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古本屋日誌
今朝もかなり冷え込んでいて、仕事に行く時間帯は困りました。しかし昨日で仕事納めのところも多く、朝、萱島の駅に向かう人の流れは少なくのんびりしたものでした。
中山美穂の夫であった辻仁成には「ミラクル」という作品があってアルという男の子が街で母親を探しているのを見とがめたキキという女が、アルの心得違いを諭す話です。アルはもう十分ものごころついていそうな年齢なのに未だにサンタクロースを信じているようなおぼこで、父親から「お前のお母さんは遠いところを旅している」と聞かされてそれを信じて街中で母親の面影を探している。キキは「それはね、あなたのお母さんはもう死んでいるということだよ、子どもが大人のつく嘘に気づいてあげないといけない」とさとすが、頑としてアルは聞き入れない。アルは父親が嘘なんかつくわけないと言い張るわけです。
子どもが無垢で汚れがないとかいうのはルソー以来の神話ですね。フランス革命で近代国家ができ家庭が仕事の場ではなくなり、子どもを慈しむ教育の場となってから、小さい大人ではなく、無垢な子どものいうイデオロギーが生まれたわけです。辻仁成は中山美穂と長らくフランスに住んでましたから、それもあってこういうバカバカしいイデオロギーがお好きなようです。
今朝はかなり冷え込んでいて外出した時、下から寒気が湧き上がってくる。といってもまあこれまでよりかは寒い程度でこれからする仕事の段取りを考えて歩いていると忘れてしまう程度だ。
先日祇園の「おかる」といううどん屋に行ってカレーうどんを食べたが、確かにうまいし、肉もたくさん入っていて、しかもジューシーで値打ちがあるが、大阪で食べる普通のカレーうどんやカレーそばがせいぜい700円くらいであるのに比べてかなり割高で「そりゃあ、うまないとあかんやろ」とも思った。京都は観光地として歴史的に甘やかされている街なので、高めに価格を設定しても、客は非日常を楽しみたいと思っていて、普段と少しちがう高級な食べ物は需要にぴったりで人気が出るのはわかる。
この「おかる」の店内にも壁面にはそれこそ所狭しとたくさんの色紙ご飾ってあって、近所の茶屋の舞妓や芸妓をはじめとして、京都花月も近いから吉本の芸人のものもたくさんあった。こういうのは確かに羨ましい。店に来た自分が好きな客に色紙をお願いして例の「〇〇さんへ」てなやつを書いてもらって一言二言言葉を交わすこともできたらさぞかしうれしかろうし、やりがいも出ようというものだ。
古本屋稼業で私の好きな研究者や作家から注文が入ることも珍しいことではなく、できたらサインや励ましのお言葉を頂戴したいとも密かに思うのだが、本を送るときに「ご高名は日頃から拝聴しております、できればこの色紙にお言葉でもなんなりと賜りたく存じます」とやるのはいかにも不自然でカッコがつかない。
わざと間違った本を送ってクレームの電話やメールが来るのを待って、正しい本をお送りするとともにお詫びの電話を差し上げて謝意を伝えて「ひょっとしてあの、大江健三郎さんではありませんか?」てな感じでそらぞらしくお話を始めて、こちらの目ばかりで「こんな本もあるのですが、よろしかったらご査収ください」てな感じで気に入ってもらってとかいろいろ妄想してます。
今朝も少し寒かったが、仕事で高槻に出向いたころにはぬくなってきていた。
池上彰は朝日新聞に定期的に「紙面ワッチャー」のようなものを連載しているが、先日例のゴーン逮捕の話が載っていた。池上彰はたくさんの新聞を読み比べて、ある一社だけはどういうソースがあるのか不明ではあるが、確実に日産のゴーンが空港で今日逮捕されるとの情報をつかんで、朝の4時くらいから記者にカメラマンを貼り付けて待ち構えていたことが読み取れるという。
これは朝日新聞なんだが、記事にも「本社の記者とカメラマンが待っている中を」連行されて行ったとの記述があって「これを読んだ他社の記者は歯噛みして悔しがっただろう、朝日の記者のほくそ笑む顔が目に浮かぶようだ」とある。
なるほど確かに社長賞ものだろうが、どこからネタを拾ってくるのかね。
今朝は典型的な冬空で肌寒い。今年も間も無く終わりで、お客様にたくさんこうて頂けた一年でしたのでありがたかった。来年はさらに在庫を充実させてよりたくさんのお客様に指名していただけるように精進いたしますので、今後ともよろしくお願いします。
朝日新書から井上章一らの「ミッションスクールになぜ美人が多いのか」が出た。朝日新聞が発行している「大学ランキング」を元にファッション雑誌に掲載されたモデルの出身大学のランキングが載っていて、それによれば圧倒的にミッションスクールが多いし、東京の大学に引けを取らないほど兵庫の甲南女子大や松蔭女子学院、神戸女学院などが多いという。井上章一は日本人が結婚式でチャペルを選ぶ人が多いこと、お寺の子女がミッションスクールに通うこともしばしばあること、クリスマスを僧侶が自宅で祝うこともしばしばあること、流行歌の歌詞にオシャレな意匠として教会やチャペルがよく出てくることなどを引き合いに出して、「キリスト教の受容史が日本ではともすると殉教や弾圧に偏りすぎている。クリスチャンの数が少ないと言われるがその実広範囲に受け入れられている」と主張している。
まあそうなのかもしれないが2000年代のはじめの頃神戸女学院や松蔭女子学院で学生数に占めるモデルの数が15パーセントとかいうのは確かにすごい。もちろん大して美人でも可愛くもないのに馬子にも衣装ということだろう。実は井上章一にはここら辺をもっとちゃんと書いて欲しかった。キリスト教がハイソなイメージで人々を惹きつけているとのことなんだから、雑誌掲載モデルも実は全然美人でも可愛くもないのに、ミッションスクールだということでげたを履かせてもらっていると実証してもらいたいものだ。
今朝は少し冷えましたが、冬空ではなく晴れているので気温は次第に上がってきていて、過ごしやすいです。
夜前テレビドラマ「犬神家の一族」が放送、金田一耕助役は加藤シゲアキでした。石坂浩二の時は髪をかきみしる例のシーンでフケが飛んで下に落ちるシーンが強調されてましたが、今回はただ髪をいらうだけで不潔感が伝わってこなかった。
皆様も重々お感じでしょうが、横溝正史は探偵小説としては落第で、合理性を無理やり否定し、読者には知りようもない過去の怨念に犯罪のソースを求めようとする姿勢は何度読んでも不愉快です。殺人の動機は遺産をわが子に相続させたいなわけですが、そのために直ちに他の息子を手にかかるというのがまずよくわからない。財閥のご婦人方はそのようなワイルドな手法がお好みなんだろうか。
犯人の息子、スケキヨは復員したにもかかわらず、実家に姿を見せない。その理由が「ビルマ戦線で自分の責任で部隊を全滅させてしまったから」というわけですから、到底理解できるものではありません。ビルマ戦線はインパール作戦が連想されますが、指揮官の牟多口など特に責任を感じている様子もないし、一介の部隊長風情が責任を感じるというのは不思議だ。