にお腹も空いてますし、のぞも渇いている、お化けどころでない。しかもこのお墓の中にはお地蔵さんが安置してあるスペースがあってその前は拝むためにやや広めの平坦な石畳のエリアがあるし、実はベンチも置いてあるんです。それでよくここで大声で話しをしているやんちゃな若者がいます、こうなると繁華街の街中とえろう変わりはなく恐さよりも日常生活の場としか感じられません。
この墓地に近づいて行く自然堤防の道はおそらくもともとは石畳だったはずで、今も墓地の始まりあたりにあたる堤防の道と終わりあたりの二箇所には横4列、縦5メートル程度の石畳が残されています。それ以外はもちろんアスファルト舗装なんですが、残念ながらこのような石畳の残し方は全くセンスも何もなくひたすら下品なだけです。
昨日は晴れたり急に雨が降り出したりと典型的な台風の天候でした。猫はやはり外には出ず、眠そうにして甘えてきました。
京阪電車の吊り広告は今月の祇園祭と天神祭を並べて宣伝に努めていますが、まあ祇園祭と比べて天神祭は見世物として随分劣ります。並べて宣伝するのが恥ずかしいくらいの差があります。祇園祭はもともと町対抗のレースの趣があるのでご近所には負けまいとして意地を張り合うし、洛中の我々は洛外や宇治とか山科とか長岡京とか大阪なんぞに住んどる田舎もんとは格が違うんやという差別意識のたまものであのようにきらびやかで豪奢、人目を楽しませるものに仕上がっています。対する天神祭はそもそも町対抗ではなく天満天神さんの氏子となっている人たちが持ち寄りで運営してるものだから、あいつには負けたくないという気概がありません。京都の連中のように千年の都だとか、御土居のなかは他所さんとは違いますみたいな強烈な差別意識はないものだからあの程度のお祭りになってしまう。というわけで差別意識はいいところもたくさんあるわけで、何か差別は全ていけませんみたいな単純化は頭の悪い考えです。
それにしても天神祭は上げ底な上にいつの間にやら大阪を代表する祭りであるかのかのような扱いを受けるようになっていて私は不快です。私は住吉区の生まれですが天神祭なんか聞いたこともありませんでした、夏祭りとなれば7月31日の住吉っさんに決まっていて堺まで、大和川を越していく行列は天神祭の比ではないきらびやかさでなぜ当たり前の扱いを受けないのか不思議です。
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昨日も暑うてそれでも郵便局にお客さんからの注文をお願いしに行く時には猫は頑張って外出していました。以前ちょっと冒険して散歩さしてみょかと思い肩に雄猫を抱き上げて近所を歩いていたら待ってましたとばかりにラブラドールの真っ黒なのが向こうから近づいてきてわんわん吠えるわけです。雄猫はパニックになって逃げようともがき、私は私でなんとかなだめようともがきで、結局首筋をガブリと噛まれてそのまま猫はどこやらかへ逃げてしまいました。
お客さんのところに買取に伺ってかなりたくさん本があり、またそのジャンルが私の余り得意ではないのが混じっていたら電話で知り合いに聞いたり、お客さんに「ここら辺はちょっと今日は不勉強でようわかりませんのでとりあえずお預かりして後日お振込するなり、ご持参するなりしたいんですが、よろしいですかね?」てな感じでやります。
ところが、先日のお客さんは電話では「普通の歴史の本が500冊くらいあるから持って帰ってくれ」とおっしゃるのでおおきにとお伺いしたら、本棚に並んでいるのは中国の古代の文字の研究書ばかりでした。お聞きしたら天気を予想する文字を研究されているとのことで、その手の専門書が並んでいで、お客さんとしては定価が15000円とかしてるからいくらなんでも1万円くらいで買い取ってもらえるだろうとお思いでした。この辺はお伝えするのが難しいのですが、要するにそのような細かい専門書は買い手がなかなかつかないので私は相当安く売るつもりでいます、売値が1000円くらいにしょうともう決めてますので、お客さんには「この他に何か文庫本とか教養書の類はないですかね?」とお聞きして岩波文庫の「英雄崇拝論」「衣服哲学」「雑兵物語」講談社学術文庫の「昭和の精神史」やら「増鏡」「続日本紀」徳富蘇峰の「西南の役」や単行本の「偶然と必然」ピンカーの「人間の本性を考える」フロムの「自由からの逃走」などを見つけ出して口説き落としてこれらをお売り頂いてそれなりの金額にしてお渡ししています。
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昨日もえらい暑うて弱りました。雄猫も外に出ましたが直射日光がきつすぎてすごすごと引き返してました。
仕事で南茨木駅近くのお客さんのところに伺いましたが、たくさん本をもっていやはる方なんですが、地震で地べたに平積みしてあった本はすっかり崩れてしまい「もう元どおりに積むのも邪魔くさいさかい、おまはんを呼んだゆうことやわ」も床に散乱する本の買取を依頼なさいました。そうですよね、積んであった通りにまた積み上げるのは不可能だし、結局積んだとしても部屋を散らかしてるだけですから、これをしおに部屋全体の断捨離をとお勧めしてかなりの冊数をお譲り頂きました。一種のショックドクトリンですな。そのあと午後四時過ぎに阪急高槻市駅に出向いたんですが、すでに黒雲に全天が覆い尽くされおまけに濃厚な夕立の香りが蔓延しておりました。農薬とか格安のスィートコーンのような身体に悪そうな夕立のにおいではなくスコールがひとしきり地面を叩き、清々しささえ感じる濃厚な夕立の気配で、それから間も無く雷鳴轟き激しい降雨となりました。
帰りは阪急南茨木駅からモノレールでした。阪急の方はやはりエスカレーターが使用できない、大阪行きのホームの待合室が揺れで扉に歪みなどが出たため使用禁止で、そのくせなぜか中の照明はこうこうと照っていて電気代がもったいない。モノレールの方は先週もそうだったがエスカレーターは復旧していてありがたいがエスカレーターに通じる床のタイルに少し段差ができていて「段差に注意してください」との掲示があった。