Welcome

古本屋日誌

2019-02-02 11:22:00

今朝は抜けるような青空が広がっていて気温もぐんぐん上がり爽快な、冬らしくない1日です。

堀江貴文がこれからなくなる職業の話を書いていて、例えば新聞配達を挙げていた。今でも要らないのではないかとして、すでに紙の紙面よりも充実したネットで紙面があってコピーもできるわけだから、朝に夕にバイクや自転車を使い、雨の日も風の日も雪でこけそうになるような日であっても戸別配達されているのは人の使い方として無駄ではないかという。紙で読みたいとかインクの香りがいいとか、朝刊を決まった時間に読むのが習慣になっているなどという利点はわがままなのかもしれない。天牛堺書店は4日に一度古本のケースを総替えして販売することを長年続けてきた。社員でもそういう売り方は珍しいのではないかと全国の古本屋を調べたことがあるそうで、「うちのような総替えをして販売する店はみつからなんだわ」と言っていた。

本は重たいし、いろんな形があって揃えるのがまた手間だし、おまけにカバーも傷がつきやすい、更に帯の付いているものも単行本はあり、これが破損したり、あらぬ向きについてしまったりと面倒が増える。さらに販売開始時刻になると客が集まってきて我先に本を見ようとするものだから、作業の邪魔になるのだが客ということもあって叱りつけることもしづらい。

たいていというか天牛堺書店を除く全国のあらゆる古本屋は売れて棚が空いた所にだけ新しい本を補充して終わりです。当たり前ですよね。それを究極の客向けサービスとして総替えをする。これは大阪に伝統的に受け継がれている価値観の表れではないのかな。

仕事はお金をもらうわけだからその過程が大切で、楽をして稼いではいけない、額に汗して頑張るのが仕事で、だからお金は大切なものだという価値観ですね。宇野浩二の「大阪」とか織田作之助のエッセーなんかに縷々語ってあるところです。要するに仕事は修行みたいなものだから、その結果としての金銭も価値を置くということですね。

昨日天神橋筋2丁目の「更科」で昼過ぎから板わさやら、出汁巻、やらトンカツやらをあてに清酒をいただき、締めにカレーそばを食べた。大きな鉢に肉もたっぷりで、そばの味もルーに負けないしっかりしたものでなかなかの逸品だった。話によると阪急電車三宮駅の西口の二階には「カレーそば発祥の店」と称するうどん屋があるそうで、あたりが閑散とする中で一人気を吐いているとのことなのでぜひとも訪ねていきたいものだ。

この「更科」のすぐ北側には近江コーヒの「伊吹」やお茶の専門喫茶もある。ここは煎茶や抹茶、玄米茶、黒豆茶など様々な日本茶の加えてスイーツの類も魅力的だが中でも驚くのがお茶碗が店頭にたくさん並べてあり、客が好みの腕を指定できるサービスがあることだ。私は面倒なので「あんたにお任せしまっさ、よろしゅうに」てな感じなんだが、そうすると客の服装を見て合う茶碗をチョイスして出してくれる。昨日は緑のセーター姿だったが窯変天目を思わせる青く輝く茶碗だった。


2019-02-01 00:06:00

しかし天牛堺書店は破産を選択したのだが、民事再生は十分可能だったのではないのかなあ。

だって去年の段階で売り上げが18億からあって、負債は16億程度なんでしょ、古本の営業所は10カ所あったわけだから均したら一カ所で年間2億くらいいってるわけだから立派なもんだ。銀行に頼んで再建計画を出せば合理性があると思うんだけどなあ。

