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古本屋日誌
伊澤理江の『黒い海』は大宅賞に加えて講談社ノンフィクション賞、エッセイストクラブ賞も受賞している。
2008年に太平洋上で突然沈没した漁船の話だ。
公式には三角波によるとされたが、伊澤は潜水艦がぶつかって、そのまま逃走したのではないかと疑って、あれこれ調べてみるのだ。
可能性があるのは海上自衛隊、米軍、ロシア、中国、韓国あたりだ。
もし海自だとしたら、潜水艦の修理が必要になって、たくさんの人の目に損傷した部位が晒されることになり、とてものことに隠しおおせるものではないようだ。
では米軍はどうか❓
17人も死んでいるし、それがアメリカの原子力潜水艦の当て逃げによるものだと公になったとしたら、もちろん仮定での話なんだが、日米関係はぎくしゃくしてしまうだろう。
伊澤は損傷した潜水艦はドックで修理となるだろうと考えて、あれこれ資料を博捜するのだが、結局結論は出ないまま。
よく調べてはいるけど、初めから軍事機密に関することに触れるのはわかっているはずだよな。
それを適当な軍人へのインタビューや公文書の公開請求程度で明らかにしようと考えるのは、どうかしてるよなあ。
そんなもん無理に決まっている。
池田にある小林一三記念館は、元の屋敷を利用したもので、阪急電車の創始者である小林一三のコレクションを展示しているようだ。(俺はまだ行ったことがない)
展覧会の図録や書籍の販売もしていて、中でも、1991年に出た全3巻の『小林一三日記』は古本屋では2万くらいで売られている。
その本が最近バーゲンで、2900円で販売されている。
しかもその他の図録やボールペン(220円)などと抱き合わせにして合計3000円を超えたら、送料は無料になるというのだからありがたい。
早速取り寄せて、第二巻を読んでいる。この巻は昭和20年の正月から始まるのだ。
例によって大本営のデタラメな戦果報告を新聞記事から切り抜いて貼り付けて日記に書いているのだが、例えば神戸空襲の話では来襲したB-29は70機、そのうち20機を撃墜し、50機に損害を与えたという。
さすがにこの記事に関しては小林も「それでは全機に損害を与えたことになる」と懐疑的ともいえる感想を漏らしている。
沖縄戦では特攻攻撃などで、敵艦船を400隻以上、空母は12隻沈めたと発表していて、小林も一応信じてはいるようだ。
しかしそれだけの赫赫たる戦果をあげているにもかかわらず、依然として沖縄近海には何百隻という米艦隊が遊弋して、地上戦でも追い詰められているわけで、普通ならガセではないのか❓大本営発表て嘘しかないと思うところだ。
しかし小林の思いはそうではないのだ。「これだけやられてもなお、航空部隊を繰り出してくる敵の精神力は侮れない」
つまり、これまで我が国だけが大和魂、精神力で圧倒的な優位に立っていると思っていて、アメリカ兵などいざとなれば身がすくんで臆病風に吹かれて何ほどのことがあろうかとバカにしていたが、それはあまりにもアメリカを甘く見ていたと反省しているわけだ。
さらに加えてアメリカは、兵站も優れているし、武器、弾薬ときたら質量共に我が国を圧倒している。物質的にも精神的にも敵わない相手だということになる。
大本営のウソ発表のオンパレードは、士気を鼓舞するどころか、敗北感を印象付けることになってしまっているのだ。
カラオケ屋はコロナ騒ぎでは、客足も途絶えて大変な打撃を受けた。
しかしようやく元の繁栄を取り戻している。
中でも業界大手のジャンカラは「コンセプトルーム」なる特別室を提供している。
20人くらいは収容できるスペースの大きな部屋で、真ん中にバーカウンターがある部屋、特別巨大なスクリーンを備えている部屋、会議ができそうなテーブルを備えている部屋など工夫が凝らされている。
近所の寝屋川駅前の店など、受付も支払いも全て機械化されていて、店員と顔を合わすことなく部屋に入っていけるシステムだ。
曲目にしても、本人画像があるのは昔からだが、本人歌唱もたくさん入っているのは素晴らしい。
カラオケはメロディだけが流れて、それに乗っかってお客さんが歌うシステムなのに、その歌手本人が歌ってしまっているのでは、YouTubeとかミュージックビデオと変わらない。
しかし、大画面で流れるテロップを見ながら、ビールを飲みながら、歌いたい時にはマイクで歌えてというのは、なかなか経験できないことなのだ。
