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古本屋日誌
7月13日の火曜日は甲子園に出向いてライトスタンドで横浜戦を見た。
今回もつまらない試合でゲンナリした。
先発のアルカンタラが例によっていい加減なピッチングで初球、2球目あたりを連打されていずれもクリーンヒットで点が入る。
ようやく1点返したところが8回には藤浪が出てきて試合をぶち壊した。
一人目からストライクが入らずファーボールを出しそのあと次から次へと連打をくらって大量失点。
ストライクも取れない幼稚園以下のピッチャーがプロだというんだからバカバカしい。藤浪はすぐに解雇すべきだろう。
それもできない矢野は甘すぎるし、自分の好みにこだわりすぎだ。
それにもまして不思議だったのはライトスタンドの観客の反応だ。
藤浪がストライクも取れず汲々としていると「頑張れがんばれ‼️藤浪‼️」とコールするんだからバカバカしい。
ストライクが入らないなら俺が投げてもおなじだ。
確かに俺の場合はキャッチャーに届かないけど、ボールである点では何も変わらない。
それをプロでございなどと一丁前のツラをぶら下げて金まで貰ってるんだから非常識にもほどがある。
素人と全く同じなんだから甲子園のマウンドで頑張ることがなぜ許されるのかわからんな。
コールするなら
「引っ込め‼️藤浪!2度と出てくんな‼️」しかないだろうに。
それにしてもかつての優勝の際にこんなでたらめな選手を使い続けたことなどない。でも、2003年は5者連続四球を出した吉野がおったなあ。
野手でも4番が2割5分しかよう打たん大山だというのも笑わせる。
この程度の器のやつが優勝するチームの4番てなことがかつてあったのかね。
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向田邦子の遺作「男どき女どき」には「鮒」が収めてある。
小料理屋の若い女と浮気をしていた中年の家族持ちが脅迫される話だ。
一年ほど前は毎週のように逢うていたが、男が海外出張になり、おまけにそのあと1ヶ月入院して自然消滅したと男は思っていたが女の方は含むところがあった。
ある日家族団欒の最中台所にこっそり入ってきてバケツに入った鮒を置いて行ったものがいた。
その鮒はよく見たら背鰭の真ん中が欠けていて逢瀬を楽しんだ女の部屋で飼われていたものだった。女が意趣返しに持ってきたわけだ。
男はさらにエスカレートして家庭を破壊しようとするのではなかろうか、女房にことが知れたら……もっと恐ろしいのは日頃から生意気な娘だとあれこれ懊悩する。
あげく息子を連れて女のアパートに出かけて話をつけようとする。
子どもを連れていくことで二人の関係はすでに終わっていることを明確に知らせるとともに、子どもを前にしたら女も遠慮するだろうと計算したわけだ。
ところが女のアパートには別の若夫婦が住んでいて、すでに女が引っ越したことがわかった。
帰宅すると嫁が子どもにひつこく「ねえ、お父さんとどこ行ってきたの❓」と問い詰めるところで終わる。
まだまだ連作で話を続けられそうなんだけどね。
嫁はどの辺まで知ってるのか❓
肝心の若い女の行方は❓あたりはみな知りたいところなんだけどね。
そうなると男の苦悩は限りなく続いていくことになるけどな。自業自得とはいえ気の毒だ。
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古本屋には4つの形態がある。
1つ目は店舗を構え古書組合に加盟している店だ。
伝統的な営業スタイルで客からの買取にせよ組合の市での落札にせよ大量の本を扱うことになり、本を保管する倉庫が必要だ。
店舗での販売では佐伯泰英や宇江佐真理や司馬遼太郎や向田邦子、松本清張などを売ることができる。これらの本は通販では売れないからその点は優れている。
ただ問題はあつかう本の量が格段に多い。客買ではエレベーターのないマンションもあるし、運び出す際の大変な労力はバカにならない。もちろん酷暑もあれば突然の雨もある、その備えも必要だ。
