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古本屋日誌
天牛堺書店の破産から既に2年以上けみし、堺筋本町店は槇尾古書店となって復活した。
ここは以前は真ん中に通路を挟んで片方は新刊書店だったよなあ。
現在は両方古本屋となっている。
さて天牛堺書店と槇尾古書店の最大の違いはそこだ。
かつて新刊の雑誌や文庫、新書が並んでいたところが、今はマンガ、鉄道本、手芸や料理本、落語本、フランス文庫のエロ本、サンリオSF文庫、シャーロックホームズ関係の本に変わった。
つまり客層をしぼった趣味本コーナーとなったわけだ。
それに加えて均一の文庫販売にも大きな変化があった。
天牛堺の時代は最近の文庫本は少なく、絶版文庫がかなり入っているに加えて岩波文庫のいいものも安価で提供されていた。要するに古本マニア向けの品揃えだったわけだ。
ところが現在の文庫均一は全く様相を一変させてごく最近に出版された、カバーからインクの香りでも漂ってきそうなきれいな文庫本となった。客対象はごく普通のリーマンで、ぶらっと本でも読んでみるかなあ〜という人たちだ。
ということで、文庫本は大衆化路線、単行本はマニア路線と対照的だな。
やはり絶版文庫や新書を安価で売り、利益を確保できなかったのが破産のきっかけということだろうか。私にはそうは思えないな。
かつて老舗の古本屋はいい本を売ってくれるたくさんの顧客を抱えていて、国文学、文学書、宗教書、建築関係、美術書、稀覯本、一枚刷などジャンルも多岐にわたって本を集めることができた。
客からはこういう本と一緒に大量の岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫、岩波新書、中公新書の類を引き取ることができた。
天牛堺書店も間違いなくそういう古本屋だった。しかし何故かその集客力に陰りがでてきてしまった。
今でも京都にせよ大阪、神戸でも昔と全く変わらないスタイルで古本屋を続けている店は少なくはない。そういう店にはとても古本とは思えないピカピカの文庫や新書がなんの問題もなく今も並んでいる。
何故天牛堺は失敗したのかね。
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渡邊大門が草思社から「関ヶ原合戦全史」を出した。最新の知見に基づいて関ヶ原から大坂の陣までの通史だ。
かつて司馬遼太郎がものして、大河ドラマなどでも何度も放送されてあたかも真実であるかのように刷り込まれていた事件が実は一次史料にも二次史料にもない創作であったことが次第に明らかになってきていて、この本はその総決算だ。
石田三成が加藤清正らに追い込まれて伏見の徳川家康の屋敷に逃げ込んで窮地を脱した話は司馬遼太郎の本でさんざん読んできたが、三成は自身の屋敷に入ったのが事実だという。
関ヶ原の小早川秀秋の裏切りもしばらく様子見をして焦った家康から鉄砲をうちかけられて切羽詰り大谷刑部の部隊に攻めかかったと司馬の「関ヶ原」にはあるが、実はそんなことはなく関ヶ原の戦いの前日から小早川は家康につくことに決めていて、三成も承知していた。
小早川は戦闘開始とともに東軍で参戦していたというのだ。
この本は大坂夏の陣のことは本丸だけを残して他はすべて破却することは大坂方も了承していたことにさらりと触れているだけなのは物足りないな。
司馬遼太郎は「城塞」で城が落ちてからも淀殿と秀頼が山里曲輪の蔵のなかにこもって命乞いをしていたとし、「落城してからも蔵にこもっていったい何がしたいのか」などと批判的に描いていた。
しかし福田千鶴の「豊臣秀頼」では秀頼が討死にしたのは天守閣の千畳敷だという話を紹介している。また秀頼が戦闘に先立って自ら諸将を、励ましに回ったことや、例の追手門学院から出土した馬を副葬品とした大柄な武将の遺体のことにも触れていた。
この辺りのこともぜひ渡邊には書いてもらいたいものだ。
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昨日は久しぶりに嫁と京都に行きました。
三条京阪のブックオフは1999年の創業でその前はカラオケ屋でした。
一階のマンガ売り場には全巻セットが積み上げてあり例の「鬼滅の刃」全23巻も2セットありました。4300円の値付けで一時新刊書店でも払底していたことを思えば安くなったものですね。
河原町三条下ルには「大学堂」があります。私が学生だった1980年代初頭には既に今と変わらない店構えでした。
去年は祇園祭が中止になったので河原町商店街が負担していた協賛金を出す必要がなくなった。
それで余った金でマスクとマスクカバーを作り千円以上買うてくれた客に配っているのだという。
また飲食店が一時閉店や時短になったり、土産物屋も廃業に追い込まれたりしているので、従来これらの店でバイトをしていた大学生が職を失い、代わりに塾や家庭教師にたくさん応募してきていると聞いた。
塾や家庭教師は中途半端な学力の持ち主の受け皿として昔からあったが、この間もその機能が立派に発揮されているといえよう。
私の麻雀友達で大阪教育大学出身の男がいるがこの男が、京大の文学部の博士課程を出て今は岐阜の朝日大学の先生になってるやつに「おまはんは、ええとこ出てんのに、朝日大学の先生ではあれやなあ」とよく言っている。
もちろん返事は「いやいや、何をおっしゃいます、大学の先生になれただけで満足、満足」だ。