俺の好きな中島みゆきは、これまで本人歌唱は入っていなかったが、昨日京都の河原町三条店に行ってみたら、たくさん入っていた。
(店員さんに聞いてみたら、部屋によって導入しているカラオケの種類が違っていて、本人歌唱があるタイプの部屋は限られているが、かなり前からあることはあったとのことだった)
『時代』『世情』『地上の星』『旅人の歌』『糸』『銀の龍の背に乗って』『麦の歌』なとなどコンサートで中島みゆきが歌っている映像がいくらでも流れるのだ。
これだけの曲目があって、しかも大きな画面に容易に映し出せるとなると、これはこれで、値打ちがあると思えた。
もちろんそれに合わせて歌うこともできるが、そんな無粋なことは慎んで、ただもう聞き惚れるだけのひとが多いのではなかろうか。
今週の『週刊現代』に「大阪ぎらい」と題して、大阪へのさまざまな世間の評価が語られている。
その中で井上章一がコメントを寄せていて、昭和10年代に出ていたという「奥の奥」という雑誌には当時の大阪弁は物腰柔らかな「日本語の中のフランス語」とでも表すべき上品な言葉である旨の記載があるという。
(フランス語が上品というのは意味不明だけどね。志賀直哉が敗戦後に日本語の使用をやめてフランス語を公用語にしたらいいと述べていたのは有名だ。文壇でのイメージなんだろうか)
俺も昭和28年に出た『今日の東京、なんでもわかるバイブル』という雑誌に徴兵検査では大阪弁は禁止されていた、柔らかな話し方が合わないからだとあったので、同じような話だなと感じたなあ。
ところがテレビ局が少ない予算でインパクトのある番組や作ろうと、大阪のテレビ局は素人を使った番組を製作し始めて、例えばいとし、こいしが司会を務めた「がっちり買いましょう」がそれだ。
そこでの素人の話し方が大阪弁だと捉えられたというわけだ。
また船場に住んでいた裕福な大阪人は芦屋に本宅を移し、大阪市内には河内や和泉からたくさんの労働者が入り込んだために、その話し方が大阪弁だと捉えられるようになった、ともいうのだ。
要するに、井上は下品な大衆の話し方が大阪弁のイメージに大きな影響を与えたといっているのだ。
確かにそれはあるだろうけれど、東京の連中が自分たちこそがナンバーワンなんだと誇示したいがために、地方差別をし続けていることが、最大の原因だと俺は思っている。
井上章一も以前、学校でも教えられている歴史区分に噛みついていたよなあ。
奈良時代、平安時代、鎌倉時代、江戸時代なんかは理解できる。政治の中心都市を冠しているからだ。
ところが古墳時代とは一体なんなのか?古墳で政治など行われていない。
本当は河内時代とでもいうべきなのに、大阪への根強い差別意識からこれを忌避したと井上はいうのだ。
さらに安土桃山時代にも噛みついて、桃山て何❓というわけだ。
どう考えても政治の中心は大阪だろう、それなのに差別意識丸出しで避けてしまったんだというわけだ。
井上章一先生もお偉くならはって、文化勲章とかねろてはるんちゃいまっしゃろか。お上に楯突くようなお話はようなさらしまへんな。
去年のノンフィクション作品では伊澤理江の『黒い海』が世評も高く、大宅賞も受賞している。(逆に『同和のドン』はつまらなかった。この程度の人生で本にしようという神経がよくわからない)
2008年に太平洋上で突然沈没して乗組員17人が死んだ船舶事故の話だ。
当時、洋上はないでおり、また錨を下ろして極めて安全な停泊状態であったのに、短時間で5800Mの深海に沈んでしまった。
当初事故原因は三角波によるものといわれていたが、そうではなく潜水艦が艦底に衝突したせいではないかともいわれているのだ。
その正否も興味あるところだが、気になったのはマスコミ関係者の取材態度だ。
俺の小さい頃、テレビのワイドショーで、飛行機事故の遺族の家まで「取材」と称して出向いて、インターホンを押して「今のお気持ちはいかがですか❓」などとインタビューしていたのは、子供ながら無神経だと感じた。
しかしそれはもう半世紀も前の話だ。
2008年の今日、いくらなんでもそんな話はないだろうと思っていた。
ところがこの本によれば、マスコミ関係者は、沈没した船を捜索中の僚船に電話をかけて、捜索状況を聞き出そうとした。電話回線は2本しかないのにもかかわらずだ。
また記者会見の予定を伝えているのに、その開催前に記者がやってきて「記者会見での情報以外のやつを教えてくれ」と食い下がるのだ。
こんなことをされたら、当事者は腹が立つだろうなあ。
大した記事も書けないのに、取材態度だけは横柄、その程度の人間がマスコミ関係者なんだろう、と改めて感じた。