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古本屋日誌
徳川時代の役者は、中には千両役者といわれて、とてつもない収入の人もいた。
ただ彼らがその収入の多さゆえ尊敬されていたわけではない。
大半の人々が農作業や手工業、流通の生産活動に就いている中、役者は何も作らない怠け者とみなされていた。
娯楽を提供しているだけの河原もんと差別されていた。
差別は問題なのかもしれないが、良い点もあったのだ。
河原もん風情がなんぼ千両稼ごうとも、その金にはなんの値打ちもない、紙切れ同然だ。
それに比べて自分が額に汗して田んぼや畑を耕して手にする僅かな報酬の価値は実に高いと考えられていた。
つまり金を金額だけで評価していなかったということであり、実に健全な価値観だろう。
その上で「役者評判記」の類いがたくさん出版されていて、そこには芝居での各役者の評価が細かく記されているのみならず、どこそこの茶屋に行ったら、その役者と逢える、つまりセックスできるのかが記されてもいるのだ。
金持ちのごりょんさんが金にあかして役者としっぽりという体なんだが、俺は逆もあると思っている。
つまり、役者の方が気に入りの女や娘を好きにできる場所でもあったと思うのだ。
NHKのBSで『いけずの京都たび』という番組があって、先日10回目の放送を記念して89分の拡大版が放送された。
ミュージシャンの西川貴教が井上章一の導きで、様々な京都の魅力を発見していく番組だ。
今回は「せめすぎる京都」というタイトルで、京都が伝統にあぐらをかくことなく、時代に応じた改革を施すことで生き残ってきたという話だ。
しかし、俺は全く別の見解がある。
京都は革新的どころか、極めて因循姑息な街だと思う。
番組では食の上で革新を貫く例として、祇園の料亭(ナレーターの田畑智子の実家だ)が山芋の団子の中にウニを入れる工夫をしている、これまでは団子の上からウニをかけていたのだが、客をびっくりさせるために考えだというのだ。
その程度のことは大阪であろうが、東京であろうがやっていることだ。
そもそも京都の、あのにしんそばや鯖寿司、そして祇園祭の際にありがたがって京都の人たちが食べる鱧てなんなのかな❓全然美味くない。
徳川時代には輸送手段や冷凍技術がなかったから、貴重なタンパク源として意味があったろう。
しかし今の時代そのような代用食めいた食材をいつまでもありがたがる必要があるのだろうか。
鱧なんか、落としで梅肉とかより、天ぷらにした方がまだ旨いのに、そういうちょっとした工夫すらせず、旧套を墨守するだけ。
またお蕎麦にしても昔通りに作るものだから、つなぎにいろんなものを入れてしまう製法で、食べても蕎麦の味が薄れてしまう。
そして何よりも京都は観光都市であるために、料金が高いくせに美味しくない店がたくさんある。
というわけで俺はこの切り口に大いに不満があるのだ。
そもそも、仕掛け人が井上章一だ。
彼は去年工藤美代子との対談本を出した。
工藤美代子は、あの関東大震災での朝鮮人虐殺について「それは朝鮮人に、皇太子暗殺の企てがあったから行われたことだ」と主張する本を出している人物だ。
こんなまともでない女と対談するなど、どうかしてるよ。
18日の木曜日は、三ノ宮のさんちかホールで古本市。早速朝から行ってみた。
朝ごはんは、さんちかのサンマルクカフェで480円のソーセージの乗ったデニッシュパンとホットのセット。
その足でJRの新快速に乗って山﨑。1時に嫁と落ち合い、サントリー山崎蒸留所。
ここは去年が創設100周年で、改装工事を施していて、しばらく見学ツアーが中止になっていたのだ。最近竣工したとかで、再開されたが工場内を見学するタイプのツアーは有料となって3000円だという。
