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古本屋日誌

2019-01-08 11:54:00

今朝は穏やかな天気で薄日が差していて気温も高めで過ごしやすい。

先日青土社から小谷野敦の小説集「とちおとめのババロア」が出た。文学界の初出の際には編集部の指示で数行の削除を余儀なくされたとのことだが単行本では元どおりになっていてそれは25ページの6、7行目であるようだ。「在日とか部落とかいうのも、あながち大きく外れてはいなかったかな、と純次は思った。国籍がない、特殊な身分ということなわけだから…。」とある。

この小説は主人公の大学教授がネットのサイトで女と出会って寝たのだが女が実は皇族なんだと身分を明かすという展開になっていて、告白を聞いた主人公の純次の感想がそれだ。女から実はあなたに隠していることがあると言われて最初純次は在日か部落の出なのかなと思ったわけだがよもやの皇族なんですという告白だった。

皇族は確かに何をするのも不自由だし、勝手に出歩けないし、プライバシーもあってないようなものだし、儀式や祭典に体調がすぐれなくても臨まないといけないなど人間としての権利がないがしろにされていることは間違いない。これは戦後間も無く中野重治が「五勺の酒」で書いていたことでもある。

今月号の「朝日新聞」の月刊付録「globe」は世界の君主制の特集でコメントを求められた原武史は「天皇制は民主主義と相反する疑念がある」「天皇への批判は今なおタブーになっている」と述べて現在も天皇制が戦前と変わらぬ役割を果たしていると指摘していた。

原武史の言うことはもっともで天皇制は身分制度なんだからその辺のおっさんやおばはんより尊い人がいるということであって、民主主義と相入れないことは明白だ。  

それにしても天皇はかわいそうだ。孝明天皇は薩長に毒殺されたわけだし、昭和天皇だって2・26事件の際はクーデターで葬り去られようとしていたし、満州事変にせよ盧溝橋にせよ陸軍は全然言うことを聞かず、勝手に戦争を拡大してしまう。まあこれは実は民主主義が浸透した証拠でもあって、誰であろうと平等に発言権はあるし、やりたいことをしていいという民主主義的な雰囲気が陸軍に蔓延していたことがよくわかる。同時に命は一回限りしかない大切なものだとかいう「人命は地球より重い」を先取りするヒューマニズムも蔓延したため、「陸軍は命がけで戦っている英雄だ‼️」というおかしな思想も広まっていた。 

だいたい大衆の人命を重んじる思想などはもともとどこにもなかった。第一次大戦での三年半にも及ぶ塹壕戦にせよ日露戦争の203高地にせよ機関銃のトーチカの攻撃にさらされる中将兵はひたすら突撃を繰り返していたずらに倒れていったが、問題にはならなかった。まただいぶ遡るが大坂夏の陣など当時の人口からしても大変な数の人命が失われたが何の問題にもなっていない。ところが満州事変以来の戦闘で死傷者が20万人に達していることがなぜか問題視され「あれだけ死んだんだから簡単にはひき返せるわけがない」「英霊に顔向けできない」などという意味のよくわからない人命を重んじる思想が蔓延してしまい、当然ながら天皇の意向などは一顧だにされず延々と戦争を続ける結果となったのはみなさまのよくご存知のところです。

 


2019-01-07 11:59:00

今朝は晴れていて冷え込みがきつかった。郵便局にお客さんの注文をお願いしに出向き、来月から送料の値上げが決まっていました、これを機に送料を値上げするしかないなと思っています。先日ゆうパックでお送りしたところ、10日くらい経って郵便局からお電話をいただき「お客さんの出したゆうパックですが、不在票を入れたんですが期限内にご返事がいただけなくて今保管してますがどないしましょ?」とのことでした。

これまでもゆうパックでお客さんが受け取らなかったことは少しあって、いずれも何も連絡はないまま返送されてきてましたから、今回は初めてのケースでしたが、これは送った品物が全30巻くらいはあるセットものでこれをまた送り返すのは大変だからという事情があったためでしょう。郵便局にはこちらから「もっぺん不在票を入れたもうてとりあえず1週間様子見てもらえますか?それであかなんだら連絡もらえますか?」とお願いして了承してもらい、その後無事受け取ってもらえました。お客さんも何か急な用事で留守にせざるをえないことはあるでしょうから、こういうことは仕方ありません。

福本伸行の「1日外出券ハンチョウ」の4巻が発売となり、期待せずに読んで見たらこれが非常に面白い。3巻目は大阪や名古屋の不思議を探るというネタであったが、くだらない思いつきを未整理のまま書きなぐっただけでがっかりしていました。ところがこの巻は原作の萩原天晴が気合を入れたせいか、たとえが面白い上に、日常のちょっとしたことにまつわる話を敷衍してうまいことまとめていて感心した。

うまい飲食店の後継問題を取り上げ、社会人時代にかよていた天丼やに地の獄から1日外出券で訪れたら娘が婿をとって店を切り盛りしていて、幸いなことに味は昔のままで胸を撫で下ろした。しかしふと棚の置物を見ると昔は親父の趣味で大きな王将のコマの彫像がでんと据えられていたが、今はその王将に可愛らしいクマのぬいぐるみがマウンティングしていて、王将は息も絶え絶えだし、天丼を食べた後に後味を帳消しにしてしまうチーズケーキが出てきて、ハンチョウは沈黙してしまう。

