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古本屋日誌
今朝はまたも朝寝をして8時半くらいに起きたので、さほど寒うものうて、おひぃさんもいい感じで気温はぐんぐん上がってきています。郵便局にお願いに行く際も去年などは帽子に手袋をつけて防寒対策をしておかないと身体が冷えてしまいましたが、今年は打って変わっての暖冬で、特段の対策も必要なくありがたいことです。
京阪電車の大和田駅は複々線の高架上にありますが、下に降りる階段とホームでを区切る塀にはホーム側は赤いタイル、階段の側は白いタイルが貼ってあって、そのコントラストご非常のきれいです。ぜひともご笑覧ください。私の最寄りは萱島駅ですが、ここはホーム側が緑と褐色で内側が白い板なのであまり映えません。そもそもなぜ内側が白い板なのか、大和田のようにタイルの方がずっといいのになあ。残念だ。
NHKで芸人の先祖を探る番組「ファミリーヒストリー」をやっていてこないだは伊東四朗が平家や源氏に先祖が行き着くという話になっていた。
しかし確か小学校の算数で確率というのを習った覚えがあって、そこでは場合の数も学習した。自分の親は父親と母親で2人いて、そのまた親は4人になってと辿っていくと先祖の数はすぐに天文学的数字になることはバカでもわかることだ。つまり今生きている日本人全員が桓武天皇の子孫と言えるし、聖徳太子の子孫ともいえるのだ。
まあ伊東四朗とかその辺の芸人風情はバカだからその程度のこともわからないのは仕方がないが、算数的事実も心得ずありがたがっている連中がいっぱいいるのにはイライラする。
だいたい平家や源氏の子孫だからどうだというんだろう。身分制度が大好きで人間に貴賎をつけたいということなんだろうかね。こういうのは身分制度を肯定するのと同じで、差別そのものなんだということに無頓着なのが腹立たしい。
大阪差別、出自による差別、血液型による差別は今の大衆の大好きな三大差別で、本当にくだらない。
今朝は久しぶりに朝寝をして10時くらいまで寝てもうその時分には気温も上がってきました。
千林商店街に「味華園」というなかなかうまい中華料理屋があったんですが、先日久しぶりに用事で行ってみたら「入居者募集」のプレートが付いていて、驚いてすぐ前の楠書店のおばさんに聞いてみたら「おじさんがね〜腰悪しはって、しゃあないんで3ヶ月くらい前に店畳はったんよ」「さよかー酢豚定食とか500円で食べられたしごっつう残念ですわ。じゃあけど確か背の高い娘さんがいてはりましたよね、婿さんでもとって跡継がしたら良かったのにね」
「そんなもん食いもんやなんかえらいだけで、ええことおまへんやん、あの娘さんも結婚したかて、後は継がなんだ思うよ」とのことでした。まあ確かに中華料理屋でもラーメン屋でも営業時間の他に仕込みの時間もえらいかかるし、掃除やら片付けも手間入りだし月に25日くらい店を開けて売り上げがまあまあいっても、手取りとなると50万くらい、これでものすごい拘束時間となるわけだから、よっぽどの物好きやないと勤まらない。
「プレイガイドジャーナル」の1983年以降の、つまり大型化したやつがかなりまとまって入りました。ぜひお求めください。大阪が誇る古本屋「天牛書店」の創業者新一郎の93の時のインタビュー記事が載ってます。言わんでもええのに新一郎さんは「これはあんまり言いたないんやけどな、私のけじめとしてゆうておかなあかん」と前置きしてあれこれ語り出されました。その内容は………。
今朝はよう晴れていて爽快、風もなく冬の終わりを告げているかのような晴天です、雨上がりで大気はしっとりしていてそよ風が吹き外出日和です。
橘玲の「もっと言ってはいけない」(新潮新書)が出ました。黒人と白人のIQに明らかな差があることや、精神疾患も遺伝の要素がかなりあることなどをわかりやすく解説した本です。