われわれは無料の見学ツアーを予約していて、まず売店で蒸留所限定のウィスキーとチョコレートにグラスが入ったセット(3800円)、シャケなどの燻製(2400円)をこうた。
一階のテイスティングカウンターは、すでにたくさんの人で賑わっていて、お姉さんがいうには「おひとり様6杯までです」という制限があって、例えば「響18年、山崎18年、白州18年」のセットは3000円ですけど、これで3杯となります」とのことだ。
見回すと欧米人や中国人の客もたくさんいるし、前方のようになんぼでも飲んでええよ、というスタイルではないのも仕方ないな。
われわれはさっきのセットの他に、山崎25年(4000円)、響30年(4000円)を頂いたが、例によって美味いことがわかるだけで、味の違いはよくわからなかった。
それにしても、近くに山崎蒸留所があるのはすごいことだ。
キタでもミナミでも見ることすら叶わない山崎25年や響30年を飲めるんだからな。これほど贅沢なことはないだろう。
それから阪急の大山崎まで歩き、高槻市駅で下車。
駅ビルのカルディでピーナッツバター(540円)をこうてから、京阪バスで枚方市駅。
京阪電車に乗って千林。駅近くのお好み焼き屋「風の街』本店。
お好み焼き(イカ玉)海鮮焼きそば、チーズソーセージ、とんぺい焼き、ジャガイモチーズを食べた。(4300円)。
この店はお昼休みがなく、(そのほかの風の街は2時から5時まで休憩を取る)いつでも食べに行けるのでありがたい。
ここのお好み焼きは具の大半がキャベツで、メリケン粉はあまり使ってないように見える。それは、泉州のあまーいキャベツで、ものすごく辛いソースと合わせると驚いてしまうくらいに美味い。
詐欺サイトは閉鎖となっても、次から次出来ている。
お客さんは初めはAmazonやヤフオクといったまともなサイトでお目当ての本を探すのだが、値段が高かったり、品物が見つからないと、Googleや Yahoo!から本のタイトルを入れて検索する。
そうすると結構ヒットするもので、例えばちくま文庫の『チェーホフ全集』全11巻揃が9500円で出ている。また今東光の『稚児』(防長出版社)が9000円で売られていたりするのだ。
ご丁寧にも値段のところははじめに黒字でそれぞれ25000円、40000円と書いた上から赤字でセール価格が記入してあって、購買意欲がそそられる仕組みなのだ。
こういうサイトはまず住所がデタラメだ。Googleマップでチェックしたら埋立地だとか山の中だったりする。
次に電話もデタラメ、電話してみたら通じない。
さらに古本だけでなく、ブランドバッグ、靴、衣装、スマホ、パソコン、ジュエリーなどいろんなものを扱っている、もちろん全てデタラメだ。
古物を扱うには「古物取扱」の免許が必要で、サイトにはその登録番号を記載しなければならない。
そこで「会社概要」からチェックしてみると「必要なし」と書いてある。これはありえないことなんだけどね。
代金は前払いで、払い込んでも何にも送ってこない。慌てて電話しても通じないので、警察に知らせるのだが、その結果はサイトは閉鎖されるが金は戻ってこないで終わってしまう。
これが従来の犯罪の手口だった。
しかしこれではすぐにサイトを閉鎖しなければならず、面倒なんだろう、客から「まだ届かない」旨のクレームが来ても、ちゃんと電話に出で引き延ばしにかかるケースが現れた。
例えば先の今東光の『稚児』の事件だ。これは俺の知り合いが被害におうたので、細かいところを書いてみよう。
この本はもともと、昭和22年に谷崎潤一郎の序文がついて出版されて、その後別の出版社から一度復刻されたことがあるだけで、珍しい本で4万円くらいになる。
これを9000円で売るというから、代金を振り込んで、楽しみに待っていると届かない。電話してみたら「すみません、その本は品切れなんです」というわけだ。
「なんや、それやったら意味あれへんやん、返金してや‼️」となるよね。
