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古本屋日誌
秦郁彦の近著「病気の日本近代史」の終章はコロナウィルスを取り上げている。
そこに近年の季節性インフルエンザによる日本とアメリカの死者数の一覧が載っている。
日本の場合は毎年3000人くらい、アメリカは5万から6万人くらいが死んでいることがわかる。
秦先生は本文の中で日本の数字に関して「関連死を含めて 1万人くらいが亡くなっているとの推計もある」と書いている。
アメリカの場合どうなのかはわからないけど現在の新型コロナによる死者数は53万くらいになっているから、アメリカは単純計算で季節性インフルエンザにの10倍からの人が亡くなっていることになる。
これは確かに異常な事態だ。
ただ日本の場合はとにかくコロナに陽性だったら、直接の死因が癌であろうが脳溢血であろうがなんであろうがコロナ死にカウントされている。
それでも死者数は 1万に達しない。この数字は季節性インフルエンザの関連死者数に全然達していないわけだから不思議だよなあ。
日本だけでなく東アジア全体にいえることで、死者数や感染者に占める死者の割合が極端に少ない。
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今日から日曜まで花隈の神戸古書会館で古本市がある。
初日に早速行ってみた。
とにかく不思議な建物なんだよなあ。
京都や大阪の古書会館に比べてあまりの狭さに驚く。
木造二階建てで、二階へ本を運ぶエレベーターがそもそもない。あるのは急勾配の階段だけだ。
これだけでも異常なのに、古書会館は車を止められる大きな道に面していない。
JRの高架北側を走る幹線道路から更に北に一間もない狭い登り道を上がったところにあって、会館の前を東西に走る道は幅が 1メートルくらいしかない。
これでは重たい本の搬入は手押し車くらいしか使えないし、下手したらダンボールを抱えてえっちらほっちら坂をあがるしかなさそうだ。
二階に通じる急勾配の階段。
手すりが右側に付いているとはいえ、エレベーターもないわけだから、左脇にたくさんの本を抱えて上り下りしなければならない。
おそらくこれまで何人もが足を踏み外して本の山に埋もれてあの世に旅立ったことだろう。怪我ですんだひとなんか自慢にもならないんだろう。
一階は玄関を入るとたたきがあって、そこから一段高くなって中に入るようになっている。
そのためスペースが狭くなっている。以前の即売会ではこの一階の土間で靴を脱いで上に上がるようになっていた。
われわれは靴を脱いで上がるだけだから、面倒だと思うだけだが、日々この会館でセリをやっている業者の皆さんは不便だよなあ〜と嘆くことはないのだろうか❓
結局神戸の会館は立て場の伝統を受け継いでいるのだと思う。
もともと古本屋はゴミ屋の一種なので、古本や雑誌、紙くず、ガラクタなどを野原にリヤカーで運び込んで取引をしていた。
立て場に本を買いに行く時もリヤカーかせいぜい自転車で行っていたから、別段大きな道に会館が面している必要はなかったのだ。
実はこの古書会館は昭和41年つまり1966年の新築なんだよなあ。
なんでも始めの頃の古本市では今のように床の上にテーブルや本棚を組み上げて、客が立って本を見るスタイルではなかった。
床に茣蓙がひいてあり、その茣蓙の上に直接本を並べていた。
つまり客はしゃがみ込んで本を手にとっていたわけだよ。
それにしても21世紀の今日もその伝統を受け継いでいるというのは素晴らしいことだよなあ。
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店舗を構えている古本屋はいろんなタイプがあるけど、私が一番好きなのは専門店だ。
国文学の専門店、文学のそれ、占星術、ビートルズ、キリスト教の本など分野はいろいろあれ、その分野の本は網羅されていて値段もきっちりしているんだろうが、ついでに集まってくる文庫本や雑学本なんかは意図的に安い値段で売ってくれる。
こういう本屋がつかんでいる客、つまり本を売ってくれる人たちはその道のスペシャリストで、ついでに文庫本や新書、雑本が集まってくる。
当然興味などないから読まずに古本屋に売ることになりとてもきれいな状態だ。
しかしこういう専門店であるものの、岩波文庫や講談社学術文庫、ちくま文庫などの価格は完全にAmazonの値段に連動したり、それを上回る値付けをしたりしているところも多いよなあ。
私はこういう売り方は経済合理性を欠いていると思う。
Amazonやメルカリ、ヤフオクは通販だから全国に広く市場を持っていて、サイトを見てくれる客がものすごい。それでいくらでも売れていくから店舗の価格を上回る値段が付いているケースも多い。