70年代のアメリカの公民権運動では黒人は差別されているがゆえに知的な能力が劣っているのだから、差別は許されないし、生活環境全体にわたる底上げを図ることで白人と同様の能力を取り戻せると考えられました。アファーマティブアクション、つまり大学入試にせよ、企業の採用にせよ黒人にゲタ履かせて優先的に採用する措置もとられて、環境面の改善とあいまって早晩能力差は解消されることが期待されたが、ご承知の通り依然として黒人と白人の能力差は歴然とあり、これが「黒い憂鬱」と称されてリベラル、進歩的な知識人の悩みのタネとなっています。
まあこれはアメリカの話だから我々にはどうでもいいことなんですが、この本で取り上げられていて衝撃的なことはAIが跋扈するであろうこの先の展望に関する話です。
パソコンなどを使い普通に業務が行える労働者は現在でもそんなに多くはなく、今後それらの業務もAIに置き換えられていくから、それを上回るスキルを示せる労働者はさらに減る。新井紀子の主張を裏書きするような内容ですね。目覚まし時計が発明されるまでは「朝起こし人」という仕事があったそうですから、時計の発明でこういうアナログな仕事は失われ失業の憂き目にあったわけですが、産業革命のおかげで工場労働者としてなんとか吸収されて飢え死にすることは免れた。しかしこれから起こるであろうAIによる改変では失われる仕事の代わりとなる職は容易なことでは見つからない。
でもまあ、世の金持ちは単に自分のことしか考えず合理的に金儲けに狂奔しているだけですからね。お釈迦さまのおっしゃる「慈悲」の精神など何もない。自分より劣っているたくさんの人たちを見て憐れむというのは偉大な知恵です。
今朝は夜前から雨で時折やむ時もあったが、ずっと降り続けています。
森晴樹の「プガジャの時代」を入手しました、帯も付いていますので、ぜひお求めください。
「プレイガイドジャーナル」の草創期からの各編集長のレクチャーをまとめたもので、1980年代の初頭大卒の初任給が14.5万だった頃に、2万5千円くらいの給料だったとある。毎月4日に編集部に集まり16日の出校日まで怒涛の作業が続き、特に13日以降は連日徹夜となったというが「それでも肉体的にはきつかったが、たのしかった、給料が2万5千円でも行けてしまうんです」という。
いくら物価も安いとはいえこの給料ではと思うが、ラジオのコントの台本を作る仕事があったりしてそこである程度ちゃんとした収入得ていたようだが、それにしても映画の試写会をタダで観にいけたり、ポスターをもらえたりとかの特典があるとはいえ、不思議な高揚感のある時代だったんだなあ。
ダウンタウンの芸が面白くなかったとの記事を掲載したところ吉本興業から厳重な抗議が来て、しばらく「プレイガイドジャーナル」には吉本興業関係のイベント情報は一切掲載を認めないとなったことがあった。最終的には香川登志緒が頭を下げてくれて手打ちとなったが編集部は「ようやったった」と意気が上がる感じだったという。そりゃあ当然だよなあ。
今朝はかなり冷え込みましたが、晴れているので次第に気温は上がり風もないのでよい。
12月8日に死んでしまったメス猫のちきりんの写真と携帯ストラップが葬儀社から送ってきた。携帯ストラップは二つあり、丸く写真が加工して透明の円盤に収めてありそれぞれ金と銀の鎖で繋いであるもので、いつもちきりんの顔を拝めるのでありがたい。
以前実家でこうていた猫は白猫なんだがオッドアイで左目が青く右目が黄色でなかなかきれいな猫だったが、キャットフードなどという高尚な食べ物は普及しておらず、ご飯にかつお節をまぶしたり、煮干しをあげたりというような餌だったゆえか、隙あらばおつくりであれ、焼き魚であれ、たいたんであれ魚と名のつくものならなんでも盗って食おうという気概にあふれていたので、しばしばおかずが半減することがあった。
放し飼いであるのはもちろんなので、ノミがたかっていて、ブラッシングすると毛と毛のあわいさに黒いゴマ粒のようなノミがしがみついている。ビニールの袋に収納してしまうのだが、何かの拍子にこちらに飛び火して二の腕あたりに留まり、吸血していることもあった。人間の血を吸うノミは今までは黒い円形だったものが、縦に細くなり、黒い棒のような形だった。履き古した白い靴下を猫のそばに置いておいたら、すえた臭いに引き寄せられるのか猫の体から黒いつぶつぶが靴下めがけて飛び移るのが見えた。