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古本屋日誌
今朝はさほどの冷え込みはなくまずまずでしたが、風がかなりあり少し寒い。
講談社現代新書から高槻泰郎の「大坂堂島米市場」が出ました。徳川時代の米の先物取引を詳細に論じたもので、なんでも中之島に蔵屋敷を並べる西国の諸藩は年貢米を大阪に回送して商売人に売るのだが、お米そのものを渡すのではなく米切手を手交し、それを持参したら米10石と交換することになっていた。この米切手を堂島の市場でやりとりして儲けるのだそうだ。現在の株式市場同様空売りも行われていて、なかなかいつの時代も商売人は抜け目がない。蔵屋敷の方は蔵に米の現物がなくても、あるいは持っている米の量をはるかに超える米切手を発行することもあり、まあ銀を手に入れられるから当然なんだが、時には取り付け騒ぎとなり大阪町奉行も介入して結局商売人の主張通りに米や銀を用意させられていたとのことだ。火事などの天災で米蔵が焼けて引き渡す現物がない場合は書面上は免責となっていたが、実際は商売人の要求に応えて「実は引き渡す分の米は焼けていなかった」などとなり八方手を尽くして引き渡すことになっていたそうだ。
高槻泰郎は新しく中之島に出来る近代美術館について、そこにあった蔵屋敷を復元して内部に絵を展示するようにするべきだったのに、なんかようわからん建物にしてしまったのはいかんと書いていて面白かった。蔵屋敷の中にモデリニャーニーとか佐伯の絵があるのもシュールでいいかな。
今朝は少し気温が低うて、風もありましたが、完全な冬空ではなく晴れ間がのぞき次第に過ごしやすい感じになりました。
先日テレビドラマの「リーガルV」の最終回があって米倉涼子はあらためてうまいと思った。表情がうまい、台詞回しがうまい、間の取り方が絶妙、カメラの長回しに何の問題なく堪えうる演技力どれをとっても素晴らしかった。
米倉涼子が弁護士会会長の小日向の息子を脅すところを隠しカメラで取られてしまう。小日向は法廷で米倉涼子の証言が嘘だと立証するために証人として部下の向井理を呼び、「以前同僚だった米倉涼子は粗暴で、いい加減で、信用ならない人間だった」と言わせる。さらに証拠としてカメラ映像を提出したいとなり、向井理は米倉に「法廷は真実を明らかにするところだと先にあなたは言いましたね、それにこの映像を見ないと一生後悔することになりますよ」と言う。米倉は数秒眉間にしわを寄せたり、目を可愛らしく左右に動かしたりと諦観のようなそぶりや、相手に委ねるようなそぶりを見せた後承諾する。実はこの映像は向井理が小日向を陥れるために別のものにすり替えられており、そこには何と、小日向が殺人を指示する映像が映っていて、米倉涼子は窮地を脱することになる。
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今朝は昨日の夕方からの雨も上がり、なぜか風もなく、気温も高く過ごしやすい。郵便局にうかがってお客さんからの注文をお出ししたが、数が足りない。不思議だと帰宅してチェックしてみたら積み残して出かけていたことがわかり、あわててまた積み込んで郵便局に出向いた。
結婚式でたくさんの祝電が届いていたり、大会の表彰式などで例の「あなたは優秀な成績を収められましたので、その功を表します」てな表彰状朗読がえんえんと続く時などに「以下割愛させていただきます」とかゆうてる人がいますね。本人はそれらを愛していて、大事にしたいが、諸般の事情で惜しみながらカットしますてな意味合いで使っているのだがもちろんそんなおめでたい意味はない。いらないものなのにこだわって残しているものをバッサリ処分するという意味であることは明白だ。