「わかりました、申し訳ありませんけどPayPayで返金します。そのためにまずLINEでお友達登録をお願いします」といってくるのだ。
「俺はPayPayやってないし、LINEもそんなんしたら、電話番号がさらされて友だちになってくれ、とかなってしまうから嫌や」というと「それでは上のものに申し伝えます」となって
次に来たメールは「お客さあ、ほんとうにすみませんございます。PayPayで登録願いたくあります」というようなバカげた日本語でらちがあかない。
俺がそいつに「あんたなあ、間違いないは、それは詐欺サイトやで。警察に言わなあかんで」と忠告したら
「それはないやろ」
「せやけど、金戻ってけーへんわけやから、詐欺以外考えられへんやんか」
「とりあえず、お前んとこで『稚児』探してや、見つかったら買うわ」という。
そうなのか、ある層のお客さんはこの程度の金は無くしても気にしないのか、そういうものなのか。
冬場の風呂は危険だよなあ。
ぬくいところから脱衣所で、裸になって血管が収縮したところに、今度は湯船に浸かって一挙に血管が拡大して血圧も上がり倒れてそのままになってしまう人がたくさんいる。
俺の大学時代の友人の久保くんも、まだ62なのに風呂場で亡くなってしまった。
彼は鹿児島の出身で1981年に京都大学農学部に入学し、熊野寮に入った。
宵っぱりで、朝起きることができない学生だった。ファミコンの勃興期で人気のあったドラゴンクエストの研究を夜中ずっとしていたのだ。
ある時、夜中に久保さんの部屋を訪ねてみたら、(彼の部屋にはアラーキーの写真集がたくさんあるのだ)部屋の電気は落としてあって真っ暗な中、彼の机のところだけに、ぼんやり蛍光灯がともり、広げた紙面に一心不乱、何やら書き込んでいる。
「久保さん〜何してはんの❓」
「これ、ダンジョンの見取り図作ってる」という。
モンスターが潜み、落とし穴がたくさんある高層のダンジョンの地図を、試行錯誤しながら作成しているわけだ。
「そないなもん、要らんで。2、3回やったら落とし穴の場所やらなにやら、覚えてしまうやん」
彼は照れ笑いするだけ、凝り性なのだ。
金がないものだから、近くの琵琶湖疏水に出かけてブラックバスを釣ってきていた。
「この魚は、刺身でたべようとしたけど、臭い。焼いたら大丈夫やったわ」という。
金が本当にないなら、普通はアルバイトをしたり、先輩に借りたりする。でも彼は心底、仕事が嫌いなのだよ。
熊野寮の学生には、貧乏なふりをするくだらないやつもたくさんいて、俺はずっと不快だった。
学生は仕事をしていないのだから、金を持たないのは当たり前で、貧乏自慢などそもそもくだらない話だと思っていた。
経済学部の学生の吉村は法経館の大教室の講義に出ていて、終わってから教室で教授も交えて雑談していたが、教授が机の上に置いてある袋に入ったパンの耳の束を手にして
「これ誰のん❓食べもんよのうにも見えるな。吉村くんのんちゃうんか❓」と言いながら、ほーいと彼の方に放り投げた。
吉村くんはえらい怒り出した。「これはわしの昼飯ですわ。それを食べ物みたいとはひつれいだろう。先生はええもん召し上がっておられるやろけど」とバカなことをいう。
パンの耳はパン屋でタダでもらえるから、学生がよく昼メシにしていたことくらい、教授もよく知っている。
冗談も通じないし、おそらくこの先生が共産党のシンパのような本を書いていたのが気に入らなくて、難癖つけようとしたのだろうと思うが、いずれにしても頭が悪いし、全然スマートでもない。
久保さんは真の髄から怠け者だった。根性が入っていた。
夜中に1人懐中電灯を手に叡山登山をしていた。ようそんな怖いことできるよね。
「山ん中で、前を白い服着た女が歩いてんのよ。不思議や思って、早足で追いかけたんよ。でも小走りになっても、走り出しても、全然距離が縮まらへんのよ。あれは不思議やった」という。
あんたが不思議だよ〜