Welcome

古本屋日誌

2019-01-13 10:48:00

今朝も冷え込みはゆるうて、おひーさんも出ていて気温は高く過ごしやすい。 朱川湊人の「虹とのら犬」が入りました。朱川は「いっぺんさん」などの児童文学で面白い作品をものしていますが、今回は恋愛です。

小学生の私は手のつけられない乱暴な少年ですぐに友人にも暴力を振るってしまう、両親が離婚したストレスのはけ口にしている。ある日いつものように殴りつけているとたまたまいじめられていたクラスメートの渡辺薫子を助けることになった。

薫子はなんとか私にお礼がしたいのだが、「住んでいるところを知らない」という理由で果たせず、高台にある観音さんに「どうかもう一度会わせてください」と毎日願掛けをする。おんなじ学校なんだから、放課後つかまえるとかしたらいいと思うんだが、この薫子は友人にも「あほる子」と呼ばれているあかん子だということになっている。

なぜか神頼みが通じて私は観音さんに行き薫子に出会うことになり、お礼を言われ更に「笑い顔が好きだ」と告られる。私はストレスからちょっとしたことでも友人手をあげる自分を嫌悪しているのに「心根のひねくれた乱暴な私」を好きと言ってくれるので嬉しくて涙をこぼしていい雰囲気になって行きます。

自己嫌悪にさいなまれて、「俺は全然いけてない」と思ってるのに「かっこいいねー」とか「才能もあるし、イケメンだし、すいとるんよ」とか言われることが男も女もいくらでもあるわけです。これは親や教師から「お前は能力も高いし、顔もいいし、背も高いから頑張ったらもっといい学校に入れる」とかコーチから「まあちょっとミスが多いけどだんない、だんない、やればできる子や信じてるから」とプレッシャーをかけられるのとおんなじですね。

告ってきた女に操られてそのイメージに合うようになろうとしんどい思いをすることになったりします。親やコーチはまだ日頃の子どもの仕草やプレーをそれなりに把握していますからあながちデタラメばかりをしゃべっているとは思えませんが、女の方は単に本能の命じるままにこの男をとらえたいと勝手に動いてるだけなんです。ところがなぜかやかましい親とコーチには逆らっても女には逆らえなくなって苦しい思いをする男も多いのは困ったことですな。

かくいう私も以前女から告られて付き合う羽目となり「頭がいいから好きだ」とかまるで的外れなことを言うので唖然としましたが、予想通り数年もすると実は怠惰なだけのバカだということが女にもわかり「あんたなんか何にもでけへんバカやないの」といわれて離れて行きました。それは初めから分かっていることで、女が性欲の本能にかられてか、そもそもバカで人を見る目が全くなかったかで判断を誤っただけです。しかし自分のことは棚に上げて男を批判するわけですから困ったもんです。

 


2019-01-12 11:55:00

今朝は冬空で厚い雲に覆われているものの、なぜか気温は高く過ごしやすい。

早くも20万部を突破し評判の新井紀子の「AI vs 教科書が読めない子どもたち」を入手しました、ぜひお買い求め下さい。

新井紀子は人工知能の精度を高める研究を行っていて「東ロボくん」なる人工知能を鍛えて東大の入試を突破できるくらいまでに育て上げるプロジェクトなんだが、数学や社会などはかなりいい線いくのだが、英語や国語は思わしくなく模擬試験では偏差値57くらいまでしかいけていないという。理由としてAIには理解という作用がないし、我々が判断のもとにしている常識も欠落しているので選択肢を識別させるだけでも膨大なデータの読み込みが必要となるからだという。

現代文のマークシート問題では傍線部付近に使われている単語を調べ上げてそこに出てきている単語と選択肢の単語を比較して一致する個数の多い選択肢を正解として選ぶのだという。まあそんなことしてたらあきませんよね。英語でも「あとちょっとで本屋に着くさかいな」「⁇」「あーようあんねん、ようあんねん」「塩梅しとかんとあかんでー」「今度はきつうにしとくよってだんないわ」というやりとりの「⁇」に入れる表現を選ばせるやつでAIは「ちょっと!あんたもう着いてるで‼️」をえらんでしまう。もちろん正解は「あんたなあ、靴のひぼがとけてるで!」です。

