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古本屋日誌
天牛堺書店の破産は晴天の霹靂で何も手がつかない。
最盛期には20店舗を数えていたがこのところ10店舗前後となり半減してしまったが、リストラで不採算店を切ってスリムになってかえって良かったのかなと思っていた。
先日も堺東高島屋店の店員さんと話して「前は撤収作業も1時間くらいでやっていたのに今はなあ1時間半かかんねん」というので「まあ今の子は重たいダンボールと格闘するのも気合入らへんやろし30分余計に金払わなあかんのはどうなんやろ思うかもしれへんけどなあ、そんなん言うとったら嫌われるで」というような感じだった。破産は店員にも寝耳に水だったのではなかろうか。
この古本屋の売りは4日ごとに一新される均一本なんだが、岩波文庫の横にフランス書院文庫が大量に並んでいたりとなかなか面白かった。1日目はそれこそ仕入れてきた本をそのまま平台にぶちまけたような並べ方で楽しかったし、2日目からは時代小説の平台、岩波文庫、講談社学術文庫の台、創元推理文庫やハヤカワ文庫、幻冬社文庫の台と店員が店番合間に懸命に揃えていた。まあこれはそもそも玉石混交を魅力にしているのだからいらんお世話だという客もいたが見やすくなったことも確かだった。
古本の棚を4日ごとに入れ替える、しかも少し昔までは3日目に総入れ替えもしていたわけで、ぶちまけたような並べ方ではあるが、面白い本がいくらでもあった。聞いた話では東京に社員を常駐させて業者の市などで大量に本を仕入れてトラックで大阪に運び込んでいたそうだ。それにもかかわらず売上が低迷したというのは竹内洋のいう「教養主義の没落」つまり左翼運動の衰退という歴史的な流れの産物なんだろう。そうだとすれば時代の流れに抗うのは難しい。しかしあれだよなあ、あんなに駅ナカとかイオンモールとか交通至便の地代の高いところに全店舗出すことはなかったよなあ。駅からかなり離れた住宅地、規模が大きければ山の中であっても十分やっていけたと思うけどなあ。
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