しかし店舗売りは当たり前だが客が極めて少ない。近所のお客さんが来てくれるだけだ。
だからAmazonの値段をつけていたらなかなか売れない。
もちろん 1年とか2年とかの単位でなら売れることもあるが、その間、棚はその本で占められているのだから、ほかのよく動く本を置くスペースがなくなり、実質倉庫代を負担させられている状況になってしまう。
おそらくこういう店がAmazon価格を自分の店の本に付けてしまうのはせどりで「これは安い‼️」と自分の本が仕入れられてしまうのが気にくわないんだろう。
それは感情の問題で、経済合理性とは無関係の話だ。
私は自分の在庫をよく古本屋さんにお買い上げいただいているのだが、ありがたい‼️、また明日もこうてください‼️と思いこそすれ、「こいつ‼️転売しようと思いやがって許さん‼️」などと思うことなんかないけどなあ。
さっさと売れていけばいくらでも本を仕入れられるんだから結構なことだからだ。
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昨日は朝から会議で神戸に出向いた。
改めて神戸が様々な娯楽を備えた巨大都市であることが実感されて少し羨ましくなったなあ。
昼間は異人館やポートタワーで観光を楽しめる。
異人館の中には狭苦しい食堂のスペースに展示しているという欠点はあるはものの、藤田嗣治のデッサンを間近で拝めるところもある。
元町にはたくさんの古本屋がひしめき知識欲も満たすことができる。
腹が減ったら元町商店街のすぐ南側には南京町があって中華料理に腹鼓を打てる。
デザートのスイーツはモロゾフもあれば、高砂屋もあれば、となんでもございで、ショーケースを眺めて好きなケーキをこうてかえることもできるし、何よりも併設してある喫茶店ですぐに楽しめるのは素晴らしい。
高速神戸と新開地の間は地下街になっていて古本屋もあるし、格安の卓球場もあってスポーツ気分もあじわえる。
高速神戸をあがると新しく誕生した常設の落語の席「喜楽亭」があって大阪落語をこれでもかと堪能できる。
「喜楽亭」の斜向かいには、かの賀川豊彦ゆかりの大きな教会がそびえ立ち、素晴らしい説教も聞くことができよう。
夜は今さら改めてゆうまでもないことだが福原のソープランド街で遊ぶことすらできる。
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うちは通販での販売はゆうメールを使っている。
ただこれは厚みが3センチまでとなっていてそれ以上のものはレターパック520やゆうパックを使っている。
ただ薄い本でも値段が3000円を超えるものなんかはサービスとしてクリックポストを使用している。
郵便での未着というのは存在しないから発送番号のサービスなどは本来不要で、単にお客さんに負担を強いるだけだ。そもそも対面ではないから不安だという客の意見は通販を理解していない話に過ぎない。
その不安を上回る圧倒的な利益があるから通販を利用するわけだ。一々古本屋回りなどする必要なく瞬時に欲しい本を探し当てられるわけだから実に便利だ。
さてクリックポストは発送番号が示されてネット上で追跡できるのだが、先日チェックしていると既に出してから5日経過しているのに受付になっていない郵便物がある。
「おかしいなあー」とお客さんの名前と別に記載している送付先の一覧を照合してみたら、ジャズの文庫本だということがわかった。
かなり分厚い本なんだが3センチは超えていないのは、郵便局からもらった厚みを測る物差しで確認済みだからおかしいなあ。
よしんば厚すぎるとのことで突き返されるにしても5日も経過しているのはおかしいなあ。
てなことであれこれ考えるが思いつかない。
そのうちに夜は更けてきて2時を回ってしまっている。風呂に入ってもつらつら考えるとようやく思い出した。
その本は3センチすれすれなので、一応ゆうメールで発送するが、郵便局の窓口で「これはちょっと分厚すぎますな」ととがめられた場合を想定してクリックポストの宛名書きもプリントアウトしていた。
郵便局の窓口に差し出したところ幸い、というか3センチいってないので当たり前だが何も文句を言われることなくゆうメールで通ったので、不要になったクリックポストの宛名書きは処分したのだった。
ちょっと前のことなのにもうすっかり忘れている。今回は思い出せたからよかったが、さらに老化が進むと思い出すことはできなくなるだろうから、本人は「おかしいなあ‼️おかしいなあ‼️」と真剣に悩んで挙句周りの人たちに迷惑をかけてしまうことになるのだろうよ。
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