割愛を使って古本屋が「ご自宅でご不要となった本をご割愛ください」というように使うのがいいわけです。呉智英先生に教えてもらったのだが愛は決していい意味で用いられては来ず、「こだわる」「つまらないものに執着する」とのことだった。また車谷長吉も「愛はそもそも喉の渇きを意味していて、仏の道からは執着として避けられるべきものだった」と書いていた。
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今朝は少し寒さも和らぎ風もなく、薄日も出て日向ではなくなってきました。
「ゴルゴ13」の最新号(vol.202)には「運命の大国」が掲載してあってシナの激烈な権力闘争を描いていてちょうど岩波現代文庫の「龍のかぎ爪」を地でいくような話だ。父親が文革で資本家の手先との汚名を着せられて処刑された主人公の曽は貧しい中優秀な成績で北京大学に入るが、天安門事件の抗議集会に参加して公安に恋人共々追われることになる。彼女は捕まり殺されるが、曽は鄧小平を連想させる党幹部の手引きで逃げ延び党の中央委員まで上り詰める。しかし義弟が推し進めていた都市建設事業が左前となり、党が推し進める綱紀粛正のキャンペーンで失脚のおそれに直面するが、密かに軍幹部を抱き込んで地下に人民元印刷工場を作り大量の貨幣を密造して切り抜ける。人民元偽造は党中央の知るところとなり曽は北京に査問されるが、ゴルゴ13を雇い党中央が派遣した人民元印刷工場の査察部隊を殲滅してしまう。さらにことが露見したのは義弟が裏切ったからだと知り、毒をもって暗殺してしまう。
というようなドロドロしたお話でいかにもありそうな話でした。日本は安倍晋三など親子三代の世襲政治家で取り立てて世間の荒波をかいくぐって生き残ったわけでもない。また大衆を扇動するイデオローグとして優秀だともお世辞にも言えない、その程度の器の人物でも問題なく国の切り盛りができるのはひとえに我が国がアメリカのいいなりになって尻尾を振る国であることからくる恩恵です。これは本当にありがたいことだと今更ながら思いました。
今朝はやはり冷え込みが強く、わたしも腹痛で寝床でグズグズしてました。
先日関西テレビの深夜番組で「ひみつきち吉田寮」をやっていて大正時代の終わりに建った築100年を越す京大の吉田寮が老朽化と耐震性能の点から問題があるとして、退去を求められている問題を特集していました。築100年の木造建築で、それは文化財としての価値はあるのかもしれない。ただやはり京都大学そのものに色濃いバカの気配は吉田寮にはとりわけ濃厚で、バカの見本としての価値は充分あると思われる。
まず大学に近すぎる、ために油断して遅刻しがちになる、また溜まり部屋で連日宴会をしてしまい、楽しいが故にいつまでも起きていて当然遅刻に直結する。もともと大して学問への情熱など持ち合わせていないものだから、余った時間は趣味に走る。この番組でも趣味で鶏をこうたり、うずらの卵を孵卵器で温めている学生が映っていたが、そういうおかしな方向に気合を入れることになる。
掃除や片付けは誰もやりたがらないから部屋を始め廊下、中庭には何年ものともしれない廃材、ゴミ、得体の知れない物体までが散乱する。普通なら「これはいかん、掃除せなあかんなあ」となるのに、住んでる人間がバカなので「これでいいか。」とか「こういうのが既成の価値観にとらわれないことだ」とバカなことを思うわけよ。
寮では敬語を使わず、上回生にもタメ口で「上下関係を前提とする既成の価値観に異をとなえるものだ」と鹿児島出身の寮生が言っていたが、バカだよなあ。そんなもんどんな社会にも上下関係はあるに決まっている。それでこそきちんと回っていくのに何もわかっていない。
どおくまんの「花の応援団」のような世界で、団長の木村や幹部の下村などは学生時代のえらそうな口の利き方やふんぞりかえった生活スタイルが就職してからも当然ながら直らずくびになったり、職を転々として社会に馴染めない様子が描いてあったが、吉田寮も同様の弊害をもたらすことは想像に難くない。