新井紀子は人工知能は人類に刃向かうようなことはないし、人間の知能を超えることもないが、すでに大学入試でいえば偏差値57、MARCHくらいのレベルに達していることは脅威だともいう。それは今の子どもたちの文章読解力が低下していてAIのレベルにも遠く及ばない子どもがたくさんいるため、人工知能によってこれらの子どもたちの就いていたであろう仕事が奪われてしまう重大な危険性があるという。

それどころか今の様々な職種の半分くらいはAIに置き換え可能だから早晩人間は職を失ってしまう可能性があるとまでいう。

新井はなんでも読解力がない子どものために力をつけさせるプロジェクトもやっているそうだが、そんなもんうまいこといくわけがない。社会の中で適合できないバカをどうするかという問題は大昔からいろいろ考えられているのだが新井紀子のような解決法は最も意味のないものだ。もっとちゃんと勉強してもらいたいものだ。


2019-01-11 12:59:00

今朝はえろうぬくうて風もぬるんでいて、まるで春になったかのようです。

有村架純の写真集「CLEAR」が入荷しました、ぜひお求めください。auのCMに出ていて珍しくセリフと表情の使い方がうまい俳優だと思いました。その後行定勲が監督をした「ナラタージュ」に出ていて、この映画は先ごろ直木賞を受賞した島本理生原作のもので、島本はむしろ芥川賞がふさわしい文体の持ち主で、映画も面白かろうと期待して見ましたがつまらなかった。これはそもそも原作がくだらないからで、高校の先生が好きでいつまでもズルズル引きずっているよくある女を描いた、品のないメロドラマに過ぎず、なんとかならないものかと思いました。

有村架純はさすがにうまいんですがこの映画もそうですがテレビドラマの「中学聖日記」もそうなんですが、脇が甘くていくらでもつけ込まれそうな女をハマり役にしてしまったのではないかと感じた。まあ表情からして押しに弱そうな、真面目な感じがあるから、本人がやりやすい配役を選んでいるとも言えるけど、幸彦さん役から変な役ばかりになってしまった佐野史郎や、異常者役がうまい藤原竜也みたいになるおそれもあるな。

この写真集「CLEAR」にはインタビューが収めてあって役者デビューして2年ほどは詳しくノートをつけて芝居を研究したことや、それにもかかわらずつまらない演技をしてしまい「こんな芝居しかできないなら役者やめなさい」と叱られたことや、ドラマの撮影でアップアップになってしまい楽屋で1時間も泣いてしまったとか真面目な性格がよくわかるエピソードが書いてあるけど、まあどんな仕事にも苦労なんかあるに決まってるし、俳優なんかそもそも浮き草稼業の非常識な仕事なんだから、分かりきったことを言わないでほしいところだ。この本の中で行定勲は「悪役に挑戦してほしい、その天分が彼女にはある」と期待を表しているのだが、正しくそれができたらいいんだけどね。まあ無理でしょうな。

先ごろ勝新太郎の対談集「泥水のみのみ浮き沈み」が文春文庫で出たが、何と言ってもビートたけしとの対談が面白い。勝新太郎は役者というものはそもそも非常識な日常を生きるんだから、高みに達するにはクスリをやらないといけない、「お前もやってるだろ?」と真顔でたけしに聞いてくるがたけしは「やりません、役のためにヤクをしないといけないという理屈がわからない」てな感じの噛み合わないやりとりが続くんだが、そりゃあヤクでもクスリでもやってすごい芝居を見せてほしいとしか思わないな。


2019-01-10 15:26:00

今朝はやはり寒さが厳しかったんですが、次第に和らいで日差しも出てきました。

雄猫が郵便局に出荷に行くときに外に出て斜向かいのお家の庭に走り込み、姿は見えるのですが呼んでもいやいやをして出てきません。例の「ちゅうちゅう」で釣ろうと思いましたが、近くを人が通りがかったのが気になったようで餌には目もくれずに家の中に飛び込みました。

時々お客さんの注文の本がなぜか見つからないとかがあります。うちでは仕入れた順番に本を並べていて、文庫と新書、単行本の三種類に分類しています。ところがどういう具合が見つからないことがたまにあります。仕方ないので仕入れの伝票やデータを確認して「仕入れた時期からしてこの辺にあるはずだ」と探すんですがうまくいかない。