てなぐあいだがまた比喩が楽しくて、行列ができる親子丼専門店がメニューに「ふわとろ玉子丼」と「ふわとろ」を冠していたり、オーダーの時「玉子丼くれ」と言ったら店主が「ふわとろ玉子丼ですね」とわざわざ言い直したりして、どんどん失望の予感が高まることを走り高跳びにたとえて巨大なハードルが目の前に立ちふさがっている絵で示す。以前「SPA」の「ダメンズウォーカー」で倉田真由美がやってたようなもんだがなかなか面白い。

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2019-01-06 11:37:00

今朝は寒さも大したことはなく、冬らしい乾燥した雰囲気もなくしっとりしていて過ごしやすい。

耐震工事中だった南座がオープンし夜の部で「義経千本桜」がかかり先日Eテレで放送があり「小金吾討死、すし屋」を見ました。いつものことながら主君の維盛の息子やよめを助けるために自分の嫁と子どもを身代わりにし、その責任を取って自らも父親の手にかかって死ぬとのお話で、くだらないといえばまことにくだらない。

封建道徳が跋扈していて主人のために命をはるのは当たり前で、理不尽だとは思われていないことがよーく理解できますので、そのようなふざけた社会に自分が生まれなかったことには感謝しました。

妻子が梶原景時の手の者に引かれていく、子どもは名残惜しそうに父親の方を何度も振り返りながらとぼとぼ歩いていく、父親は仁左衛門なんだが眼も血走り、ガバリとひれ伏したり、打ちふるえたりとこちらも苦悶の姿、これが長く続く。これはヒーローがやられるシーンなわけで、ウルトラマンが磔にされてゼットンにやられるシーンとか横溝正史の「女王蜂」の大道寺智子が密室で犯されてしまうシーンとか石原慎太郎の「月蝕」みたいにスケベな父親にやられるようなもので聖なるものが汚される時に思う理不尽さです。

ウルトラマンは地球を侵略から守ってくるヒーローだし、大道寺智子は絶世の美女ということになっているし、まあその魅力は平成のわれわれにも十分わかるので共感できます。しかし「義経千本桜」は平維盛の嫁とか息子とかだったり、果てはすし屋のごんたの嫁と子どもですからね、あんまり感情移入できません。配役が片岡秀太郎ですからね、昭和16年生まれの爺さんです、これではやられる女に漂う色気や悲壮感は出ない。むしろ仁左衛門の孫の千太郎は当たり前だがなかなかのイケメンではまり役に思えるがなぜか切られて死ぬ小金吾役で残念だ。


2019-01-05 12:48:00

今朝は少し雨が降っていて、空は厚い雲に覆われているので風もなく気温も高い。

スバルが以前放送していたCMは車社会の病弊をよく表したもので、見ているだけで腹立たしかった。田舎に帰ってきたおじさんに、レーサーに憧れる子どもが車に乗せてもらうんだが、「レーサーはまっすぐ前しか見ない」などとスピード狂をあおるようなセリフを吐き、2人で疾走するというもので、こういうふざけたCMばかりというのが車の宣伝だ。

そもそも都会ではマイカーそのものが無用の長物であるし、田舎においても気分良く疾走するなどというのははた迷惑なわがままな行為以外の何者でもない。タバコの害はひつこくいうくせにクルマが垂れ流す排気ガスや騒音には極めて寛容という愚かしいダブルスタンダードも問題だ。

こういうCMにおだてられて疾走して死亡事故を引き起こすものが絶えないのは理の当然なのにもかかわらず、責任は暴走した人間1人に着せられるのも不思議だ。トヨタや日産をはじめとするメーカーは暴走をあおるだけあおり、事故を引き起こしているのに、我関せずと知らん顔をしているのは滑稽だ。そもそも合理的な判断もできていないのだろう。


2019-01-04 15:33:00

今朝はやはりあまり風もなく穏やかでした。あさから仕事でしたがまだ出勤する会社員や店員さんも多うはのうて静かな滑り出しです。

「週刊ポスト」の1月11日号に井上章一の「ホンマはおもろない大阪人」が載っています。これは先日幻冬社から出た「大阪的」を要約したもので、例の大阪のおもろいオバハンとか下品なオバハンのルーツは1983年に放送が開始された「まいどワイド30分」という番組で、ここで制作側がおもろいと判断したおばさんだけを選考を経て登場させ、つまりは下品な人のオンパレードとなってそのイメージが定着したといいます。

まあそういう面もあるだろうが、関西国際空港も「大阪」を冠していないわけで、関空のできた時にはすでに大阪はその輝きを失っていました。阪神タイガースも元は大阪タイガースであり、ホームグラウンドの甲子園は兵庫県の西宮市のあるわけだが、誰も大阪タイガースを不思議に思わなかった。ところがずっと前から「甲子園は兵庫県でしょ、大阪違うよ」とタイガースを大阪から切り離したい発言をする人が多くなっている。京都では「上方」という本来京都と大阪を指す言葉を全く使わなくなっている。上方舞とずっと言ってきたのに今は「京舞」という。もちろんこれは「上方」という言葉は大阪をイメージするとして嫌われているからだ。ここら辺も細かく井上には取り上げてもらいたいものだ。

また井上はソープランドも大阪では発達しなかったと書いているが、鶴見緑地での花の万博まではミナミにはたくさんのソープランドがあった。花博で国の内外から観光客が見えるということで浄化キャンペーンがあり取り潰されたのだが、これはどうなのか。圧力がかかると手を引いてしまっのだから、大したことないと考えるべきなのかなあ。