Welcome
古本屋日誌
今朝はえらい寒い。死んだサビ猫は嫁が段ボールにバスタオルを敷いて入れて、上からタオルをかけて餌を入れていたおわんを置いている。本当に歩けなくなるまであっというまで残念だ。死んでしまう前の晩、いつも二階で寝ている私の布団にはいってくるのだが、足がもつれて階段の途中から転がり落ちてしまったようだった。大きな音がしてそのあと元気な二匹の黒猫が枕元まで来てニャーニャー鳴く。起こった事件を健気にも知らせたかったようだ。月曜日に火葬にしてもらう。
井上章一が幻冬社新書で「大阪的」を出した。大阪のおばはんは下品だとか、飴ちゃんをもって人に配るとかの類の大阪を差別する言動の起源を探る本だ。井上は谷崎の著作を引いて彼が関西に移住した頃大阪の婦人はしとやかで、控えめだとのイメージがあったのだが、関西のテレビ局が少ない予算で面白い番組を作ろうとして素人のおばさんを起用し続けたために、今のような下品なイメージが生まれたという。テレビ局はそういうおばさんを探して何回も選考を重ねていたということだから、ヒマな連中だ。井上は論じていないが、日本で許される差別は大阪を叩くのが代表の地方差別とB型を叩くのが定番の血液型差別の二つであることをはっきりさせないといけない。
だから在阪のテレビ局のやつらは自ら地方差別に加担したわけで、それが商売になるし、国民からも面白がられて受け入れられると踏んだわけだ。
今朝は冬がやってきた寒さで風はないものの、気温が低い。
2013年に守口市のお寺の尼さんに譲ったもうたサビ猫が急性腎炎で死んでしまった。まだ10なので残念だ。ちょっと前から急に痩せ出して、戻すようになり、あれよあれよというまに足腰が立たなくなってしまい、階段を上ろうとしてずり落ちてしまう。最期は猫用のおこたの中で逝ってしまった。
今朝は昨日からの雨が上がり寒なるかとおもいきや曇り空で風もなく生暖かい。
昨日は嫁と久しぶりに此花区にあるUSJに出向きました。冬場の平日でおまけに雨なのにかなりの人出で、普通の店なら雨の日は途端に客足が落ちて、半減することも珍しく無いのにと驚きました。雨天のためパレードや屋外でのショーはかなり中止となり、さらには夕方からのクリスマスのプロジェクションマッピングもショートバージョンになりました、こういうことが予想されるのにもかかわらず動員力を維持しているのは驚くばかりです。以前来た際に「ウォーターワールド」で敵の船が傾きすぎて水没してショーが途中で中止となり、今回雪辱を果たしたいところでしたが、またしても途中で降雨ゆえに中止となりました。
夕方からのクリスマスイベントは例のビルの平面を使ったプロジェクションマッピングに花火の打ち上げ、タイミングを見計らっての巨大クリスマスツリーの点灯などから構成されていて、雨にもかかわらずたくさんの観客で埋め尽くされていたわけですが、カップルや制服を着た修学旅行生、もちろんシナ人やらアメリカ人、欧米人、韓国人も大勢いたんですが、キスをしたり大仰に抱き合ったりするカップルはいませんでした。
甲子園球場にはかなり欧米人の家族が、つまり子供づれで訪れて観戦してますが、いつも目が憚られるのが人目やすぐ横にいるわが子に遠慮するもなくキスをしたりハグをしたりする欧米人の振る舞いなんですが、USJのイベントでは私の見る限りそういうあられもないしだらは見られなかったのは不思議でした。甲子園球場では私もタイガースファンの男と一緒にみんに行っていて、この男はそういう人前でふしだらなことをするのに慣れていないためか、30半ばと思しき子どもづれの外人に「おえおえ、それはやめとけよ、どっか別んとこでやれ‼️」としきりに後ろの席から叱っていましたが向こうはどこ吹く風で、チラリとこっちを向くだけで無視してました。
かつて1980年代の中之島公園はウイークデーでもカップルがたくさんいて人目もはばからずあれこれ励んでいましたが、最近はそういう話は聞かない。性癖なんかは案外簡単に変わってしまうものなのかもしれませんな。