「読者の世界」で名高い外山滋比古にセレンディピティに関する本があってアメリカ海軍が潜水艦のソナーを探知する研究をしていて、たまたまイルカの交信音を見つけたことがあり、作業中にまるで関係ない別の発見をすることを「セレンディピティ」というのだそうだ。

外山滋比古はこれを敷衍して万年筆を探していてどうしても見つからない、その後ある手紙が見つからなくて探していたら前回探し当てられなかった万年筆を見つけることができたことがあり、「これもセレンディピティの一種」だという。

まあそういうことがあるのかもしれないが、万年筆も見つからないし、手紙も見つからないようでは整理整頓が全くできてないわけで、それを本当は問題にしないといけない。彼は研究者としては一流で日本人の親族呼称の特徴を明らかにしたり、「読者の世界」でそれまでは集団で音読していた読書が黙読となり、癒しを与えてくれるものとなって大量の読者を獲得していく様を描いたりした。しかし根は図太い、ナルシストに見受けられる。テコでも動かない自己肯定が小気味好いくらい。

「朝飯前」の語釈に関しても辞書でいう「簡単な仕事だ」は正確ではなく「本来は難しい仕事だが朝飯を食べる前にやるので簡単だ」という意味なんだという。つまり勝手に朝ごはんを食べる前に作業なり、仕事をしたら頭の働きが活性化されるのでいつもより能率よくできると主張したいわけだ。

そんなのは外山滋比古の思い込みで、なんの根拠もないたわ言なのだが、本人は信じきっていて、朝起きてもずっとご飯は食べずに仕事をして昼ごはんと合わしてブランチを食べ、「これは非常に能率よくできる」と悦に入りまた眠たくなって昼寝をしてもう夕方近くに起き上がって外は暮色ご漂うが「今起きたんだから朝なんだ、朝ごはんを食べずに仕事をしたら大丈夫」と言って無理から夕方を朝だと思い込もうとしてそれが仕事の能率を上げるというのだから大したものだ。


2019-01-09 12:12:00

今朝は珍しく風が強うて気温はそこそこあるものの、体感温度は厳しい。おかげで洗濯物はすぐに乾きます。

以前ちくま文庫から「田中小実昌エッセイコレクション」全6巻ご出ていて、昨今これのダイジェスト版が刊行となりましたが、やはり人気のあるのは映画評論のやつと6巻目の自伝です。非常に挑発的なものことをさらりと書く、あとは分かれよとでも言いたげなフレーズはかっこいい。

映画編では例の松本清張原作、野村芳太郎の「砂の器」を評して「くだらない映画だ、とにかく仕方がない」と突き放した書き方をした上で「ああいうものが人気が高いのを見ると大衆というのはバカだとしか言いようがない」とまで言う。田中小実昌はその上で松本清張の映画でこれは‼️というものを挙げているのだがそれについてはご自分でお読みいただくとして、確かに映画の砂の器も文学のそれも面白いものではないですね。

らい病になっていた自分の過去を消し去りたいためにそれを知る人間を次々消していくなどというのは下手くそな探偵小説そのもので、そんなことしたら殺さないといけない人間が何万人ではきかなくなるでしょう。それを3人で済ますというのは御都合主義でしかありません。

映画の方は犯人がピアノを弾くのに合わせて延々と過去のいじめの歴史がフラッシュバックされて映像化されてますが、いじめられて大変だったとか、本当の親子だと名乗りたいが名声を失うのを怖れてそれができないとかが画面からはうかがえますが、だからどうなんだとしか言えません。病気による差別はいわば公認された差別で、それが許されないことは世間一般の常識となり、差別するものを叩くことも正当化されています、これがつまらないわけです。お涙頂戴が十分に期待できるフィールドで、それを十二分に計算しつつ映像化することがくさいだろうと思うわけです。

翻って大阪への不当な差別は差別することが公認されていて、東京や横浜、千葉に行くたびに「さあ待ってました‼️ゼニの話をお願いします」やら「大阪の人のわりには全然面白ないね」やら「さあなんか言え」だの不当な扱いを散々受けてきて、腹も立ちそれをその場で言ったり、いろんな場で聞いてもらったりしてきましたが、残念ながらみんな笑うだけで相手にもしてもらえません。みなさん、あれですね地方差別には寛容なお方ばかりですね。