教育大学のやつには学歴があるのにくすぶってるのをからかいたい意図があるし、朝日大学のやつにはそれはわかっているので相手にせずに自分を守ろうとする保身があるよなあ。
わしはどっちかというと教育大学のやつの考えに近い。大学の先生なら世間に問える単著の一つや二つなければ、単なるバカだろうと思うからだ。
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谷口雅男の「ふるほん文庫やさんの奇跡」はなかなか面白い本だ。
谷口は高卒でいろんな仕事を転々としてやがてメナード化粧品のセールスとして全国屈指の成績を上げるが、独立して新しく設立した化粧品会社が立ち行かなくなってしまう。
やむなくパチンコ屋の住み込みの店員となり、7年ほどの準備期間を経て愛知県豊田市に在庫11万冊という文庫本専門の古本屋を1994年に創業した人物だ。
店はその後北九州市に移転し、大型の店舗に40万からの文庫の在庫を持ち、店売りで100万、通販で150万ほどの売上があったが、その後立ち行かなくなり2011年ごろに倒産してしまった。
そのあたりの経営云々にはわたしは興味はない。同じく古本屋ではあるけど考えは谷口とはまったく違うので面白いと思うだけだ。
ただこの本で一番の読みどころは豊田市から北九州市への900キロに及ぶ店舗移動を決断するシーンだ。
豊田の店は全国でも稀な文庫本の専門店だということでマスコミの注目を浴びて取材も多く、店売り、通販とも好調だった。
ところが谷口が好きになった女が北九州市に住んでいる。谷口は当初女に豊田に引っ越して来いと頼んでいたのだが女の仕事の絡みで不調となるや、「じゃあ店ごと北九州に引っ越せばいい、早速明日スタッフに相談しよう」となる。
50を過ぎたおっさんが、女の色香に迷ってとち狂ったことをやり始めるのはびっくりする。そんなにすごい美人だったのかね。
スタッフは他に正社員が2人いるのだが1人は「いいですね」と賛成しもう1人は難色を示したが谷口は「2対1の多数決だ、決まりだな、スタッフの数が少なくてよかった。もし30人もいたら大変だった」と書く。
文庫本の在庫はその時点で31万冊に達しており1冊150グラムとしても46トンある。これをみかん箱などに梱包して北九州まで運び込んで、また本棚に並べ直すわけだから想像しただけでバカバカしくなるよなあ。
しかし谷口はいい気なもので、移転を決めた日の夕方から鼻歌もので段ボールに本を詰め込み出したというのだから、女の発するエロス力は恐ろしい。
そこまで谷口を引きつけた女との結婚式の写真もちゃんとこの本には掲載してあって、いろいろ突っ込めるわけだよ。
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商売には方法論がある。こうすればいい品物が仕入れられる、売り方はこうするということだ。
方法がはっきりあれば何度も同じことを繰り返してそのたびに利益を出すことができる。
古本屋は仕入れがほとんど全てで、売り方はネット販売全盛の今日び、特に考えなくても問題はない。
大学の先生はいい本を売ってくださることがしばしばある。
これに関してはわたしは不思議だよなあといつも思う。
彼らはそれぞれ専門分野をもっていて普段はその狭いエリアの学問しかやっていないから、極めて知識は蛸壷みたいで広がりなどないことが多い。
うちに売りに来ていただく本もその大学の紀要みたいなものや学会誌とか極めて専門的な学術書だったりすることがしばしばある。
このような本はまったく価値がよくわからない。
素晴らしい値打ちがあるのかもしれないが購買層が狭すぎていつ売れるかも分からないから困ってしまう。
それでは困ったお客さまなのかというとそんなことはない。
ここが不思議なんだよなあ。
実は大学の先生方は、おそらく絶対に読んでいないであろうとわたしには思える大量の一般書、啓蒙書を持ち込んでくださるのだ。
つまり岩波文庫や講談社学術文庫、ちくま学芸文庫、ちくま文庫、中公文庫のことだ。
これらの文庫本のかなりのものは非常に人気があって欲しがっている人はたくさんいる。
だからわれわれにとってはありがたい本なのだ。
不思議なのは先生方にお話しをお聞きしてもご専門分野のことは嬉しそうに話していただけるのだが、これら大量の一般書については
「こういうのもあるんやけどな」
とか
「本屋に行ったらついこうてまうんや、読まへんねんけどな」
とおっしゃる。
自分の仕事に関係ないし、読まないことがはっきりわかっていてもついつい欲しくなってこうてしまうわけだ。
そのせいもあって売っていただいた文庫本は新品同様で、発行された30年前経っているとはとても良い思えない、まるでタイムマシーンで運ばれてきたかのように光り輝いている。
これはもちろん本だけに限ったことではなくカバンでもバッグでもジュエリーでも起こってしまう現象だ。
知り合いのカバンを山のように持ってる女の話だが
「そんなもんこの服着たらこっちのバッグに合わせてとか、こっちやったらまた違うし、別のハンドバックやとかいろいろ組み合わせがあるやん」
もちろん口で言うほどいろんなバッグを使い分けているわけでもない。頭の中でそういう妄想を抱いているだけだろう。
この妄想が大事なんだよなあ。
いろいろなじつはありえないケースを考えていると時間がどんどん経っていくし、気持ちも明るくなる。
ストレスも解消されるし、老後のありあまる暇な時間を潰すことが出来てなによりだ。
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