天牛堺書店はその店舗はどこもかしこも駅近、駅ナカ、高島屋の中、オープンしたばかりのイオンの中というような交通至便、つまりどの業種にとっても垂涎の立地だったわけだ。銀行にとっては天牛堺書店なんかではなく、飲食店やブランドショップにして金を貸した方が儲かるとの判断をしたのではないのか。
まあ銀行は所詮金貸でしかないわけだからそれが金儲けにとって合理的な判断なのかもしれないが、われわれ客の側からしたら腹がたつ。そんなどこにでもあるような飲食店 や、くだらないブランド店こそ不要と思うからだ。
ナオミクラインが主張した「ショックドクトリン」を今回も発動したのではないかと勘ぐりたくなる。「ショックドクトリン」とは地震や大火などの自然災害を利用して今まで手がつけられなかった地域を「ここは事故が起こったら緊急車両か入れないから」とか「津波が来たら水没する危険性のある地域だから住むのは危険だ」などともっともらしいことを言って全体を地上げしてあとは道を広くしたり、一部公園を作るなどするが大半は高層住宅やショッピングモールにして利益をあげるという手法のことだ。
だいたい大阪は特に合理的に金儲けしようという考えはなく、堺東など高島屋の中に巨大な敷地をとって古本屋の天牛堺書店があるわけだし、天下茶屋の南海と地下鉄を直結するビルにも大きな天牛堺書店があったわけだ。天下茶屋など関西新空港から大阪市内へはいる玄関口なもんだから、外国人もいっぱいいる、外国人て日本語はほぼむりだろうから古本屋はスルーしてしまう。

金儲けを普通にしたいという合理的な思考があれば、古本屋などというおかしなものに地所を割ることなどなく、飲食店やブティックやブランドショップしたほうがよっぽどいいわけだ。全国どこでもそうしている。しかしなあそういう金儲けばかりして何が面白いんだろうかね?
つまり大阪は金儲けなんかどうでもいいと思ってきた街だったし、そう振る舞ってきたのにバカな連中がその伝統を破壊しようとしているのは腹だたしい。

昨日所用で阪急電車の淡路駅から正雀に行かなあかんことがあり、準急でとりあえず上新庄まで出て次の駅で特急やら快速急行やらまた特急やらと三本もの通過待ちがあり、その間延々とドアを開けっ放しにした車内で待たされでイライラした。阪急電車は線路がたったの2本しかなく、特急やらをそれなりの本数走らせようとなると普通しかとまらない駅はこういう扱いを受ける。

その点京阪電車は萱島まで複々線となっていて、たとえ普通しか停まらない駅ですら、大して待つこともない。どう考えても京阪沿線の方が便利で都会的ですわ。


iPhoneから送信


iPhoneから送信


2019-01-31 00:04:00

橋本治が死んだ、まだ70だというから残念だ。

橋本は今の50代くらいの人にかなり影響受けている人がいる。「江戸にフランス革命を」や鶴屋南北の研究で知られる。しかし何といっても稀代のいちびりで河出書房から出た「桃尻語訳 枕草子」は面白かった。清少納言をギャルのように捉えて「春ってアケボノよ❣️」てな感じで現代語訳し、しかもとっつきにくい平安時代の有職故実を楽しいイラストで身近なものにした。私は寝殿造りの館のベッドのねきに一対の狛犬が魔除けで置いてある橋本の挿絵を見てびっくりしたことがある。狛犬は神社の神さんの前にいるから貴族は神さんみたいなものかと思ったわけだ。
橋本はエッセイも面白く河出から出た「ロバート本」は100本もの短い論考が収めてあり例えば芥川龍之介の杜子春を批判して「こんな子どもだまし」と小気味よくば倒し、もちろんこの小説には支那の原典があることも知っているから「そんな程度のもので創作だとお茶をにごし」と 筆は伸びていく。今でこそ芥川のこういう今昔物語や世説新語を元にした作品を「これで創作と言えるのか?」と批判するひとはいるけど橋本はずいぶん前から指摘していたわけだからあたまいいよねえ。


京都の古本屋で驚かされるのは文庫本、新書本の扱い方だ。店の中に置かず店外の道に面した棚や平台に適当に詰めてある。それも1冊50円や100円の擦り切れた新潮文庫やカバーのない古い岩波文庫なんかではなく、それなりに人気があって値段もついているような講談社学術文庫やきれいな岩波文庫、ちくま文庫が無造作に店の外の棚に詰め込んである。
河原町通に面しているような老舗のお店はその傾向が高く「キクオ書店」など店内に入るたくさんの洋書や京都関係の本や図録を置いているが、文庫や新書は全て店の外の棚に詰め込まれている。
こういう本屋を見ていると大学の専門家のためだったり、あるいは稀覯本を目を皿のようにして追い求める古書ハンターなんかを対象にしているんだな、骨董品屋みたいなものだと感じる。専門書と新書などの啓蒙書は私は何の違いもないと思っている。専門書は論証過程が細かく記されているが、そのような試行錯誤に我々が付き合わなければならないいわれもないし、必要な結論がそれなりの脈絡をもって書いてあれば十分だと思う。