2つ目は店舗はなく通販で組合に加盟しているタイプだ。
客からの買取もできるし、市で仕入れられる。岡山の「不死鳥ブックス」はその典型で県をまたいでいろんな業者の市に参加して大量に仕入れることで有名だ。
ただ店舗がなく、通販のみなのでどうしても売れ残ってしまう本が出る。
これを処分するには各地で行われる古本市に参加して均一価格にして大量に売り捌く必要がある。古本市はたくさん本が売れるのだがその準備で大量の本を現地に運び込みセッティングして、終了後は再び解体して持ち帰るという大変な手間がかかる。
3つ目は店舗を持ち、組合には加盟しないというやつだ。
このタイプは独自に仕入れのルートを確保しているので市に頼る必要がない。
「そんなもん組合の市で仕入れるゆうたかて知れてますわ。本は自前で揃えてあかんやつを市に出す形やないとあかんに決まってますやん」ということだ。
ただ問題はどうしても集まってくる本の種類が偏りがちだということだ。定期的に本を売ってくれる良いお客さんがたくさんいるわけなんだが、そうはいえ、本のジャンルや年代に偏りが出ることは避けられない。そのため店舗での販売でも売れないことがある。
4つ目は店舗もなく組合にも加盟しないパターンでうちとこもそうだ。
仕入れは客からの買取、廃品業者からの買取、そしてせどりということになる。
長所としては通販にそぐわない本を大量に抱え込むことはない。
ただ売れる本の確保は難しく在庫を増やすことがなかなか骨だ。
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今日は谷町四丁目の大阪古書会館と花隈の兵庫の古書会館で古本市。早速行ってみた。
この2つの古書会館は好対照だ。
大阪は間口が4間はあって広い、トラックを直接つけられる道に面した鉄骨五階建ての機能的な造りだ。
一方神戸のは間口は2間もなく、木造二階建て、前の道は田んぼの畦道を舗装した程度のものでとてもトラックを横付けできるしろものでないうえに幹線道路から会館に通じる道は坂道なのだ。
内部も大阪のは大きなカゴを乗せられるエレベーターを備えているが、兵庫は急峻な階段で、即売会の前など古本屋の店主が一階から階段の各段から二階にずらりと並んで手渡しで本をあげていく。
さて肝心の本だが、大阪は奥で大量の和本を販売しているのに対し、神戸は一階でいろんなポスター、寸葉といわれる写真、戦前の古い雑誌などがたくさん販売されている。
また二階には毎回たくさんの絵本、児童書を置いている。
二階に上がる階段は幅も狭く、一段の間隔は広い、一応手すりはあるものの降りる時はとりわけ恐怖を覚えるほどだ。
そこを厭わず母親と幼児が絵本を目指して登っていくのは面白い。
面白いものに出会うには少しのアヴンチュールが必要なんだよなあ。
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生方敏郎は大正時代の末に出した「三都見物」で大阪には辛辣だ。
金銭だけに価値を置いているので、名所旧跡に見るべきものが何もない。大阪人が阿弥陀池を自慢するので見てみたがあの程度のものどこにでもあるとにべもない。
大阪の人は東京への対抗心が強烈で何につけても「こないなもん東京にはおまへんやろ」とひねくれた自慢をする。
この辺りの批判は的を射ているのだが、その程度のことは誰でも分かっている。
生方の面白いのは大阪人はケチではない、むしろ金はどんどん使うのだが、金を使ったことを他の人に見えるように、見せびらかすように使うと指摘していることだ。
徳川時代の淀屋辰五郎は娘が習い事に通うのに近道になるからと大枚をはたいて淀屋橋をかけた。確かに淀屋橋はその名前からしても淀屋の金で作ったと今でも伝えられている。
生方も大阪駅から人力車に乗った際冬場で寒風吹き荒ぶなかどの人力車もまた車も幌をつけてないことに気がつく。
俥夫に尋ねて大阪の人は大金をつぎこんで、人力車や車に乗っているのが周りの人にわかるようにしたいのだと知る。
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