今日は天気予報通り雨ですね。冬にも拘らず比較的ぬくい日が続いていてありがたいです。
テレビの「中学聖日記」はひつこく好きだからつきおうてくれとかまってくるバカな生徒の話でした。まあ迫られた方がその気になっているわけだからそれはそれで結構ですけどね。
前勤めていた会社では朝の朝礼の後、セクションごとに打ち合わせをする時間があって、そこへ他のセクションの10歳くらいは下の女がやって来て「前から好きなんです、あなたの気持ちを確かめたくて」という。もちろんほとんど話しをしたこともないし、みんながいる場でいきなりおかしなことを言い出すのはよくわからないので「そんな気は無いよ、一体何の話なんや」と言うと恨めしそうにする。後で同僚からは「お前何したんや、あんな年離れてる子にあれこれするのは犯罪やど」とおちょくられました。
これだけでもとんでもなく迷惑な話なのに、この女は仕事の後に尾行して来るので、「ええ加減にしとけよ」とゆうたらこそこそ逃げていき、これでさすがに収まったかとおもいきや、ある日大阪駅から阪神百貨店に向かう歩道橋の上でこの女に鉢合わせし「えー、偶然ですね、これだけ人が多い中先輩に会うゆうのはすごいことですよね、だからこれからの保証が欲しいんです」という。おまけに彼女1人でなく会社の女社員何人かを引き連れている。もちろん偶然なんかであるわけがなく、後で取り巻きの女子社員をといただしたら「あれは言われて後をつけてたんです」とのことで、やることなすこととんでもない。
こういうことを書くのは阪大の牟田和恵が「ここからセクハラ」などというくだらない本(集英社新書)を書いて腹が立ったからだ。セクハラはかなり前に上野千鶴子がバス会社で泊まりになるような長距離の観光の場合暗黙の了解でバスガイドはドライバーの相手をせなあかんという事態が長く続いていたことを問題にしていて、これは全くその通りだ。ただ以前の言葉狩り同様いくらでも矮小な方面に問題が拡大していくのはバカの通弊だな。
そもそも男女差別の最たるものは軍隊で、戦前の帝国陸海軍は女を差別して徴兵をかけなかった。そのため戦死の栄誉は一方的に男のみが享受して、恩給もなぜか男のみ、靖国も同様だった。女は銃後で生産活動や子育てを強制されて、その優れた攻撃的な能力を活かす機会を不当にも明治以来80年に亘って奪われ続けた。このことこそ問題にしなければいけないのになぜか取り上げようともしないのはどういうことなんだろう。
今朝は曇り空でしかし冬の雲が垂れ込めていて、風も強いという天気ではなくやたらに湿気があってぬくい。
先日お客さんのところに伺ったらちくま文庫のチェーホフ全集やイタリアのポッテンペルリ「わが夢の女」、創元ライブラリーの中井英夫全集、ちくま文庫の夢野久作全集、ちくま学芸文庫の正史三国志、ニーチェ全集、中公文庫のフロイス日本史全12巻などがあり、お客さんは売りたくなさそうでしたが「やはりこういういい本は読まれてなんぼですよ、こんなタイムマシンで持ってきたようにきれいな状態では本に申し訳ないと思いませんか、よしんばこれから読みたなったとしたら、私にゆうてください、昨日お届けしますから。だから売りましょうよ」とひつこくお願いして大半を売ってもらいました。ぜひみなさまお買い求めください。
夢野久作全集は11巻目がエッセイを集めた巻で、人気があります。彼の父親は例の「百魔」の杉山茂丸ですが息子は杉山龍丸ですが、坪内祐三が「古本的」で書いていましたが、相当な資産が親父や祖父からの印税であったはずなんだが、本人は終戦後東京で戦没者の状況を遺族に詳しく伝える仕事をしていた。役所から遺族に未帰還者の消息が判明したから来てくれと通知を出して出頭して来た遺族に戦死の具体的状況を、といってもどこらへんで死んだということだけなんだが、伝える仕事で泣き崩れる遺族を前にすると自分にもその辛さが伝わって来てしまう。やがて龍丸は私財をなげうってインドの緑化事業に乗り出すことになる。