iPhoneから送信


2019-01-30 00:18:00
月曜日に飛び込んできた天牛堺書店の破産は本当に衝撃的だった。
堺筋本町駅に隣接する船場センタービルの3号館の一階に船場店があって、ここは古本だけを置いている店舗とサラ本と古本を合体した店舗に分かれていた。
古本専門の店はプレミア写真集、徳川時代の大阪の地図、大阪本、落語の本、戦前の文学書、図録、マンガのセットに加えて4日ごとに一新する均一本の台があって、サラ本と合体した店舗には雑誌、話題の本、フランス書院文庫、その他の文庫本などが新刊で並んでいるのに加えてサンリオSF文庫、平凡社ライブラリー、ちくま学術文庫、講談社学術文庫の古本コーナー、文庫、新書、マンガの均一台があった。
ここで例えば木山捷平の旺文社文庫「耳学問、尋三の春」岩波文庫の「常山紀談」なんかをそれぞれ250円でこうて地下二階に降りてエレベータのすぐ近くにある蕎麦屋「かなん」でカレーそばを食べる。そば粉の味がしっかりしている肉カレーで、おにぎりを頼んだらうまいだし巻きも付いてきて言うことなし。
もっと腹が北山の時は少し通路を二号館のほうに歩くと有名なシュウマイの「一芳亭」があってたっぷりの酢豚にごはん、シュウマイ、スープのついた定食を食べればよかった。さらにその横のサテンは地下通路にテーブルと椅子が置いてある席があって、2時から5時まではサービスタイムでコーヒが170円で楽しめるし、コーヒーゼリーにアイスクリームの乗ったやつが250円で食べられて、今こうてきた木山捷平をじっくり読みながらくつろげる。
先週の金曜日に船場店に出向いて忙しそうな店員さんに「前はこのお店の中で本の値付けをしてましたよね?」「そうなんですわ、でもね、この頃は本部のある古本センターで全店舗み回す古本の値付けをしてしまうので、船場店では送っきた本を並べるだけになってるんですわ」「まあその方が気楽ゆうたら気楽ですよね」というやりとりをした。

2019-01-29 00:03:00

天牛堺書店の破産は晴天の霹靂で何も手がつかない。
最盛期には20店舗を数えていたがこのところ10店舗前後となり半減してしまったが、リストラで不採算店を切ってスリムになってかえって良かったのかなと思っていた。

先日も堺東高島屋店の店員さんと話して「前は撤収作業も1時間くらいでやっていたのに今はなあ1時間半かかんねん」というので「まあ今の子は重たいダンボールと格闘するのも気合入らへんやろし30分余計に金払わなあかんのはどうなんやろ思うかもしれへんけどなあ、そんなん言うとったら嫌われるで」というような感じだった。破産は店員にも寝耳に水だったのではなかろうか。
この古本屋の売りは4日ごとに一新される均一本なんだが、岩波文庫の横にフランス書院文庫が大量に並んでいたりとなかなか面白かった。1日目はそれこそ仕入れてきた本をそのまま平台にぶちまけたような並べ方で楽しかったし、2日目からは時代小説の平台、岩波文庫、講談社学術文庫の台、創元推理文庫やハヤカワ文庫、幻冬社文庫の台と店員が店番合間に懸命に揃えていた。まあこれはそもそも玉石混交を魅力にしているのだからいらんお世話だという客もいたが見やすくなったことも確かだった。

古本の棚を4日ごとに入れ替える、しかも少し昔までは3日目に総入れ替えもしていたわけで、ぶちまけたような並べ方ではあるが、面白い本がいくらでもあった。聞いた話では東京に社員を常駐させて業者の市などで大量に本を仕入れてトラックで大阪に運び込んでいたそうだ。それにもかかわらず売上が低迷したというのは竹内洋のいう「教養主義の没落」つまり左翼運動の衰退という歴史的な流れの産物なんだろう。そうだとすれば時代の流れに抗うのは難しい。しかしあれだよなあ、あんなに駅ナカとかイオンモールとか交通至便の地代の高いところに全店舗出すことはなかったよなあ。駅からかなり離れた住宅地、規模が大きければ山の中であっても十分やっていけたと思うけどなあ。

iPhoneから送信